4.軍会議


 翌朝。




 王城内大会議場で行われる軍会議に向け、オーロは宿舎で支度をしていた。




 "今更力を合わせる必要はあるのか?"




 昨晩、ザフィロから言われた言葉。




 元々、今あるレグノ王国軍は十三年前に始まった魔族侵攻によって急造されたもの。


 「人魔間不可侵条約」が現存した四百年間という長い時間の弊害か、王国の軍力は衰え、練度も下がり、その影響が現在のレグノ王国軍に如実として現れ、部隊間の連携などこれまでほとんど取ることなど無かった。


 故に、王国軍の戦い方は完全に個の力に頼りきったもの。形上部隊ごとに分け、各々で最低限のサポートをし合うような編成を組んでいるだけだった。




 そんなことはオーロも分かりきっていた。


 しかし、それではこの最悪な現状を変えることなどできないという気持ちは無視できずにいた。




「私に務まることができるのでしょうか……」




 部隊長として任命されて以来、初めてとなる軍会議。


 緊張と不安がオーロの胸中で生まれ、ゆっくりと広がっていく。




「…………ふんっ!」




 オーロは自身の両頬を手で叩く。




「やるしかないんだ」




 目の前の鏡に映る自身の顔を一度見る。


 そして彼女は、足早に自室を出ていくのだった。








-レグノ王国城城内 大会議場-




「皆様、本日は御集りいただきありがとうございます」




 レグノ王国軍軍会議。




 場を取り仕切るのは、レム王側近ユスティ。


 風貌、姿勢は相変わらず。毅然とした佇まいをしているが、その表情。


 目の下には誰が見てもはっきりと分かるほどのクマが見えていた。




 ユスティは謝意を述べると、集った面々を見渡す。




 剣士部隊部隊長 ローミッド・アハヴァン・ゲシュテイン


 剣士部隊副部隊長 ショスタ・ペーラ


 召喚士部隊長 シェーメ・オーロ




 そして。




「ユスティさんよぉ、畏まったことはいいから早く本題を離してくれよ」




 議場で一際態度の悪い、獣人の少女が。




「ケセフ部隊長。ここは議を交わす場だ。そのような俗な態度、慎まぬか」


「あぁ?」




 ペーラによる叱責に対し、獣人の少女の機嫌が更に悪化する。




「よせ、二人とも。ユスティ殿は連日連夜の奔走で既に疲労困憊なのだ。これ以上の迷惑を掛けるのは避けろ」




 すぐさまローミッドが二人を牽制しようと間に入る。




「うるせぇよ。前の軍会議の時もそうだったが、こうもじっとしてるのは性に合わないんだよ。しかも結局、向こうの奴らには裏切られるわ、この前の戦いでは散々だわで、やってられるか」




 そう吐き捨てた獣人の少女は、目の前のテーブルに両足を置き、背もたれに寄りかかる。






 レグノ王国軍盾士部隊部隊長 ケセフ・ルーナ




 十三年前に始まった魔族侵攻の際に故郷である獣人国を滅ぼされ、同族に抱えられ逃走している際に魔族に追われるが、間一髪の所で王国軍に助けられた獣人族の少女。


 王国軍に保護された後は人里での仮住まいを受け、暫くして王国軍に入隊。盾士としての才能を開花し、最年少で王国軍盾士部隊部隊長に任命された。


 灰色の長髪にシルバーの色をした目が特徴的であり、気性が荒い為、同じ部隊の部下たちからは常に怖がられているが、仲間想いの一面もあり、戦闘では頼られることも多い。




「敗戦については我々も重く責任を感じています」




 ユスティは苦い表情をしながら話す、が。




だぁ?」




 ユスティの言葉を聞いたルーナの眉が吊り上がる。




「うちらはなぁ、あんたらが大丈夫だって言ってきたから、これまで何も文句も言わず戦場の最前線に立ってきたんだぜ? けどなんだ? 同盟結んでた奴ら、戦争すら碌に経験したことないだ、兵力として前線に立てないだ散々言いやがるどころか、結局はとんだ裏切者だったじゃねえかよ!」




 ルーナは籠手を着けた右腕を振り上げ思い切り机に拳を叩きつける。




「おいっ! やめろケセフ!」




 ローミッドが慌てて制止しようと試みる。




「うるせぇ! てめぇは黙ってろ!」




 しかし、止まらないルーナは更に激昂し、振り下ろした右腕を今度はユスティに向け指差す。




「こんな馬鹿げた話に付き合わされたうちらは一体何だったんだ? 何も出来ず目の前で死んでいった同胞達に何て声かけてやればいいんだ? それをこんな、”我々も重く責任を感じている”の一言で済まされていいのかよ!」


「……っ! そうは言ってもだな!」




 ユスティを間にローミッドとルーナが言い争う。


 今度はペーラがその二人を止めようとする。




「(どうしよう。みんな、バラバラだ……)」




 その様子をハラハラしながら見ていたオーロ。




 "今更力を合わせる必要はあるのか?"




「……っ!」




 その時。




「隊長、ケセフ部隊長っ! 二人ともこれ以上は」


「ユスティさんっ!?」




 オーロの叫び声が会議場一帯に響き渡る。


 その声を聞いた一同は、一斉にオーロの視線の先を見る。 そこには。




「「「っ!」」」




 握った両拳から血を滴らせ、顔を真っ赤にし俯くユスティが。


 その表情は憎悪と強い悔恨の情が混じったような、言葉では露わにできないほど酷くグチャグチャなものになっていた。




「私だって……何も感じてないわけではありませんよ……」




 己の手が傷ついている事さえ気づいておらず。


 歯を食いしばりながら、苦しそうに言葉を絞り出す。




「私はこれまで、レム王が……あの方が愛するこの国の平和を守る為に、この身この心一つを全て捧げ、粉骨砕身この職を務めて参りました……」




 俯いていた顔を上げる。




「しかし、それは結果的に多くの犠牲を出す事になってしまったのは事実。それでも……。それでも私はこの国の危機を救う為の行動を取り続けなければなりません……」




 皆を見つめるその眼は赤く充血し、薄っすらと涙を浮かべていた。




「皆様の気がほんの少しでも済み、再びこの国を守る働きをして下さるのなら、この私の命を以って償わせて頂きます。ですからどうか……。どうか今一度、あの方が愛するこの国を……共に守っては頂けないでしょうか……」




 そして再び頭を下げ、皆に対して願いを申し出る。


 先程の喧騒が、一気に静寂へと変わる。




「……っち」




 ユスティの言動を見たルーナは小さく舌打ちをすると、静かにその場に座り直す。




「ユスティ殿……」




 ローミッドとペーラも冷静になったのか、ユスティを見ては黙り込む。




「……失礼いたしました。では、これより軍会議を始めさせて頂きますが、皆様よろしいでしょうか」




 一度深呼吸したユスティは先ほどの表情から打って変わって、すぐさま毅然とした表情に戻る。




 会議場から異論の声は挙がらなかった。




「感謝いたします。ではまず」




 再び姿勢を正したユスティ。


 ようやく始まる軍会議。その最初の議題は。




「ここ王都から遠く離れた場所に位置する、についてです」