2.夢じゃなかったみたいです。


 暇ではある。百件目の会社にも落ちちゃったし。



 「仕事をやる。参れ」



 いや、参れって。

 どこに?



 小野篁おののたかむらと名乗る彼は多くを語らず、枕元に手を伸ばす。そしてあろうことか、置いてあった私の鞄を開けた。



 「ちょ、やめてよ! 私の!」



 使い込んだグレーのビジネスバッグ。見られたくない物だって入ってる。



 乙女のプライバシーを勝手に覗くな。


 抗議しようとした次の瞬間。信じ難い現象が起こった。




 小野篁が、私の鞄に吸い込まれて消えた。




 ◇



 私の怪我は奇跡的に打撲だけで済んだ。驚いて気絶してしまっただけらしい。



 当たりどころが良かったのか? トラックと接触したことを考えれば一生分の運を使った気がする。



 翌日には退院。

 自室へ戻ると、気になるのは“小野篁”だ。




 あれは夢だったのか。




 就活用の鞄を開けてみれば、ポーチや企業のパンフレット。いつもと変わらない物が目に映る。




 ここに、本当に人が吸い込まれたのか──?




 ふと思い立ってスマートフォンを手に取り、検索画面を開く。



 小野篁。あった。

 実在した人物だ。



 平安時代の、超やり手の官僚。歌人でもあった。お上にも平然と楯突く人であったらしい。それが災いして流罪になるも、見事復活を遂げている。



 その激しい一面から『野狂』と渾名あだなされ、現在の単位で188cmほどの高身長でもあったとか。



 人でありながら冥界へ通い、閻魔大王に仕えていたという信じ難い伝説まである。



 「嘘でしょ」



 あれが、歴史上の人物?



 病院での出来事が現実だったかどうかも定かでない。

 でも、すごく綺麗な人だった……。



 引き寄せられるように鞄の中に手を入れた。

 ポーチやハンカチをかき分け、鞄の底に手がつくと──。




 「あ」




 確かに引っ張られる感覚があった。