「どういうこと……?」
アーシャはダルクの言葉が理解できず、思わず聞き返す。
「俺だって分からないさ。何度も調べ直したが結果は変わらなかった」
「そんなの……ありえないわ。それってつまり、彼は”死んでいる”って事になるのよ?」
この世界で生まれた生物にとって、マナは絶対に欠かせない存在。
生物は皆どうあれ、マナの流れ無くして生きていくことなど不可能な話である。
だが、少年の身体にはマナの流れが見られることはなく。
アーシャの頭の中に矛盾と疑念が生じる。
「ああ、マナを正常に吸収する事は出来るから”奴ら”ではない。だがマナの流れが見られなかったから”人”でもない」
ダルクはその場で頭を抱え項垂れる。
「だから結果としては、一先ず白ではあるが、完全に”奴ら”の仲間ではないとは断言できない為、監視を置く事を条件に滞在を認める事になった」
「そう……」
村の滞在が認められたとはいえ、少年の状態が謎に包まれる。
二人の間には重苦しい雰囲気が漂っていた。
その時。
「あっ……」
アーシャは思い出したかのように、ふと、顔を上げる。
「そういえば、彼はどこに住む事になるの?」
そう、少年の寝床についてだ。
「ああ、そのことなんだが、始めはギルド職員が夜番の際に寝泊まりで使う部屋を考えていたんだが、近々そこも患者の仮病床に使用する話が出てな…。この待合室を代用するわけにもいかんし……」
すると。
「それだったら私の家はどう?」
「なにっ、お前の!?」
ダルクは思いも寄らなかった提案に思わず驚く。
「ええ、あんな大きい一軒家、私一人では勿体ないもの」
そんなダルクを気にもせず、アーシャはあっけらかんとした様子で話し続ける。
「だけどお前、相手はどこの馬の骨かも分からん奴だぞ?ましてや生きているのか死んでいるのかすら謎な……」
「いいじゃない。念の為監視役も付ける事になっているんでしょ?」
「そうだが……」
「私もそろそろ一人で暮らすのも飽きていたし、日課のギルドの依頼手伝ってくれるなら文句ないわ」
村の公共施設を圧迫させることもなく、自分の仕事の負担も軽くなり一石二鳥とアーシャは考えたのだ。
「それじゃ、賛成ってことでいいかしら?」
ダルクはただ腕を組み黙り込むだけで、反対するような口を出すことはなかった。
「……分かった。ただ、あの少年が何か少しでもおかしな事をしたらすぐに村のギルドと俺に報告するんだぞ」
「はいはい、分かった。じゃ、彼を迎えに行ってくるわ。今はどこに?」
アーシャはダルクからの忠告を軽く流すと自分の荷物をまとめ、部屋から出ようとする。
「あいつは今ギルドの受付口で仮の身分証を発行して貰っているところだ。今から向かえばちょうど間に合うかもな」
「そう。ありがとう」
アーシャは礼を言うと手を振り、急いで部屋を後にする。
「はぁ……」
部屋に一人となったダルクはソファの背にもたれかかると深いため息を吐き、灰色の天井を見上げる。
「あの少年、”チキュウ”が何とか……って言ってたな。奴は一体何者なんだ……?」
頭の中にこびりつく不可解な謎。
あれやこれやと考えている最中、次第に眠くなったダルクは、そのままソファの上で寝息を立て始めたのだった。