8・運命の出会い

 ルノシラ王国外部。

 夜の道を馬に乗ったツバメが走っていた。


「まったくもう~、ゴアゴ博士のせいですっかり遅くなったわ」


 ツバメはオウギの使いでゴアゴの研究所へと行っていた。

 物を渡して帰る、ただそれだけだったのだがゴアゴに捕まりツバメは長い時間拘束されてしまったのだ。


「はあ……早く帰ってシャワーを浴びたい……ん? 今、川の傍で何か光ったような……」


 先日の雨により水量と勢いが強くなっている川の付近を、ツバメは注意深く観察をする。


「……また光った!」


 弱々しい朱い光がホタルの様にぽっぽっと光るのが見えた。

 ツバメはモンスターかもしれないと思い、馬を歩かせて注意深く進んだ。


「…………っ人だ! 人が倒れている!」


 ある程度近付き、月明かりで見えたのは川の傍で仰向けで倒れているヒトだった。

 ツバメは馬を止めると同時に飛び降り、倒れている人物に駆け寄った。


「――大丈夫ですか!?」


 ツバメが倒れている女性、ヒストリアの肩を揺らす。

 するとヒストリアの胸元がぽっと光った。


「これは魔石? となるとゴーレム……」


「……ううっ……」


 ヒストリアが苦しそうにうめき声をあげた。


「――えっ! ゴーレムが苦しそうにして……って! 血だまり!? ゴーレムが血!? えっ? えっ!?」


 無機物のゴーレムが苦しむわけがない。

 血を出すわけがない。

 ツバメは混乱し、その場であたふたしてしまう。


「……あうっ!」


「――はっ!」


 ヒストリアの苦しそうな声にツバメが我に返った。


「魔石はよくわかんないけど、この人はゴーレムじゃない! 急いで手当をしないと!」


 ツバメは上着を脱ぎ、腹部の傷口に当てる。

 そして、道具袋から治癒ポーションを取り出した。


「さっこれを飲んで!」


 ヒストリアの頭を少し上げ、治癒ポーションを口に当ててゆっくりと傾ける。

 治癒ポーションの中身を少しストリアの口の中に注ぐと、一度口から離した。


「…………ん……ん…………」


 ヒストリアは口の中に入った少量の治癒ポーションを飲み始めた。

 問題なく飲めると判断したツバメは、先ほどと同じ様に少しずつ治癒ポーションをヒストリアにませ続けた。


「………………これでよし……傷はどうなってるかな」


 ツバメは空になったビンを道具袋の中にしまい、ヒストリアの傷口を確認する。

 まだ完全に塞がってはいないものの、治癒ポーションの効果により出血は抑えられる事は出来ていた。


「うん、これならあと数分で運べるわね。……それにしても、この子は一体……」


 胸についている魔石、刃物に切られた傷口、川の傍で倒れている自分と同じくらいの歳の女性。

 推測すらも立てられないツバメはすぐに考える事を止め、ヒストリアを運ぶ為に置いてきた馬の方へと駆け出して行った。



「……うう……パ…………ティ…………あうっ!」


 翌朝、腹部の痛みでヒストリアが目を覚ました。


「……あ……れ……?」


 知らない天井、知らない部屋。

 そんな部屋のベッドの上でヒストリアは横になっていた。


「……こ……こは……?」


 ヒストリアは横を見ると、椅子に座って船を漕ぐツバメの姿があった。


「ふえっ!? ――いたっ!」


「んあっ!」


 人がいる事にヒストリアが驚き、その声でツバメは目を覚ました。


「ふあ~……あ、起きました?」


 ツバメは目をこすりながら座り直した。


「……あ、あの……ここは……?」


 ヒストリアはオドオドしつつツバメに問いかけた。


「ここはルノシラ王国にある冒険者ギルドの2階ですよ」


「冒険者……ギルド……」


「えと……あなた、どうして怪我をして川の近くで倒れてたの?」


 ツバメの言葉にヒストリアは一瞬体をビクリとさせた。


「……あっ……えと……その……」


 ヒストリアは何と答えればいいのかわからず、ベッドの上でしどろもどろになってしまう。

 その様子を見たツバメが笑顔で口を開いた。


「話したくないのならそれでいいですから。えと……じゃあ~お名前を聞いても?」


「あっ……えと……名前……ですか……」


 ヒストリアは少し悩みつつ、か細い声で答えた。


「…………ヒ……トリ……です」


「なるほど、ヒトリさんですね」


「…………へっ?」


 ヒストリアの声があまりにもか細かった為、ツバメにはヒトリと聞こえてしまったようだ。


「あっ……あの……ちがっ……」


「それじゃあ私は何か消化にいい物を作ってきますから、ヒトリさんは安静にしていてくださいね」


 ツバメはそう言うと、椅子から立ち上がり部屋から出て行った。


「…………」


 ヒストリアはツバメが出て行った扉から、視線を天井へと変える。


「……ワタシ……助かったんだ……」


 ヒストリアは親友を刺してしまった右手をゆっくりと上げる。


「……パティ……うっ……ううう……ご、ごめん……ごめん……うあああああああ!」


 右手を見つめ、ヒストリアの両目から大粒の涙があふれ出る。

 そして今まで封じられていた悲しみ、苦しみ、焦燥、恐怖、後悔、無念、嫌悪、罪悪感、怨み、憎悪、空虚、絶望……様々な負の感情が一気にヒストリアに襲い掛かって来た。


「……うあああああああ! どうして!? どうしてあの時、死ねなかったの!? ……あの時死んでいればこんな……こんな……想いをおおおお!」


 泣き喚きながらヒストリアは何度もベッドに拳を叩きつける。

 傷の痛みも感じないほどに……。


「……ううう…………ああっ……そう……か……」


 ヒストリアは近くの棚の上に置いてあった果物ナイフを手に取った。


「……パティ……今……行くからね……」


 ヒストリアの顔からすべての表情が消え、果物ナイフを首元に当てた。

 その時……。


「ねぇ、ヒトリさんって好き嫌いは……何してるの!?」


 部屋の扉が開きツバメが戻って来た。

 そしてヒストリアの姿を見た瞬間、顔面蒼白になり、すぐにヒストリアの元へと駆け寄り腕を掴んだ。


「はっ放してぇ!」


 ヒストリアは必死にツバメの手を振り払おうとする。


「ワ、ワタシは! ワタシは生きてちゃ駄目なの!!」


「――っ! 馬鹿言わないで!」


 パンッと乾いた音が部屋に鳴り響き、果物ナイフが床へと落ちる。

 ヒストリアはツバメに叩かれた右頬に手を当てた。


「はあ……はあ……そんな事! 言っちゃ駄目! どんな理由があるの知らないけど! 自分から死を選ぶのは間違ってる!!」


「で、でも……」


「でもじゃない!!」


 ツバメはヒストリアを優しく強く抱きしめた。


「どんな辛い事があっても、苦しくても……今を生きているんだから生きなきゃ……それが、残された者の務めなんだよ……!」


「……残された……勤め…………うう……うわあああああああああああ!」


 ヒストリアはツバメの体に腕を回して抱き返し、子供の様に泣きじゃくった。

 ツバメはヒストリアが落ち着くまでずっと抱きしめ続けるのだった……。