「ほら、飲め」
「…………っ」
それを受け取ろうと手を動かしたエリスだけど、力が無いのか腕を上げる事すら出来ない。
それに気づいた男は水筒の蓋を開けるとエリスの身体を支えるように腕を添えながら、少しずつ水を飲ませていく。
とにかく喉が渇いていたエリスは流し込まれた水を飲み込んでいくと徐々に乾きは潤され、飲み口を離されてから少しして、
「…………あ、りがとう……ございます……」
ようやく言葉を口に出来るようになった。
そんなエリスを前に男は、
「それで、お前は何故こんな森の中で、そんな格好をしている? 見るからに訳がありそうな気はするが……」
咳払いをしつつ、今置かれている状況を問い掛けた。
「あ……その……私……」
問い掛けられたエリスは名を名乗ろうとした直前で気付く。
自分がエリス・セネルである事を明かすべきかどうか。
きちんとした身なりをしていれば名乗らなくても気付かれるくらい美しい容姿のエリス。
普段なら光沢があり美しくウェーブがかった栗色の長い髪も、草木に引っかかったりしたせいかボサボサになって艶を失い、目鼻立ちが整った白く透明感のある小さい顔や華奢な身体の至る所に傷があり、その上ネグリジェ一枚で靴を履いていないという何とも言えない貧相な格好をしたエリスの容姿からは、とてもじゃないけれどセネル国の王子、シューベルトの妻とは気付けないだろう。
それに、殺されかけた状況やシューベルトとリリナが話していた内容から察するに、こうして逃げて来た自分を確実に始末する為にこの先も追い掛けて来る事が予想される今、やたら無闇に素性を明かすのは危険だと判断する。
しかし、そんなエリスに男は、
「お前はセネル国の王子、シューベルトの妻になったエリスだろう? 何故そんなお前がその様な格好でこんな場所に居るのか、包み隠さず話して欲しい」
真剣な眼差しで、そう口にしたのだ。
「え……どうして、私の事を……」
男の言葉にはエリスも驚き、自分がエリスである事を否定するのも忘れて問い返す。
「まぁ、一見今のお前はあの美しい容姿をしたエリスとはかけ離れているが、見る奴が見れば、すぐに気付くだろう。訳ありなのは分かる。そんな格好で水すら飲めない状況だった事を考えると、かなり切羽詰まっているのだろ?」
「…………」
「…………分かった、ここでは落ち着かないだろうから、ひとまず俺の家に来い。そこでゆっくり話そう」
詳しく話したがらないエリスに男は小さく息を吐くと一旦自分の家で話をしようと言いながら立ち上がり、エリスに手を差し出した。
彼の言動にエリスはやはり迷っているのか、頷く事も手を取る事も出来ずにいる。
そんなエリスを見た男は出していた右手を一旦引っ込めると、もう一度彼女の前にしゃがみ込み、
「――俺の名はギルバート。決して悪いようにはしない。俺を信じて、付いて来てはくれないか?」
名を名乗り、自分を信じて付いてきて欲しいという言葉を投げ掛けた彼は、再度立ち上がって手を差し出した。
そこまで言われると、エリスの心は小さく揺らぐ。
(どうせ、このままこんな森に一人で居ても危険なのは変わらない。それなら、助けてくれた彼を信じてみるのも、良いのかもしれない……)
一人葛藤を重ねた末、
「……分かりました、全て、お話しします」
未だ戸惑い気味のままそう口にしたエリスは彼――ギルバートの手を取ったのだった。