第9話 絶倫領主、セイレーンと出会う

 新都に逃げ込んできた民たちはひどく傷ついていた。

 破れた服にボロボロの靴。中には裸足で歩いてきたものもいる。

 髪は乱れ、土埃にまみれ、多くの者が引き裂かれたような傷を負っている。


「いったい、何があったんだ……?」


「考えるのは後だケビン! 負傷者をとにかく集めよう!」


 イーヴァンの陣頭指揮で救助活動に当たる。

 重傷者をセリンが手当てし、精海竜王が空を飛び途中で力尽きた民を回収する。

 救助活動は夜半まで続き、事態が一段落したのは明朝のことだった。


 旧都でなにが起こったのか。

 旧都から来た民と触れあう中で、俺はその情報を把握した――。


「空から大量の女が飛んできて! 急に街を襲って!」


「奴ら、若い男を捕まえると、そのままどこかへ連れ去って!」


「島のさらに南の方角! 奴らが群れをなして飛んでくるのが見えた!」


「あれは間違いない……セイレーンじゃよ!」


 セイレーンの群れが旧都を襲ったのだ。


「しかし、どうしてまた? こんな話は初めて聞くぞ?」


「旦那さま? セイレーンとは、いかなる魔物なのでしょうか?」


 現場をイーヴァンに任せ、執務室に戻った俺とセリン、そして精海竜王。

 精根尽き果て執務机にのけぞる俺に、セリンがおずおずと尋ねた。


 まぁ、東国の者には馴染みのない魔物だ。

 知らないのも無理はない。


「セイレーンというのは女人に鳥の翼が生えた魔物でな、海岸沿いに棲み船を歌声で惑わして沈没させるのだ。西方の航海関係者には、古くから恐れられている魔物だよ」


「まぁ! 人を惑わして船を沈めるなんて! ひどいことをするものですね!」


「まったくじゃ! 命をなんだと思っておるのかのう!」


 お二人とも?

 どの口で言っているんです?


 ツッコミたいところだが、二人の機嫌を損ねると、この街ごと海に沈んでしまいそうなので、俺は黙っておいた。


 民の命を預かる領主は辛いよ。


「とはいえ古い魔物だから、根本的な対処方法は確立れている。その性質を知っていれば、恐れるような相手じゃない」


「なるほど」


「ただ、問題は――どうしてこの東国に、セイレーンが現れたのかだ」


「たしかにそうですね。西国の魔物が、なぜ……?」


 逃げてきた民の話を聞くに、セイレーンたちは群れをなしている。

 つまり、セイレーンが棲息するコロニーがあるのだ。


 しかし、モロルドの領内でそんな島があるという報告は聞いたことがない。

 西国諸国が東洋で貿易をはじめて数百年になるが、セイレーンが発見されたという話もまた聞いたことがない。


「……なんだか嫌な予感がするな」


「旦那さま。逃げ遅れた民も大勢おります。すぐにも救援に向かわれるべきでしょう」


 いろいろと思うところはあるが、セリンの言うとおりだ。

 ここはあれやこれやと論じている場合ではない。


「よし! すぐに新都を発つ! 精海竜王どの、後を頼めますか!」


「まかせよ! それより一刻もはやく民を安んじてやるがよい!」


 新都を頼りになる舅どのに任せて、イーヴァンが選抜した精鋭を連れ、俺は急ぎ旧都へと向かうのだった。


「私も同行します! 旦那さま!」


「セリン! いかん! 女のお前の出る幕ではない!」


「侮らないでくださいませ! 私は、精海竜王の娘でございますよ! 父譲りの神通力の威力を今こそお見せいたしましょう!」


 それでもダメだと言おうとして、執務室の天井の大穴を思い出す。


 彼女の身を心配する必要はないか。

 というか、むしろ頼もしい。


 息巻く妻の手を引いて、俺たちは旧都へと二人で発った。


◇ ◇ ◇ ◇


「……これは!」


「思った以上にひどい有様だな!」


 島の北西から南東まで。

 端から端に向かって、駆けに駆けて一日半。

 途中、生まれ育った故郷の村で宿を取り、俺たちは昼過ぎに旧都に到着した。


 そして、セイレーンたちにより、見るも無惨に変えられた都に言葉を失った。


 かつて東の海に栄華を誇ったモロルドの港。

 そこは――今や死屍累々の裸体の男たちで、地獄のような光景になっていた。


「うぅっ……も、もう、出せない……!」


「やめて……やめて……これ以上は、僕、もう死んじゃう……!」


「こ、こんな快楽知っちゃったら、もう人間の女じゃ満足できない!」


 裸にひん剥かれた男たち。


 セイレーンと海竜たち。

 二つの魔性の違いをあえて言うなら男の扱いだろう。


 船を沈めたセイレーンは、その船に乗る男たちを掠い巣へと持ち帰る。

 そして、死に絶えるまで精を絞り取ってしまうのだ……。


 荷だけでなく生気まで奪う魔性!

 ひと思いに命を奪わず、じわじわと嬲り殺す残虐性!


「セイレーン、おそるべし……!」


「旦那さま! アレを見てください!」


 凄惨なセイレーンによる凌辱に息を呑んだのも束の間、セリンが指を空にかざす。

 太陽を背にして浮かぶのは六つの翼。


 黄金の豊かな髪をしたふくよかな乙女。

 黒いくせっ毛な髪をしたスレンダーな乙女。

 赤毛のトランジスターグラマーな体つきをした乙女。


 白い絹のドレスが潮風にひるがえる。

 目が覚めるような有翼の三美姫は、俺たちの前で優雅に舞うと――。


「私は、長女! アフロディーテ!」


「同じく、次女! マーキュリー!」


「三女! ダイアナ!」


「「「三人揃って……燕鴎四姉妹!!!!」」」


 なんだか、ギャグみたいな口上を俺たちに述べた。


「バカな! 燕鴎四姉妹ですって!」


「知っているのか、セリン!」


「知りませんけど! 三人しかいないのに四姉妹とはこれいかに!」


「そっちかぁ~~~~!」