30. ダンジョンデビュー

 街に到着したユータは、早速商談に臨む。自信に満ち、毅然きぜんとした態度で交渉を進める彼の姿は、もはや孤児院の少年のものではなかった。最初は子供だとバカにしていた商談相手たちも圧倒されていった。


「では、料金は半金先払いでこちらに……」


 俺は金貨の袋をドカッと机の上に置いた。その重い音は、部屋中に響き渡る。


「お、おぉぉ……」「こんな大金を持ち歩くのか……」


 商談相手たちは顔を見合わせて言葉を失う。その目には、驚きと共に畏怖の色が浮かんでいた。


「では、納品をお待ちしてますよ」


 俺はビジネスマンっぽくさわやかスマイルを浮かべ、右手を差し出した。その仕草には、少年とは思えない洗練せんれんされた雰囲気が漂う。


 商談相手の一人が、おずおずと俺の手を握る。その手には汗が滲んでいた。


「ああ、もちろんだ。約束の日までには必ず……」


 相手の言葉を遮るように、俺は軽く頷いた。


「信用しています。紳士的な対応、感謝します」


 俺の言葉に、商談相手たちの表情が和らいだ。緊張から解放されたかのように、彼らの肩の力が抜ける。



       ◇



 夕陽が真っ赤に大地を染める頃、俺は茜雲を突き抜け、景気よく飛んでいた。風を切る爽快感が全身を包み込む。


「★5の武器、魔人の奴隷、そして商売の成功か……」


 まぶしい夕陽を目を細くして見つめ、俺は満足しながら微笑ほほえむ。


「でも……。俺の人生、こんなに上手くいっちゃっていいのかな……?」


 そのひとみに、わずかな不安の影が宿やどった。


 風に乗って飛び続ける俺の耳に、遠くから鐘の音が聞こえてきた。どこかで夕暮れを告げる音色が、俺の心に郷愁きょうしゅうを呼び起こす。


「たまには孤児院に帰ろうかな……。お土産は……、そうだ、果物でも買って行こう」


 俺は空中で果樹園の方へとゆったりと方向転換していく――――。


「みんな喜んでくれるかな? ふふふっ」


 俺は子供たちがワラワラと群がってくる様子を想像して、思わず微笑んでしまう。


 自由でありながら、どこかに帰るべき場所がある。そんな幸せを噛みしめながら、俺は夕焼けの空を駆け抜けていった。



       ◇



 翌日、届け物があって久しぶりに冒険者ギルドを訪れた。薄暮の空が、ギルドの建物を柔らかな光で包んでいる。


 ギギギー。


 相変わらず古びたドアが懐かしい響きをあげてきしむ。


 にぎやかな冒険者たちの歓談が耳に飛び込んできた。防具の皮の臭いや汗のすえた臭いがムワッと漂っている。これこそが冒険者ギルドの真骨頂しんこっちょうだ。俺は少し気おされたが、この独特の空気が今日は妙に心地よく感じられる。


 受付嬢に届け物を渡して帰ろうとすると、


「ヘイ! ユータ!」


 アルが休憩所から声をかけてくる。その声には、昔と変わらぬ溌剌はつらつとした響きがあった。


 アルは孤児院を卒業後、冒険者を始めたのだ。レベルはもう三十、駆け出しとしては頑張っている。にこやかな彼の顔には、少しではあるが冒険者の風格が宿りつつあった。


「おや、アル、どうしたんだ?」


「今ちょうどダンジョンから帰ってきたところさ。お前の武器でバッタバッタとコボルトをなぎ倒したんだ! 見せたかったぜ!」


 アルが興奮しながら自慢気に話す。その姿は、子供の時そのままの無邪気で、純粋だった。


 なるほど、俺は今まで武器をたくさん売ってきたが、その武器がどう使われているのかは一度も見たことがなかった。武器屋としてそれはどうなんだろう? その考えが、俺の心に小さな引け目を呼び起こす。


「へぇ、それは凄いなぁ。俺も一度お前の活躍見てみたいねぇ」


 何気なく俺はそう言った。


「良かったら明日、一緒に行くか?」


 隣に座っていたエドガーが声をかけてくれる。その声には、経験豊富な冒険者特有の落着きが感じられた。


 アルは今、エドガーのパーティに入れてもらっているのだ。


 エドガーの言葉に、俺はチャンスを感じた。


「え? いいんですか?」


「お、本当に来るか? うちにも荷物持ちがいてくれたら楽だなと思ってたんだ。荷物持ちやってくれるならいっしょに行こう」


 エドガーの提案は、冗談めかしているようで本気らしい。


 一瞬の躊躇ちゅうちょの後、俺は決心した。


「それなら、ぜひぜひ! 荷物持ちなら任せてください!」


 俺の返事に、アルとエドガーの顔がほころぶ。


 話はとんとん拍子に決まり、憧れのダンジョンデビューとなった。その夜、俺は久しぶりに冒険への期待に胸を躍らせながら眠りについた。明日の冒険が、どんな新たな発見をもたらすのか。その思いが、俺の夢の中まで続いていった。