第6話

「理仁さん!」


 姿を見せた理仁を前に、真彩は勿論朔太郎も安堵の表情を浮かべて駆け寄った。


「大丈夫だったんですか?」

「ああ、特に問題は無かった」

「そうですか、それなら良かったです」

「不安な思いをさせて悪かった。悠真は大丈夫だったか? 寝ているところを起こして不機嫌になったりして……」

「余程眠かったみたいで、ここへ着いてすぐに眠りましたから大丈夫です」

「そうか」

「もう部屋へ戻って問題ない。悠真は俺が運んでやろう」

「ありがとうございます」

「朔、お前は翔の所へ行って仕事を手伝ってこい」

「仕事? 今からっスか?」

「ああ、急ぎの用だ。頼むぞ」

「了解しました! それじゃあ姉さん、お休みなさいっス!」

「あ、うん。朔太郎くん、ありがとね」


 理仁に指示された朔太郎は真彩に声を掛けると慌ただしく地下室から出て行くのを見届けると、


「真彩、部屋へ戻るか」

「はい」


 熟睡している悠真をそっと抱き上げた理仁も真彩と共に地下室を後にした。


「部屋まで送っていただいてありがとうございます」

「いや、元はと言えばお前らは巻き込まれただけだからな」

「あの、箕輪組の方とは本当に大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、箕輪の若頭は東堂と言ってな、実を言うと俺と東堂は旧知の仲なんだ。まぁ多少会話を交わす顔見知り程度のな」

「そうなんですか」

「ただ、箕輪と鬼龍は敵対関係にあるから表立って関わる事はそうそうねぇ。有るのは余程の用だと思ってる。けどまあ、今回の事は東堂の勘違いだろうから心配する必要はねぇさ。それよりも、お前は檜垣との話し合いに向けて考えを纏める方が先だぞ」

「あ、その事で、理仁さんに聞いてもらいたい事が……」

「ん? 何だ?」

「あの私、やっぱりこの先も悠真には父親が惇也だと話さない事に決めました」

「そうか……本当に良いんだな?」

「悠真にとっては父親だし、本当は話した方が良いのも分かるんですけど、でも、惇也はきっと悠真の事を心から歓迎なんてしていないから……そんな人を父親だと教えたくないんです」

「そうだな。確かに、檜垣はお前や悠真を歓迎して引き取るというより、組に利益が有るかどうかで判断している気がする。大方お前たちが八旗に来れば、俺ら鬼龍の弱みを握れるとでも思ってんだろうしな」

「だけどもしこれから悠真が成長していく過程で知ってしまう事があれば、その時は包み隠さず話をしようと思ってます」

「……そうだな、これからも鬼龍にいる以上、八旗との関わりも避けられねぇし、悠真が小さいうちはいいかもしれねぇが、成長すれば何処から情報が漏れるとも分からねぇ。その時はきちんと話してやれば悠真も理解するだろうし、俺も言って聞かせてやるから心配するな」

「……はい、ありがとうございます」


 真彩はこの話をしながら、理仁に問いたい事があった。


『私や悠真は、いつまで此処に居ていいのか』という事を。


 家族のような存在だと言っても、本当の家族でもなければ鬼龍組の一員でもない真彩と悠真。


 理仁は優しいから傍に居ていいと言ってくれてそれに甘える形で傍に居るけれど、本当にそれでいいのか、優しさに甘えたままで良いのかと思い悩んでいた。


 そんな真彩がこの先も理仁の傍に居る方法と言えば、理仁と一緒になる事だけ。


 先程朔太郎にも問われた理仁をどう思うかという質問。あの時真彩は答えを濁していたものの、理仁への恋心は日に日に大きくなっていて、悠真の母親という状況がなければ想いを伝えているくらい確実に理仁への想いは育っていた。


 理仁は女に興味が無い、結婚をする気もないと聞いているけれど、人の心なんて変わりやすく、いつ心の底から愛せる女性が現れるかも分からない。


 そんな時、恋人でも何でもない自分が傍に居れば足枷にしかならない事、自分のせいで悩ませる事が嫌だと思う真彩。


 それならばいっそ、想いを伝えてしまおうかと考えはするも、拒絶されてしまえば傍に居るのが辛くなるのは目に見えている。


 だったらこのままの関係でいるのが一番いいのかもしれないと思い、想いを伝える事も出来なければ何も聞けずにいるのだった。


「どうした?」

「え?」

「眉間に皺が寄ってるぞ?」

「あ、いえ、すみません、何でもないんです」

「そうか? 思ってる事や不安な事は何でも話してくれて構わねぇんだぞ?」

「…………」


 真彩は思う。今が、話をするチャンスなのかもしれないと。


「り、理仁さん――」


 意を決して口を開きかけた、次の瞬間、


「うわぁぁぁん! ママぁ!」


 つい今しがたまで大人しく寝息をたてていた悠真が大声を上げて泣き出した。


「ゆ、悠真? どうしたの?」

「うわぁぁぁん、こわいぃ」

「怖い夢でも見たんだろう」

「よしよし、大丈夫だよ」


 布団から悠真を抱き上げて背中を優しく叩きながら声を掛けて泣き止ませようとする真彩。


「理仁さん、ちょっといいですか?」

「ん? ああ、今行く。真彩、何か言いたい事があったんじゃねぇのか?」


 外から組員が声を掛けられ返事を返すと真彩に言いたい事があるのではと問い掛ける理仁。


「あ、いえ、大した事ではないので大丈夫です。気にしないで下さい」

「そうか? 何かあればすぐに言ってくれ。それじゃあな」

「はい」


 結局、話そびれてしまった真彩は小さく溜息を吐くと、未だぐずっている悠真をあやし続けていた。