模試二日目。
やれるだけのことはやった。
満点取れるほど完璧かと言われるとそこまでではなく、復習すべき弱点が浮彫にはなったけど、これまでの中では一番の手ごたえだ。
勝負だからこその集中力もあったかもしれないけど、大部分は勉強方法の変化――というより、アネノートの功績が大きい。
不本意だけど、どんな有名予備校講師が監修した参考書よりもアテになる。
これ、清書して販売したら良いカネになるんじゃないかな……褒めたくないので口には出さないけど。
それでも、何を使ってでも点を稼ぐ。
毒島さんとの勝負どうこう以前に、唯一これが、雲の上の人間たちに届く私の武器と呼べるものだから。
そう言えば、毒島さんはどこへ行ったかな。
放課後の教室を見渡したけど、その姿は既になかった。
敵情調査……じゃなくて、昨日のプレゼントのお礼を言いたかったのだけど。
まあ、来週には自ずと勝負の結果は出ている。
どうあがいても答案の内容が変わらないのなら、もう焦っても仕方がない。
「おーい、星! カモーン!」
とか人が真面目なことを考えている時に、廊下から私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、教室の入り口のところでユリが手を振ってる。
傍にアヤセの姿もあったので、私は机に鞄を置いたまま彼女たちの方に向かった。
「どうしたの」
出入口を占領するのもなんなので、廊下の隅に移動する。
するとユリが食い気味に迫ってきた。
「バンドしようぜ!」
「いや、やらない」
「がーん! 即答!?」
ユリは、ぐっと握りしめていた拳をひらいて、わなわなと震わせる。
それ以前に、いきなり何なん。
アホかな。
「高校最後の学園祭だよ!? 青春だよ!? 青春と言えばバンドだよ!」
勢いのまま、よくわからない三段活用をして、彼女はキザな笑顔と共にぐっと右手の親指を立てた。
「だから……バンドしようぜ!」
「アホかな?」
「なんで!?」
いや、ユリは最初からアホだけど。
忘れてたわけじゃないけど。
「どうしたの、これ?」
このままじゃらちがあかないので、おそらく保護者としてついてきただろうアヤセに話題を振る。
「たぶん、なんかの漫画かアニメに影響されたっぽい」
「なんだ、いつもの発作か」
「なんだとはなんだー!」
拳を振り上げて抗議するユリに対して、私は制服のポケットから蛇腹状に折りたたんだ手書きのチケットをちらつかせる。
「これ使うから、ちょっと黙ってて」
「青春チケットを、そんな寂しいお願いに使わないで!?」
とか口では言いながら、ユリはチケットを一枚もぎって、そのまま廊下の隅でしょんぼりと正座した。
別に、そこまでしろっては言ってないんだけど。
それはそうと、横槍も入らなくなったので再度アヤセに向き直る。
「で、これはどんくらい本気なの?」
「んー、わりとガチめ。さっき、ステージ申請書書いてたし」
「行動力の化身……てか完全に気持ちだけ先走ってる、一時の気の迷いパターンじゃん」
「迷ってないよ! 一途だよ!」
「もうちょっと、方向性見えるまで黙っててくれる?」
「はい、さーせん」
ユリは正座を崩して、しょんぼりと体育座りになった。
だから、別にそこまでしろっては言ってないんだけど。
でも、膝小僧にほっぺをぷにぷに押し当てて暇をつぶしてる姿は可愛いので、そのままにさせておく。
「どっちにしても無理。私、楽器とかできないし」
「それはボーカルならやるんだけどなぁっていうフリか?」
「どうしてそうなるの? そういうアヤセだって楽器できないでしょ」
「実はドラムならできる」
「まじ?」
二年も友達やってて初耳なんだけど。
「ゲーセンのドラムゲー全曲フルコンしてるからな」
こっちもアホだった。
「ユリだってなんにもできないでしょ」
「喋っていいの?」
「いいよ」
「あたしもゲーセンのギターゲーなら全曲フルコンしてる!」
「セッションモードのフルコンは神ってたな」
「オーディエンスもスタンディングオベーションだったね」
アホが二倍になって、ただめんどくさいだけだった。
「まー、でもバンド自体は私も興味ねーわけじゃないんだけどさ。女子高生なら一回くらい放課後に音楽室でお茶したいじゃん」
「バンドどこいった。てか、ほとんど毎日生徒会室でお茶してんじゃん」
「生徒会そんなことしてるの? ずるい!」
「ユリはもうちょっとだけお口チャックね」
「はい」
ユリは揃えていた膝小僧を左右に開くと、そのまま穏やかな表情で座禅を組んだ。
うん、すごく静かになった。
「実際、ただでさえ忙しいのにそんなバンドの練習とかする時間無い。やるの自体は止めないけど私はパスで」
「ちぇー、ノリ悪いなあ」
アヤセは眉を寄せながら、ブーっと唇を震わせた。
なるほど、発起人はユリだとしても、どうやらアヤセの方が乗り気らしい。
そういういかにも青春っぽいやつ、分かりやすく好きだもんね。
「そういうわけだから。ユリ、この話はなかったことに」
声を掛けると、ユリはうっすらと笑みをたたえながら目を開く。
「もう、口を開いてもよろしいのですか?」
「ああ、うん……悟りは開けた?」
「バンドをするかしないか。そんなこと、取るに足らない問題だと気づきました。やりたいかやりたくないか、それが大事なのです」
「だから、やりたくないって」
「ちぇー、星のけちんぼー!」
悟りが開けたのも一瞬だけ。
ユリは飛び跳ねるように立ち上がると、そのまま腕を組んでそっぽを向いてしまった。
かと思えば、すぐに笑顔を浮かべてこっちに向き直った。
相変わらずコロコロと感情が忙しないヤツ。
「ところで、今度の日曜日はテスト前だから部活も個人練と言う名のお休みなんだけどさ、遊びいこーよ!」
「テスト勉強しなさいよ」
「勉強もちゃんとするもん! 夜とか!」
これほど信用も重みもない言葉もそうそうない。
絶対しないし、泣きついてくる未来を断言できる……と思ったけど、そう言えば赤点出したら連帯責任で部活禁止なんだっけ。
大会直前も直前だし、流石に口だけってことはないと思いたい。
「今度の日曜はすまん、先約あるわ」
アヤセが申し訳なさそうに手を合わせた。
「ほら、この間の合コンのデートが……な?」
「あっ……そう言えば私も、スワンちゃんと約束してたの日曜日だった気がする」
スマホでメッセージを貰って、そこしか空いてないからって言われたのを思い出す。
忘れたらどうなるか怖いし、私もそこだけは外せない。
「えー、ふたりだって遊ぶんじゃん!」
「いや、それこそ私らは、普段それなりにちゃんと勉強してるし」
アヤセに同意を求められたので、私ははっきりと頷いておく。
須和さんも試験直前に焦って勉強しなきゃいけないような人ではないだろうし、そもそも朝から晩までずっと相手をするってわけでもない。
それでも、自分を差し置いて遊びの約束を立てていた私たち(不可抗力だけども)に、ユリはすっかりご立腹の様子だった。
「いいもーん! じゃあ、あたしだけ生徒会の一年生ちゃんたちと遊んでくるもーん!」
「え……まって、どういうこと?」
話が飲み込めなくて、一瞬、聞き返すのも遅れてしまった。
ユリはぷりぷりと怒った様子のまま答える。
「歌尾ちゃんと、みんなを誘って遊び行こうって話してたんだけど、いいもーん」
「宍戸さんと?」
そんな話してたんだ。
私……全然聞いてないんだけど。
「いや、そういう話なら別の日程ですり合わせても」
「えー、星もアヤセも遊び行くのに、あたしだけ別の日にしろっての? そんなの横暴だ! 圧制だ! 断固として抗議する! 抗議の遊びにいく!」
そう頑なに言うユリには、もう何も言っても無駄そうだった。
いつも流されやすいクセに、こういう時だけ頑固なのはなんでなんだ。
人のことは言えないけどさ。
そもそも須和さんと遊びにいくってだけでも、胃の中がひっくり返りそうなのに。
とりあえず……穂波ちゃんあたりにちょっとさぐりを入れてみようか。