俺は日々に退屈し、ダンジョンで金銭を稼いで生きてきた。
しかし今日、そんな普遍的な日々におさらばできる。
なんせ、今日から期待のゲームが始まるからだ。
「ありがとうございました」
もはや顔馴染みとなっているおじさん配達員に、満面の笑みで挨拶をした。
俺はすぐに段ボールを抱きかかえて部屋へ戻り、開封の儀を執り行う。
今日、待望のフルダイブ型の新作RPGゲームが開始される。
この世界には、ゲームやアニメ・小説なんかで登場してくるダンジョンがあって、夢みたいな世界が身近に存在している。
お隣に夢があるみたいな感じで、普通の仕事をする人と同じぐらいには【探索者】がいる。
進化したゲームハードは、こめかみに張ってある吸盤のようなデバイスに接続する。
この眼鏡型デバイスも発売したばかりだが……当然、入手済み。
ゲームをしていると時は体の自由が完全に奪われてしまうため、トイレを済ませ、空調を整え、ベッドに仰向けで寝る。
「ゲームスタート」
――待ちに待ったゲームが始まった。
一瞬だけ消えた体重が戻ってくる。
意識とアバターが同期が成功し、地面に足が着く。
この体は、ゲーム開始前にキャラクタークリエイトをしたものだ。
目の前に広がるのは、現実の質感そのものの草木が広がり、肌を撫でる風も違和感がない。
「すぅーっ――、はぁ~」
体に染み渡ってくる美味しい空気。
見上げれば太陽がさんさんと降り注いでいて、目を細める。
そして、ゲームの中に入ったらまず初めにやりたいことがあった。
空中に縦の線を描くようになぞりる。
すると、すぐにシステムウィンドウが展開。
その中にある、装備インベントリの中から枠に収まっている剣をダブルタップ。
「おお、これこれ」
空中に出現する直剣を右手で握り、左の腰ベルトに鞘がとりつけられるた。
そして、振る。
剣を、右に、左に、上から下に、突いて払う。
重量感のある剣を握り、感動を隠すことができない。
「おぉ、おぉ! おぉ!!」
一通り思い通りに動き回った後、考える。
そういえば、ここは初期リスポーン地点って話だった。
ここから復活拠点を設定しなければ、何度もここへ戻されてしまうらしい。
じゃあまずは、最初の町を目指して進むのが定石。
このままの勢いでモンスターと戦いところだが……いろいろと効率を考えるなら、それはやめておいた方がいいな。
「あ……」
俺は、『効率』という言葉から嫌なことを思い出してしまった。
このままゲームをしていたいところなんだが……ゲームの中だというのに、現実的な問題を抱えていたんだ。
それは、生活費。
非常に心残りだが今日はここまで。
再び空中を指で縦になぞり、一番下にあるその他という項目からログアウトを選択。
その後すぐに意識がすーっと薄れていった。
「今日は……明日の学校もあるし、大体4時間ぐらいか」
ちなみに俺は、学生兼【探索者】として自由に生活を送っている。
家賃4万、1K風呂トイレ別のアパートで一人暮らし。
毎月の給料はバラバラで、多いときは20万、少ないときは5万。
ちなみに、少ない時っていうのが別ゲーのやりすぎだったり、テスト期間でダンジョンに行く頻度が少なかったり――と、別件で忙しかったりするだけだ。
「今日も今日とて、ダンジョンに行くか」
着替えるのにはそう時間はかからない。
半袖半ズボンという運動しやすい格好。
持ち物はシンプル。
剣とポーチ。
パソコンがあったり、飛行機が飛んでいたり車が走っているような時代になんて原始的な――なんて思われるかもしれないが、光線剣という代物となっている。
だから、持ち運び時はベルトにカチッとはめるだけだし、ポーチも腰に巻くだけの小型。
ポーチには回復薬というの名の、タブレットが入っているケースを収納しているだけ。
こんな超軽装備でダンジョンに行けるんだから、楽なもんだ。
「準備完了っと。んじゃ、行くか」
靴に足を入れて履く。
これは本当に便利だ。
前までは紐やマジックテープで着脱していたらしいが、今は圧力検知によって靴上部が自動で閉じ、空気を逃がしてほぼ密閉状態にしてくれる。
寝起きからここまで経過した時間は計5分。
便利になった時代に感謝だな。
◇◇◇
「ありがとうございました」
俺は支払いを済ませ、バスを降りる。
ほぼ全自動の運転だというのに、しっかりと運転手が居るっていうのは少しだけ不思議だが、トラブル時のためなんだろうが……安全を守ってくれている感じがあってこれはこれで良い。
この文化だけはいつまでも残っていてほしいものだ。
「ん、くぅーっ」
ダンジョンの入り口を管理する、ダンジョンセンター前。
国営管轄の建物であるが、特に入場制限はない。
というのも、建物内に入るのは迷子になった幼稚園生でも小学生でも止められないが、ダンジョンの入り口となっている場所には門番が配置されているからだ。
ちなみにダンジョンへ侵入するためには、探索者ライセンスが必要になっている。
これを取得するのは、そこまで難しくない。
とりあえず走れて、とりあえず頭を使えれば、とりあえず取ることができる。
俺はダンジョン入り口前のゲートで、こめかみをセンサーに差し出し、承認された。
「今日もお疲れ様です」
ゲートから50mぐらい歩いた先に居る門番へ挨拶し、
「今日も生きて帰って来いよ」
と、若干気だるそうな30代前半ぐらいの男性から、定型文のエールが送られる。
そして、ダンジョン内――。
ダンジョンはかなり複雑な構造になっているらしく、とんでもない広さだ。
地上から下の方に伸びているんだが、第1階層だけでも12時間ぐらいは経過してしまうんじゃないか?
実践してみたことがないから実際のところはわからないが。
「カナリア、起きてくれ」
『暁様、おはようございます。本日のご予定はいかがなさいますか?』
俺の声に触発されて、骨伝導で俺に声を届けたのはアシスタントAIの【カナリア】。
こめかみに装備……というのか、付着しているのかどっちかわからない技術で肌に引っ付いている。
こいつは有能どころかかなり万能な相棒だ。
「今日は4時間でお金を稼ぎたい。効率重視でプランを立ててくれ」
『かしこまりました。では、補助具の起動はいかがなさいますか?』
「あー、あれを使うと筋肉痛になるからなぁ……なしで頼む」
『つまりは、できるだけ危険性の少ない状況で楽をしながらお金を稼ぎたい。ということで大丈夫でしょうか』
「ああ、そういうことだ」
くっ、悔しい。
俺の思考を読み取られている気分……どころか、全て合っているため反論のしようがない。
モンスターが出現し始める場所へ行く前に、軽く準備運動をする。
『暁様。本日は待望のゲームがサービス開始だったの思うのですが、やらなくて大丈夫なのですか?』
「カナリア、俺の総所持金を知っていてその質問をしているのなら、かなり悪趣味だぞ」
『大変失礼いたしました。無礼を働くつもりで発言したわけではありません。暁様が嬉しそうに私にゲームのお話をしてくださっていたので、つい動向が気になってしまいました』
「すまん。俺も言い過ぎた。ごめん。まああれだ、お金がないと生活できないからな」
『そうですよね、本日も全力でサポート致しますので、よろしくお願い致します』
「ああ、よろしく頼む」
準備運動を終えた俺は、棒状の筒をベルトから外して歩き始めた。