ちなみに、私は死んでない。死んでないのに、なぜか俗世と冥界を行き来できるのだ。
俗世とは「この世」、つまり私たちが生きている世界である。
対する冥界は死者が行き着くところ。その全容は謎に包まれている──。
俗世と冥界を行き来するという特殊能力に目覚めたのは、つい先日のことだ。私は就活中だった。
◇
その事故は唐突に起こった。記念すべき百通目の“お祈りメール”に目を落としていた時である。
【緑川
この度は……
厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが今回は採用を見送らせて頂くこととなり……】
ああ、何というテンプレ感。
丁寧な文面から伝わる冷たさ。
【緑川様の今後のご活躍を……】
あーあ。
最後まで目を通すことなく顔を上げると。
トラックが眼前に迫っていた。
エンジン音と派手なクラクションが耳を突いた瞬間、何も見えなくなる。真っ暗闇に音だけが響いた。
「誰か救急車を!」
人の声。間もなく聞こえる救急車のサイレン。バタバタとした足音。
あ……お母さん?
何か叫んでる。
私、死ぬのかな──。
どこも痛くないし。
まだ二十二歳なんだけど。
私、ホントにお祈りされるような存在になっちゃうわけ?
イヤよ、まだ終わりたくない……!
彼氏だってほしい!
無理やり目をこじ開ける。
白い天井が見えた。
「生き……てる」
掠れた声が漏れる。
「お母さん」
顔を左に向ければ、母がベッドに突っ伏して眠っていた。ずっと付き添ってくれていたのだろう。母の後ろでは姉が
心配、かけちゃったなぁ。
ナースコールをしようと母たちから視線をずらすと。
白い天井があるはずの場所に、人の顔があった。
医者、ではなさそう。
だってその人物は。
金色の獅子が織り込まれた深紅の着物を着流し、房のついた帯をダラリと垂らしている。
高く結い上げた長い黒髪、透き通るように白い肌。女性と見紛うような中性的な面立ちで、目だけは雄々しげな光を放つ。
「あのぉ、ビジュアル系バンドの方ですか?」
「その方、何をほざいておる」
即座に冷たい言葉が返ってきた。
……そういう売り出し方なのか?
でも、考えてみれば私を見舞いにくるようなバンドマンに心当たりはない。
「えーと、どちら様で?」
「我を知らぬは恥であるぞ」
その人物はほとんど表情を変えず、発する言葉は冷たい。
だけど。すっごい綺麗……。
事故後で頭がハッキリしないこともあり、私はぼんやりとその人物に見惚れた。相手は明らかに不快そうに舌を打つ。
「我が名は
なんなの、そのヘンテコな名前──。
ともかく。
これが、美しすぎる上司・小野篁との出会いだった。