6月25日 白鳥の計・前夜

 私は今、選択を迫られている。

 というよりは、選択肢を考えることを迫られている。

 もう気づけば明日に迫った須和さんとのデートだけど、どこへ行くのかいまだに答えを見いだせずに、こうして前日の夜を迎えていた。


 一応、何度かそれとなくどこか行きたいところは無いか探りを入れてみたものの、返事は変わらず「任せる」とのこと。

 相手の好みも知らなければ、共通の趣味もなさそうなヤツとのお出かけほど、行き先に悩むことはない。

 この際、楽しんでもらえるかどうかなんて考えずに、良くも悪くも明日という日を乗り切りさえ良いんじゃないかっていう消極的な考えも浮かんだけれど、逃げに回ったような気がしてそれはそれで嫌だ。


 そもそも、なんで彼女は私を指名したんだろうか。

 それすらも謎であるからして、私もテンションをどこに持って行けばいいのかサッパリ分からなかった。

 少なくとも素直に休日を楽しむような余裕は私にはない。


 かといって下手なデートコースを選んだ日には、「その程度?」みたいな軽蔑の目で見られてしまいそうな――いや、そんなことはまずないんだろうけど――そんな気がしてしまう。

 考えただけでお腹がキリキリしてきた。


 とかやってる間に、スマホに一通のメールが届いた。

 メッセージアプリじゃなくってメール。

 それがどこかのサイトのメルマガでないなら送って来る相手なんてひとりしかいないので、すぐに開いて中身を確認する。


――夜分遅くに失礼します。ついさきほどユリ先輩にお伺いしたのですが、明日用事があって来られないというのは本当でしょうか?

――差支えなければ、お返事待ってます。


 ものすごく他人行儀な文面だけど、普段より饒舌に感じてしまうのは文字の力だろうか。

 宍戸さんから当てられたメールを見て、そういえばそっちもあったと、いらない心配が頭をよぎる。


 このやりとり、少し長くなりそうかな。

 あんまりダラダラと文字を打ち合うのは好きじゃないので、私はアドレス帳から彼女の電話番号を呼び出して、通話ボタンを押した。


『は、はい、宍戸です』


 しばらくのコール音の後に、宍戸さんのいつもの怯えたような声が響く。


「狩谷です。メール見たよ。今、時間大丈夫?」

『はい、大丈夫です。あ、あの、良かったら家の電話からかけ直しましょうか?』

「ああ、大丈夫。そんなに長話するつもりはないから」

『そ、そうですか……わかりました』


 なんだか気を使わせてしまったようだけど、それ以上いらない心配をかける前に本題に入っておいた。


「明日だけど、用事あって行けないのは本当。私も、アヤセも。てかユリのやつ、今の今まで伝えたなかったのね」

『いえ、確認してなかったわたしも悪いんです……逆に、何も連絡がなかったのでてっきりOKしてもらえたものかと』

「ホウレンソウは学生でも大事ってことだね」


 むしろ穂波ちゃんの方から話が行ってるかと思ったけど、そっちからも話がなかったってのが以外だった――とか考えてから、あれ、と思い返す。

 穂波ちゃんと話した時、私行かないって言ったっけ。

 言ってないかも。

 私自身もとっくにユリから話が行ってると思ってたもんな。

 ホウレンソウは大事だね。


「お店はどこ行くの? 商店街? モール?」

『ええと、隣町のほうのモールです。そっちの方はわたし、何回か行ったことあるので安心かな……って。星先輩は、どこかにお出かけですか?』

「ああ……うん。どこに行くかは決めてないんだけどね」

『どういうことですか?』

「ほら、あの、須和さんとの」

『ああ……』


 電話口の向こうで、言葉が詰まる。

 それはこっちの気持ちを慮ってか、もしくは単純に宍戸さんの須和さんへの苦手意識によるものか。

 彼女は結局、まだ吹奏楽部に入るどうこうの決断をしていない。

 やっぱりまだ一歩、決め手に欠ける状態なんだろう。

 もしかしたら、須和さんが私を選んだのは、そんな状況を探りたくってなのかもしれない。

 でも彼女なら、そんな回りくどいことしないで直接宍戸さんのことを指名しそうだし。


 だめだ、考えるだけどんどん分からなくなるからやめよう。


「もし、何か伝えといて欲しいことがあるなら聞くけど」


 その問いかけに、少しの間だけ無言の時間が流れた。

 ほんの数秒……いや十秒くらいあったかもしれない。

 やがて、小さな深呼吸の音が聞こえてから、宍戸さんの返事が帰って来る。


『いえ……今は、何も』

「わかった」


 今は、というのが変わらない彼女の迷いの現れだろう。

 だけどタイムリミットの夏はもうすぐそこだ。

 もしかしたら須和さんも、宍戸さん自身も、もう諦めていることなのかもしれない。


 それならそうだと分かったほうが、宍戸さんとしても気持ちは楽になるんだろうか。

 後々に後悔はあったとしても、今の彼女の気持ちとしては。

 だとしたら、それを確かめるのは、間に入ってしまった私のやるべきことなんだろうと思う。

 どういうテンションで臨んだらいいか分からなかった明日のデートだけど、ひとつ、やるべきことが見つかったような気がした。


「あっ」

『ど、どうしましたか……?』

「ああ……いや、ごめん、なんでもない」


 一瞬、「私も須和さんと一緒にモールに行けばよいのでは?」という考えが頭をよぎった。

 よぎっただけで、実行には移さないけど。

 単純に、私のあらゆる心配を全部まるっと解決できそうな選択肢だけど、一方でそれは最大の悪手だとも思う。

 やめておこう。


「それじゃあ、用は済んだしこの辺で。穂波ちゃんにもよろしく」

『はい……わざわざありがとうございました』


 電波の向こうで宍戸さんがぺこぺこと頭を下げたような、そんな雰囲気を感じながら、私は通話を切った。


 とりあえず、明日はモールはなし、と。

 一歩進んだ気がするけど、その実何も変わってはいない。

 ギリギリまで悩んで、悩んで、それで思いつかなかったら釣り堀にでも行こう。

 そんな妥協案に気持ちを移せるようになっただけ、少しは気分も晴れたような気がした。


 あ……それはそうと、明日は何を着て行こうか。