学園祭の始まりはいつか、と言われたら、それは実行委員会組織が動き始めた時だと思う。
講堂を利用して行われる学園祭実行委員の第一回全体会は、先日のホームルームで決定した一年から三年までの各クラスの実行委員の顔合わせと、組織幹部の決定、あと今後のスケジュールのすり合わせが主な議題となっていた。
前にも話題に出した気がするけど、本校の学園祭は全四日間のロングスケジュールとなっている。
そのすべてを漫画やドラマで見るような模擬店舗が立ち並ぶ、いわゆる「一般招待日」をするわけじゃない。
初日――前夜祭。と言ってもこれは学園祭の宣伝を行うだけの放課後行事。
二日目――体育祭。徒競走や騎馬戦なんかを行う、文字通りの運動会。
三日目――文化祭。文化部や有志によるステージ発表をメインとした校内鑑賞会。
最終日――一般招待日。模擬店や各種イベントを運営する学園祭の本番。夕方からは後夜祭も行われる。
これらすべてをひっくるめたのが本校の学園祭となる。
ぶっちゃけ、考えたヤツはアホすぎる。
アホすぎるけど、夏で高校生活でもっともエネルギッシュなイベントをこなしてしまうことで、三年生が秋からすんなり勉強に身が入るように配慮されている――と考えたら、ある意味で先人の知恵なのかもしれない。
どっちかと言えば苦肉の策だろうけど。
実際のところ、バカとアホしかいないウチの学校が仮にも県内有数かつトップクラスの進学校として成り立っているのは、この学園祭ブーストを経たあとの、秋からの追い込みが尋常でないからだ。
高校の学力ランクとして三年の夏までは県内一〇番目くらいをうろうろしているクセに、共通試験直前には県内二位~三位くらいまで昇り詰める。
年始恒例の箱根の山で例えれば、初日はシード権争いにひいひいしていたくせに、二日目にはちゃっかり優勝争いに加わってるようなもん。
誰だって度肝を抜かれる。
私はこういう表現はあんまり好きじゃないけど、要するに「やればできる子」たちの集まりというわけだ。
なら普段からやれって話だけど。
「つーわけで、実行委員長になったウルワシルカだ。いいかてめーら、必死で漢字覚えろよ。雲類鷲流翔だ。今後いろんな書類に書かなきゃいけないからな」
「めんどくせーから全部自分で書けよ」
「あたしだってめんどくせーわ! 定期試験のたびに腱鞘炎になりかけるわ!」
実行委員長就任の挨拶に、他の委員たちから容赦ない野次が飛んだ。
雲類鷲さん――あれで、ウチのクラス委員だけど――は、ステージ上のホワイトボードにでかでかと自分の名前を書き記す。
確かにめんどくさい。
今だって書くのに三〇秒くらいかかってたし。
それから彼女を中心に、他の役員たちも次々と選定されていった。
前夜祭と一般招待日、そして学園祭全体を取り仕切る実行委員長と副委員長、その書記。
体育祭実行委員長と副委員長、その書記。
文化祭実行委員長と副委員長、その書記。
一般招待日にいたっては、模擬店運営、ステージ運営、衛生管理、宣伝広報、etc……と部門ごとにリーダーとなる役員を立てることになる。
そしてその下に役職のない実働委員たちがぞろぞろと。
総勢一〇〇名近い超大型組織だ。
だからこそ教室とかじゃおさまりがきかなくって、全体会は講堂でやるはめになるのだけれど。
「よーし、これで役職は全部花丸ちゃん……っと。つーことで、生徒会の承認よろしく」
雲類鷲さんは、自分の名前を消したうえから書いた各役職名の上にニコニコ笑顔の花丸を書いて、私に向き直る。
「問題ないです。みなさん最後までよろしく」
私がそれに頷き返すと、承認を喜ぶように満場の拍手が鳴り響いた。
この大型組織の中で、生徒会はまた別枠の存在となっている。
立場としては、関連する全てのイベントに対するオブザーバー……と言えば聞こえはいいけど、ようは雑用だ。
雲類鷲さんは、拍手に満足げに頷いて役員たちの顔を見渡す。
「全体会は今日を含めて四回だけだ。基本は進捗確認で、何か特別な議題があればその都度って感じ。次回は期末テスト後。その後は、夏休み中に一回。本番前に壮行式を兼ねた最終確認の一回。それ以外は、実行委員ごとに必要なだけ集まって打ち合わせするように。グルチャとかでもいいから、週一回は必ず顔合わせしとけよ」
「はーい」
講堂のあちこちから、不揃いな返事がぽつぽつと帰って来る。
直接返事をしない生徒も、無言ながら頷いて、理解はしている様子だった。
「よろしい。他、今日はあとなんか話すことあったか?」
「出店申請とスローガン」
「そう、それだ」
副委員長に指摘されて、雲類鷲さんがポンと手を打つ。
「一般招待日の出店申請は、クラス、部活共に一学期の期末テスト最終日まで。個人出店はできねーけど、フリーマーケットのスペースがあるから、個人で出してーってやつはそっちの募集を待つように伝えてくれ。申請用紙と申請場所は生徒会室で良いんだよな?」
「ご意見BOXか、生徒会室に人がいれば直接渡してくれてもいい。教室とかで渡されるのは紛失が怖いからやめて欲しいかな」
「だ、そうだ」
私が補足すると、そのまま委員たちに理解を促してくれた。
「最後に学園祭スローガン。これは次の全体会で決めるから、それぞれなんか案を考えてくるよーに。誰も考えて来なかったら、泣くぞコラ」
気の抜けた脅しにちらほら笑いがこぼれつつ、第一回実行委員会はお開きとなった。
各委員たちはさっそくイベントごとに輪を作って、連絡先の交換なり、アプリのグループチャットの作成なりに勤しんでいる。
それを横目に帰ろうとしたら、後ろからがっちりと腕を掴まれた。
「ちょっと、何帰ろうとしてるんですか」
「帰らないよ。生徒会室で明日の準備をしようかと」
呼び止める毒島さんにそう返して、私は今度こそ講堂を立ち去ろうとする――けど、彼女は私の腕を掴んだまま放さなかった。
「え、なに。まだ何かあるの?」
「会長もそれぞれの連絡網に入っとかなきゃダメじゃないですか」
そう言って彼女は、実行委員たちの集まりに目を配る。
「それ、本気で言ってる?」
そんなことしたら、終始通知が鳴り止まなくなっちゃうじゃないか。
いや、通知くらいなら切っとけばいいんだろうけど。
「逐一反応する必要はないですけど、状況の確認は必要です」
「それはまあ確かに」
何かあったら頭を下げるのは主に雲類鷲さんと私だ。
なら、そうならないように目を光らせておく必要はあるだろう。
理屈では分かるけど、それってすごく、めんどくさい。
毒島さんは、掴んでいた手を放して、そのまま私の背中をグーで小突く。
「しっかりしてくださいよ。これは、あなたの学園祭なんですから」
それはちょっと大げさな気もするけれど、対外的にはそうなんだろうな。
私の(代の)学園祭。
その盛り上がりは、なんだかんだで各世代ごとに比較されて語り継がれるもの。
別に名前を残すつもりはないけれど、過去いち盛り下がった学園祭と称されるのも、それはそれで嫌ではある。
私は仕方なく踵を返して、各イベント実行委員長たちに声を掛けて回ることにした。
ウチの「やればできる子」たちは、別に何もやってないわけじゃない。
普段は勉強以外の部活とかそういうのに全力を注いでいるだけ。
それが今は学園祭という一大イベントに注がれているわけで。
そこにひとつひとつ関わることになるなら、それこそ身がいくつあっても足りないような気がする。
今年は夏休みなんてものは存在しないかもしれないな……と、漠然とした刑の宣告を受けているような気分だった。