2094年 12月某日
気付けば夜を迎えていた。
時刻は既に午後の7時を指し、私達を取り囲むように8人程度の男女プレイヤーがこちらを見ている。
「どうだい?
最強と謳われた君達が何も抗えないこの状況。
とても屈辱的だろう?」
彼等のリーダーと思われる黒いコートが特徴的な男性プレイヤーが私へと近づく。
そして躊躇いもなく私の頭を鷲掴み持ち上げると力いっぱい込め近くの壁へと顔から叩き付けた。
かすり傷程度の痛みが、全身へと突き刺さる。
現実世界では無いにしても、非常に耐え難いとすら思う彼の行為に心の底から苛立ちすら感じる。
私の体力ゲージが減少するがすぐに元通りに回復していく。
何故なら、私の体力を保つように男の仲間が私の足元へ回復効果を持つ地形スキルが使用されているからだ。
本来であれば支援役が味方へ継続的な回復支援を行う為に使用されるものだが、彼等は拷問をする為に使用しているのである。
しかし、今の私では何も抗えない。
彼等の言葉、行為を私はただ受け止めるしか無かったのだ。
肘、膝から先の両手足は彼等によって切り落とされている。
ログアウトをしようにも腕が使えない為に、ログアウト出来ない。
こういう状況になった場合に、手足が攻撃によって断たれた場合には継続的なダメージが入る。
しかし足元のフィールドによって阻害されて、そのダメージでは死ぬ事が出来ないのである。
そしてログアウトのコマンドを口頭で唱えようとも彼等により妨害され、脱出が出来ないの状況である。
彼等に監禁されてから既に2時間余りが経っていた。
「さっさとアレで薬漬けにしましょうよ。
下手に騒がれても面倒ですし、サツを目を付けられたら俺達も困りますからね?」
「この前手に入れた感度操作ツール使いません?
あらかじめ傷つけておいて、弱りきったところを奴等に見せつける。仲間想いであろう女の仲間等なら大人しくこちらの言うことも聞いて女と同じ目に遭ってくれますよ。それで依頼達成になりますし」
私を取り囲むように男の仲間からは物騒な単語が飛び交っていく。
彼等が何をしようと、今の私では抗えない。
抗う為の手足は無い、言葉で説得をしようとも無駄である。
今はただ、目の前で起こり続けるこの恐怖に怯える事しか出来なかった。
●
既に意識はもうろうとしていた。
視界は塞がれ、ただ暴力のみが振るわれている。
本来このゲーム内で機能している痛覚システムを彼等は操作している。
現実と同等、あるいはそれ以上の痛みで私を苦しめ続けているのだ。
「さあ!!
君のお仲間さんへと、助けを乞えよ!!
なぁ!」
身動きがままならない私の体へ、男の仲間達はひたすら暴力を振るっていく。
一体、いつになればこの地獄は終わるのだろうか。
夢なら早く覚めて欲しい。
仲間を呼ぼうとも、恐らく来ない。
先日、仲間の一人が何も言わずに脱退したからだ。
その理由を彼に問い詰めても、何も答えなかった。
私達の大切なあの場所はもう無いのだ。
もしかしたらもう二度と元の関係には戻れない。
どうしてなの?
彼は何故、私達を見捨ててしまったのだろう?
どうして私達は道を違えてしまったのだろう?
「ああ、つまらねぇ。
いくら殴っても悲鳴の一つも上げないとか何なんだよ、お前?」
リーダーの男はそう言うと、私の頭を再び掴んだ。
そして仲間の一人に私を向ける。
「確か、お前の推しキャラってコイツに似ているよな?」
「そう言われて見れば確かに……」
仲間の人物はそう答えると、リーダーの男が僅かに笑う。一体を何を考えているのだろうか。
僅かに過ぎった嫌な予感はすぐに的中ふる。
「じゃあ決まりだ。
お前、今からコイツとヤレ。
確か21番のツールを使えば倫理ロックも解除出来る」
そう言って男は私を仲間の足元へとモノのように投げ捨てた。
ふざけてる、こんなの絶対に許されない……。
許される訳がない。
「そろそろ女も何されるか気付いたか?
まあ大丈夫だ、現実では無事なんだからな。
だが現実より少しばかりキツイだろうな?」
仲間が私の方へ近づく。
抗おうとも藻掻くが、手足が無い為抗えない。
もうどうにもならない……。
これから私は目の前の男に穢されるのだと知覚した。
全てを諦めかけた瞬間。
上から来た何かの影が視線に入る。そして一筋の光が仲間の男を貫くと光に包まれ四散した。
「間に合ったか」
現れた一人のプレイヤー。
来ないであろう仲間の姿がそこにあった……。
「なんで、ここに…?」
「色々あっただけだ。
とにかく今はこの状況の解決が最優先だろう?」
彼がそういうとリーダーの男が突然笑い始め、こちらへと指を指す。
「待っていたよ、君が来るのをね。
そっちから来てくれて探す手間が省けたよ!」
男が指を鳴らすと、合図だったのか仲間達が彼へと襲い掛かる。
その瞬間、男の仲間が一筋の光に貫かれ四散した。
「なるほどねぇ。
君、もしかして結構強い?」
「お前達のような奴よりは強いに決まってる」
「面白い事を言うよ。
そそるなぁ……、君を壊せる瞬間が楽しみでしょうがないよ!!」
その瞬間、彼が一気にリーダーの男へと間合いを詰めた。
しかしリーダーの男の姿が消え去る。
呆気に取られた彼の背後へ現れると、後ろから耳元れ囁いた。
「おいおい、そんなに焦るなって。
遊びはこれからなんだからさぁ?
君、名前は?」
気配を察しすぐに彼は武器を振り下ろすとすぐさま飛退く。
異質な彼の気配に私ですら背筋が舐められたかのような感覚だった。
「いいねぇ、その反応?
君達、壊しがいの才能があるよね」
他の仲間とは明らかに実力が違うリーダーの男に彼は一層警戒を強める。それに何も興味を示さず男は自分のペースで会話を続けた。
「俺達のグループ名はアント。
偽善と悪に飲まれたこの世界へ革命を起こす者達だ。
そして俺はアントの日本支部リーダー、ノーグ。
君達、黄昏の狩人には我々に来て欲しいんだよねぇ? まあ断られる前提だったから彼女を囮に使った訳だが、どうかな?
こちらへ来ないかい?」
「ふざけるな」
「そう怒るなよ?
たかが女の一人汚されかけたくらいでさぁ?仲良くしようぜ、子犬ちゃん?」
刹那、両者の武器が交錯した。
凄まじい速度で繰り広げる彼等の戦いに圧巻せざるを得ない。驚くのは彼もそうだが、ノーグという男の実力である。
彼の攻撃を全て的確に捌いているその実力に驚きを隠せない。
「ガラ空き」
一瞬の隙を見逃さず敵の男は攻撃を繰り出した。
しかし彼が攻撃に触れた直後、姿が消えた。
「へぇ、いい動きじゃん」
男はそう言うが構わずケイは次の攻撃へと態勢を移していた。
ノーグの背後へと回り込み一瞬で現れ奇襲を仕掛ける。男の死角を取ったと私は確信した、大抵の相手ならこれで必ず仕留められる。
彼の得意技である幻影回避により奴は倒される、そう思っていた。
しかし、目の前の事象に私は驚きが隠せない。
「ああソレ、俺には効かないんだよねぇ?」
男は攻撃を読んでいたのか、背後へと武器を振るう。
予想外の出来事だった。
彼の対応は間に合わなず攻撃を正面から受けてしまう。
地面へと転がり落ち、敵の姿を下から見上げる。
全快に近い彼の体力ゲージが半分程まで削れており、彼と男の実力差は歴然だった。
「君と同じ技、この前番犬君に食らってねぇ。
色々対策してたんだけど、まさか君がソイツと全く同じ技を使うなんて思わなかったよ?
それに、簡単にくずれてくれるんだから可笑しくてしょうがない!!」
「貴様……っ!」
体を奮い立たせ彼は再び攻撃を仕掛ける。
攻撃の繰り出す速度が更に上がり男を追い詰めていく。
しかし、何かに気付いたのか彼は後ろに飛退く。
瞬間、彼の居た場所へ頭上から剣が落ちてきた。
「いいねぇ、今度は避けてくれて助かるよ。
じゃあ、これならどうだい?」
男の周りを公転するように持ち手の欠けた剣が出現すしていく。
軽く見積もるだけで50近くはあるだろう。
目視で確認出来たそれ等の刃を私はただ見ているだけしか出来ずにあった。
「さあて問題、この剣は何本あるでしょう?
まあ、生き残れたら回答権をあげるよ
生き残れたらまた会おう、子犬ちゃん」
男が腕を振り上げると剣は彼の方に向けられる。
そして振り下ろされると待ち望んでいたかのように、剣は彼の方へと飛ばされる。
無慈悲に放たれたそれ等の刃に彼の体が貫かれると、私の意識が闇へと落ちていった。
●
2097年6月1日 午前5時
「ケイ!!」
気付けば彼の名前を叫んでいた。
意識が徐々に覚めていき、先程の光景が夢だと気付くと恥ずかしさで悶える。
目はもう覚めてしまったので私は着替えを済まし、一階の店の方へと降りて行く。
するとそこには私達への朝食を用意しているミヤさんの姿がそこにあった。
「お早いですね、さっきの叫び声はあなたでしたか」
「その、えっとすみません。
あと……おはようございますミヤさん」
「はい。
おはようございます、メイさん。
何か温かい飲み物用意しますね」
「ありがとうございます」
彼女が手早く飲み物を用意すると、私の座っている店のテーブルへと運びそこに彼女も座った。
「嫌な夢でも見ましたか?
よっぽどうなされていたみたいですよね?」
「そう見えましたか?」
「少し顔色が悪かったので、ゲームの世界だと表情を隠すのが難しいですから」
「ですね」
少し一息付くと、私は会話を切り出した。
「昔の記憶、3年前のギルドの崩壊が深まった原因でもあった事です。
私が巻き込まれたせいで、みんなを巻き込んでそしてあのギルドは崩壊しましたから」
「話して貰えますか?」
僅かに話すべきかは悩んでいたが、いずれは話すべきことだろうと思い私はゆっくりと口を開いた。
「私達、黄昏の狩人が例の大会で準優勝したあの日の翌日。当時ギルドメンバーであったケイは突然私達のギルドから音沙汰もなく脱退したんです。それに最初に気付いたギルドマスターのフィルは学校で彼を問い詰めたんですけど、何も話してくれなくてそのまま険悪な関係に至ってしまった。
フィルとケイは親友同士で、それこそクロさんとユウキさんのお二人と大差ない程の仲だったんです。
二人の馬鹿らしいのをシロさんが仲裁して、その中に私も居てとても楽しいギルドでしたから」
「親友同士が敵対関係になるというのは余程ですよね?
現実世界でも仲が良かったはずなのに、たかがゲームだけでそこまで悪化なるものなんですか?」
「いえ、最初はただ口を効かないだけでいつもの少し揉めたくらいだなぁって私とシロさんも思っていたんです。
でも、ある日それは急変しました」
「急変?」
「アント、聞いた事がありますよね?
このナウスでもかなり有名な敵対勢力の存在だった彼等に私はナウス内で奇襲されてその、えっと……」
私が言葉を悩ませていると、それを察したのか優しく私の手を握り首を振った。
彼女の心遣いに感謝し伝えようとした言葉を省き話を続ける。
「その後、私を探しにケイが助けに来てくれたんです。
幸い事後には至らず寸前で彼には助けられました。
でもリーダーの男であるノーグというプレイヤーにケイは負けそうになってしまいました。
それから間もなく、フィルとシロさんが駆けつけてノーグをなんとかして倒して事件は解決したと思われたんですがケイが私達へ言ったんです、これ以上俺に関わるなって」
「何かの意図があったのでしょうか?」
「わかりません。
でも、その一言でケイとフィルとの間に明確な亀裂が生まれてしまった。フィルは私が彼を探している最中で私が組織に巻き込まれた事を知っていましたから。
それがフィルにとっては受け入れ難くて、喧嘩に発展させてしまっあ……。
シロさんは二人を仲裁しようと頑張っていたんですけどケイが気にも止めず彼女を斬ってしまって、それを見て更にフィルは更に激高して二人喧嘩は1時間くらいに及ぶ死闘として続いていました。
私はその……、事件の後で色々病んでて何も出来なかったんです。今でも後悔しています、あの時もう少しでも動いていたら変わっていたんじゃないかって……」
「その二人の死闘の結果はどうなったんです?」
「お互いボロボロになるまで戦って相打ちです。
決着はその後も付かないままお互い別れてしまって現実世界で顔を合わせても視線すら一切合わせず徹底している程でしたから。
そのままお互い高校の卒業と同時に完全に別れて、大学に入学してからもたまに衝突する事があったりしましたからね……。
これが私の知る、黄昏の狩人の最後です」
「そうでしたか……。
白狼と呼ばれた彼が、そこまでして信頼の厚かった仲間を見捨てたのでしょうかね?
あなたの経緯を聞く限りだと彼はかなり酷い方のように聞こえますね」
「彼がそう思われても仕方ないと思います。
フィルの立場だったら、きっと私も彼を嫌っていましたから。
でも、私だったから彼の味方で居たいんです」
「あなたが彼に好意抱いている理由と同じですか?」
「全く同じでは無いと思います。
でも似たものかもしれません」
「あなたは何故彼にそこまで肩入れをしているのか気になります。何があってそこまで味方でいようと?」
「事件の後、私自身は病んでしまったと言いましたよね。アント自体もケイと二人がリーダーを倒した事で彼等の規律は乱れて徐々に低迷していきましたから、一応は事件は解決したはずなんです……。
事件の事が原因で私の家族や学校内での友人関係が色々と拗れたりしてしまって。
私が色々と悩んでいて私が雨の中で彷徨っていたところを彼が保護してくれたんです。
現実世界での彼に、色々あった事を嘆いてぶつけても彼はそれを何も言わず受け入れてくれた………。
それから、私のリハビリも兼ねて彼の両親が経営しているお店でお手伝いをすることになって今に至ります。
私は色々なところで彼とはいつも一緒に居て助けらているんです。彼の嫌な面も勿論知ってます。素直じゃないしいつも冷たい態度ばかりだったりしてますから。
でも同時に、彼の良い面も知ってるから私は彼の味方で居たいんです」
「二人にら深い信頼があるんですね」
「信頼とか単純な言葉では言えないモノだと思います。
もし、彼を助けるか前のギルドの仲間を助けるかの選択を迫られたら多分私は彼を助けると思います。
二人を失って後悔するかもしれない。
それでも私は彼の味方でいるって、私は決めていますから」
●
6月1日 午後9時
その日の夜、閉店の準備で私とドラゴが店前の片付けをしていると思わぬ来客が現れた。
深い藍色の髪の男性プレイヤー、龍を象ったかのような漆黒のコートを纏っており高ランクの装備なのは一目瞭然。
そしてその隣にいる、僅かな黒の色味を放つショートカット銀髪の女性プレイヤー。
腰に帯びている黒い刀の武器、そして髪の色に合わせたかのような白い衣装を装備している。
目の前の二人の姿を見て、すぐに名前が浮かんだ。
「フィル君にシロさん、どうしてここに?」
私がそう尋ねると、シロが私に話掛けてきた。
「久しぶりだね、メイ。
その、ケイはここに戻って来てる?」
「ええと、先月連絡してからも一度も戻ってないんだよ。多分今は例のダンジョンに居るってこっちでは予想をしているんだけどね」
「そう、ここには戻ってないんだ……」
「お二人さんが来る程って何かあったの?」
気になったのか、ドラゴが問い掛けるとフィルが会話に割り込んだ。
「いや、戻ってないならそれでいいんだ。
また別な場所を当たるよ」
「もしかして、ケイに何かあったの?」
去ろうとするシロとフィルの腕を掴み問い詰める。
嫌な予感が拭えない、不穏な何かが背筋過ぎった。
話すべきか二人は僅かに悩んでいる様子、一瞬目を合わせ話すべきかを判断すると、シロが口を開いた。
「長い話になると思うから、中でお話ししていいかな?
メイちゃん達には伝えないといけない事があるの」
シロにそう言われ、私とドラゴは二人を店の中へ案内する。
二階のリビングへと二人を招き。
私やミヤさん、クロ達を含める総勢7名で話し合いが行われた。
「夜分遅くにすみませんね、クロさん」
「別に構いませんよ。
そこのフィルって奴はどうだか知らないが?
去年の騒動の件、俺はまだ許してねえからな」
「勝手にしていろ。
それにこっちだって色々あったんだ!」
「フィル、あなたは少し黙りなさい」
シロが絶対零度とも思えるような冷めた視線をフィルへ向ける。
それを見てフィルの姿勢が良くなる。
相変わらずのコンビなのだと、私は思っていた。
「で、お二人さんはどうしてこちらへ?
わざわざ喧嘩を売りに来た訳では無いんだろう?
何か、訳ありなのはメイさんやドラゴから少し聞いて把握はしているが……」
クロが二人へ問い掛けると、フィルが口を開いた。
「率直言うとだ、現在ケイの安否が不明なんだよ。
もしかしたら既に死亡している可能性が高い」
「ケイが行方不明だからってあいつが死亡しているとでも言いたいのか?
仮にも仲間だった奴だろう?
仲間が心配じゃないのかよ、お前?」
「心配じゃないんなら、今こうしてお前達の元に来るわけねえだろ!!既にあれから2週間以上経過しているのに何も音沙汰無いなんておかしいんだよ!
生きているなら、真っ先に俺やシロやメイやあいつ自身の家族に連絡しているはずだろう!!」
フィルの嘆きにクロは言葉を失っていた。
普段の彼らしくもないその様子に私達は戸惑う。
既に涙をも流しながら訴えたその言葉に対してシロは優しく彼の背中をさすっていた。
「ごめんなさい、私が彼の代わりに謝罪します。
その……彼もまだ、状況の整理が上手くついていないんだ。これは私達の責任でもあるから。
それに今は私達のようなダンジョンを攻略する側にとって、今は色々と立て込んでいるのよ」
「それは、ケイの安否と何か関係あるって事かい?」
ユウキが彼女にそう尋ねると、ゆっくりと彼女は頷いて言葉を続ける。
「私達を含む攻略部隊に裏切り者が居たの。
正確には、元から私達がダンジョンを攻略するのを妨害する為に紛れていた敵対組織があった……。
彼等の組織の名前はアント。
通称、蟻と呼ばれる彼等によって現在、攻略が妨げられているの。
彼等の殲滅が現在の攻略部隊の目的になっているんだけどね。
まだメディアには色々と報じられていない部分もあるみたいだし」
「アントって、あの時ケイと二人が倒して以降、活動が低迷して崩壊したはずじゃなかったの?」
アントの活動は私を救出する為に訪れた3人がリーダーであるノーグを倒した事によって徐々にその名は低迷し崩壊したはずなのである。
犯人と思われる首謀者の人物は既に指名手配にされ、ナウスのアカウント自体も永久にBANとされているはずなのだ。
つまりノーグ本人がナウス内に居る可能性はゼロなのである。
「私達もそう思っていたんだよ。
実際に見かけるまではね……」
シロがそう言うと、フィルがゆっくりと口を開いた。
「アレは本物だった。
あの時戦った時に感じたモノと同じだったよ。
ねっとりするような、こちらをどう怖そうか値踏みしているような視線。
一切読めない攻撃に、俺達と渡り合えるあの技量。
間違いなく、本物だったよ。
あれはアントのノーグ、奴本人で間違いない」
拳を握り締めながらフィルはそう呟いた。
そして、シロは彼に繋ぐように話を続ける。
「あの日、私達は四人でパーティを組んでいました。
私とフィル、そしてケイと私達の師匠であるエルクの四人です。
アントによる奇襲が明らかになった直後、私達は攻略部隊への被害拡大を防ぐ為にアントの捜索に向かったんです。
その後、攻略部隊との交戦をしていた彼等と合流。
その後の戦闘は避けられずしばらく彼等との長い戦いを強いられました。
結果としては勝利したんです、しかしその戦闘にはリーダーと思われる人物は居らず襲撃された味方を逃す為に私達の脱出アイテムを幾つか渡し手負いの彼等を避難させました。
ですが、それが仇になったんです」
●
2097年5月11日
「プレイヤーに対してアイテムが足りないな、コレ?」
エルクがそんな事を言い、俺は彼女に問い掛ける。
「じゃあどうするんです?
こっちは四人、プレイヤー一人に付き脱出アイテムは2つしか持てないのに向こうは5人。
さっきの奴等に根こそぎアイテム奪われたそいつ等の内の誰かを見捨てなければならない」
「見捨てるって、そんな事しなくても私達が先行して彼等を逃せば」
シロがそう提案するが、ケイが口を開く。
「こちらが護衛して送るのにはリスクが高過ぎる。
今は俺達だけで戦闘をしているから凌げているが、護衛しながらの戦闘には俺達の方が保たないだろう。
ただでさえ、道中で既に半分近く物資を消費しているんだ。俺達の片道さえ危ういにも関わらず、他の者達の護衛をしようものなら共倒れしかねない」
「シロ君には悪いが、こればっかりは準備を甘く見ていた彼等の責任なんだよ」
エルクも俺達と同じ意見のようだった。
彼等を助ける上で自分を犠牲にするのは賛同出来ないのだろう。
「そんな……」
「君達、そういう訳だ。
誰がDLを減らすのかを君達自身で決めて欲しい」
エルクがそう言うと、先程の戦闘で助けたパーティのリーダーを務める男の一人が口を開く。
「ここに居る奴等はもうDLは残っていない。
全員が残数ゼロの集まりなんだ。
つまりここで見捨てるという事はこの中の誰かの命を犠牲にするという事だ。
俺達も甘く見ていたよ。
死なないだろうって油断がこうして不運を招いてしまったんだ。
君達、攻略組からは結構名が知られているんだよね。
俺達よりも一回り若い癖に、俺達プレイヤーがこの世界で出られるよう最前線で戦っているってさ。
俺達はそういうお前達の姿に憧れてここまで来たんだが、いざ一軍へ上がる前にはこちらのDLは0だった。
リスクは承知だったが、初戦でこれは辛いところだよ」
「それじゃあ一体どうするつもりです?」
「俺がここに残るよ。
それであいつ等が救えるのならな。
アイテムは俺の仲間に渡してくれ」
エルクはそれを聞いて頷き、俺達に話しかける。
「分かった。
ケイ、シロ、フィル、彼の仲間達に渡してくれ。
彼の意を尊重しよう」
彼女の指示の下、俺達はそれぞれ脱出用のアイテムを彼等へ手渡した。
仲間達の帰還をリーダーは見送り、そして彼は残される。
「これからどうするんだい?」
「さあな、ひとまずは君達に付いて行こう。
なぁに、無駄死にはしないように努めるさ」
男と共に探索を再開しようとした瞬間、何処からともなく男の笑い声が聞こえてくる。
何処かで聞いた事のある、不気味なその声に緊張感が高まっていた。
「いいねぇ、君達。
やっぱ、俺達は巡り逢う定めのようだなぁ?」
薄暗い回廊の奥底から、ゆっくりと足音が近付いてくる。体が何かの警鐘を告げるように、震えが止まらない。
そう、俺達は奴を知ってるのだ……。
声、気配、かつてのあの時に感じたソレと全く同じモノである。
「久しぶりだねぇ、会いたかったよ子犬ちゃん。
あの日の雪辱をようやく果たせるよ」
黒いコートを羽織った男性プレイヤー。
前髪をかき上げ、目を大きく開きこちらを睨みつける。
見当たるような武装が男にはないが、奴から放たれる威圧感はダンジョンに巣食うモンスター達とは比べものならなかった。
3年前に出会った時よりも奴は強くなっている。
それだけは確実だろう。
「ノーグ、何故お前がここに居る?」
「何故と言われてもなぁ?
君達を殺しに来ているだけだよ。
今回行われている大規模な攻略を妨害する事が、本日のアントの目的さ。
そのついでに俺も色々殺し回っていてねぇ。
で、君達とこう巡り逢えた訳?
最高だよ、ようやく君達に出会えた訳なんだからさぁ!!」
するとノーグは右手の指を鳴らした。
その瞬間、ガラスが割れるような破砕音が響き渡る。
明らかな至近距離で響き渡った音源へ、俺達の視線は自然と動いていく。
音の正体はすぐに理解出来た。
先程助けた男性プレイヤーの胸元には黒いガラス質を思わせる刃が突き刺さっており、何が起きたのか分からないまま男性プレイヤーの体は光に包まれ消え去った。
死に際に見えた唖然とした表情に俺達は驚きを隠せずにいた。
「貴様ぁぁ!!」
怒りを露わに飛び出したのはケイだった。
俺の知る限りでも最も怒り狂っているように見えるその様子に戸惑いを隠せない。
普段は冷静なアイツが見せたその姿はまるで別人だった。
「アハハハ!!
いいねぇ、その顔だよ!!
この日をどれだけ待ちわびたか!!
さぁ、もっとその顔を俺に見せてくれ!!」
あざ笑うノーグの声に対して、ケイは怒りを露わにして奴との戦いを繰り広げる。
ケイの戦う姿に俺達も続き、かつての因縁との決着をつける為に俺達は武器を構えた。