6.失意の中


 夕刻。




 大事な軍会議が終わり、更に一仕事をこなしたユスティは、一人王城の中を歩いていた。




 向かう先は王の自室。


 レム王が憔悴して以来、ユスティはその日の仕事を一通り終えた後、こうして王の様子を伺いに足を運んでいた。




 誰もいない王城の廊下に自身の足音だけが虚しく響き渡る。


 ついこの間までは多くの召使いや給仕人で騒がしかった廊下。だが今や皆、負傷した兵士の治療や難民の受け入れ支援へと出払っていた。




「レム王、失礼します」




 王の自室の前まで来たユスティは、静かに2回、目の前の扉をたたく。




 しばしの間。




「よいぞ」




 扉の先からしゃがれた声が。




「失礼いたします」




 声を聞き、ゆっくりと扉を開け部屋へ入る。


 扉を閉め、静かに振り返り、部屋の中の寝台を見る。 そこには。




「いつもすまない……ユスティよ」




 以前とは見違えるほどやせ細り、衰弱したレム王が横たわっていた。




「いえ、私は……。私が今出来ることを行っているだけですので」


「それでもだ……」




 レム王はゆっくりと起き上がり、窓の外を見る。




「あの日……。次元転移魔法を使った日。わしは最愛の娘を失った。幾人もの配下も……」




 見た先には、ただただ鼠色の空が広がる光景のみ。




「妻はショックのあまり倒れ、今この時も療養し、自室から出る事ができず……」




 静かな部屋に雨音のみが木霊する。




「そんな妻に対し何もしてやれないわしは……今度は間違った者を信用し、この国の兵士、多くの民を失ってしまった……なんと愚かな王だ」


「そんなことは……」




 そんなことはない。 とは言い切れないユスティ。


 全てが不測の事態とは言え、これまで起きてしまったことは決して見て見ぬふりなど出来ない事実。




 現に、日本国に裏切られた後、貴族、国民から多くの非難を受けた。


 中にはレム王の処刑を求める声までもあり、これまでにない罵詈讒謗ばりざんぼうがレム王を襲った。




 更に貴族の一部からは、日本国と交渉へ向かったユスティに対しての非難の声も挙がった。だが、レム王はそれら全て自身のせいと庇い、その後も各方面からの追及を受け、とうとう心身ともに限界を迎え倒れてしまった。




 ユスティとしても、自ら仕える王がここまで衰弱するまでに追い込まれたのは自分の責任であると強く感じていた。




 初めて日本国へ転移した時。


 あの時、もっと慎重に。相手が信用に値するかどうかを見極め、王を正しい方向に導いていればこうはならなかったのでは。 と。




 だがレム王は責めるどころか自らを庇ってくれた。


 ならばせめて、今出来ることを最大限に行動で示すことが己の使命。




 その想いだけを胸に、これまでユスティは粉骨砕身、右へ左へと奔走してきた。




「例の荒野ですが。本日の軍会議にて、明朝より各部隊長方が遠征される事が了承されました」


「そうか……」




 ユスティは本題を切り出す。




「魔族、あるいはエセクに対抗できる何か……果たしてそんなものはあるのだろうか……」




 勿論、この件についてはユスティから事前に報告を受けていたレム王。だが、その声に力は無く、言葉は弱々しく口から零れていく。




「分かりません。しかし、僅かでも国民の命を救う可能性がそこにあるのであれば……」


「……そうか」




 ユスティは言葉を掛けながら王の眼を見る。


 その眼は以前よりも曇り、僅かな望みと深い絶望が入り混じったような、そんな眼をしていた。




「ユスティ」


「はい」




 レム王はユスティを呼ぶと、ゆっくりと寝台から立ち上がり、自室にある本棚へ向かって歩き始める。


 そして、本棚の下にある両扉の戸棚に手を掛け、開き、中から“何か”を取り出すと再びユスティの元へ戻る。




「これを」


「……これは?」




 ユスティが渡された物は、小さなプリズム。




「いざという時の為にとっておいた、転移魔道具じゃ」


「っ!!」




 ユスティの手にある物。それは本来、王家が緊急事態の際に脱出用として使われる代物であり、決して他人の手に渡るようなことがあってはならない物。




「これだけでは足りないだろうが……皆、国を救うために命を懸けているのだ。わしもこのくらいは賭けさせてくれ」




 レム王はそう言うと、プリズムを託すようにユスティの手を握る。




「何かあった時、これを使うよう彼らに伝えておいてはもらえぬか」


「……畏まりました」




 王の身を考えれば今すぐにでも引き止めたかったユスティ。だが、何かにすがるよう己に託す姿を目の前にしては、了承の言葉以外、口に出すことはできなかった。




「……頼んだぞ」








 翌朝。




「そんなことを……」




 会議場にいち早く集合したローミッドに、ユスティは昨晩あった事を話す。




「ええ……。相変わらず、以前よりお顔に覇気はありませんでしたが、それでも失意の中、皆様に最後の希望を託すよう、おおせられておりました」


「そうですか……」




 ローミッドはユスティより渡されたプリズムを見る。




「どうか無事で……。二人の捜索と、国を救う光を見つけてくださることを」


「分かりました」




 ユスティの嘆願にローミッドが答えたと同時、会議場の扉が開く。


 扉からは、ペーラ、ルーナ、オーロの三人が。




「部隊長、全員揃いました」




 ペーラが声を掛ける。




「では、いきましょう」




 ローミッドは床に置いていた荷物を取ると、扉の方へ向かう。




「それでは」




 そして振り向きざま、ユスティの顔を一度見、ゆっくりと扉を閉め出て行った。






 一人きりとなった会議場。


 何かを想うよう、今し方閉じた扉をじっと見つめるユスティ。


 物音一つしない会議場に、己の心音のみが静かに聴こえてくるのだった。