まぁ実際、進が語ったお決まりというものがその通りに進むのかと言われれば疑問なところだが。
少なくとも、敵というものが図でに動き出していることには変わりがなかった。
そうして、もう一つ。
言野原進が最優先の標的になっているということ。
それは、事実でありそして物語の加速の合図であった。
進の部屋に光がやってきて注告を残していってから早一週間。
太陽が南中しようとしているその真昼間の話。
その頃の市街地区というのは意外にも人通りが少なく、夕方と比べればそれはそれは移動しやすことだろう。
だから、学校が面倒くさくなったS級の面々は授業には出ずに各自が気に入っている店でゆっくりとくつろいだりするのだが。
当然、そんなことが可能で警戒心というものとは一切かけ離れたその瞬間には裏社会の人間も動くことが可能だったりする。
流星学院はその市街地区のど真ん中から少し東側に建設されていて、言い換えれば学園を囲うように街が発展していったということだ。
また、そのために流星学園という場所を攻めるにはまず市街地区を踏破しなければならない。
いくら敵組織が強大といえども、そんなことはしてこないだろう____そんな奢りは油断を呼ぶ。
そうわかっていたからこそこの一週間光は常に周囲の警戒を怠りはしなかった。
それを知ってか知らずかは傍観者からはわからないことだったが、今日こそその動きというものがあった。
市街地区に点々と立ち並ぶアパートやマンションといった場所の、その路地裏。
姿を隠すにはもってこいだが、そこには大体人道的に良くない人間がうろちょろしている。
裏社会の人間、というわけではない。
不良やヤンキー。
ヤの付く職業の人間は流石にそんな場所にはいなかったが。
しかし、そんな無法な場所はもちろん力が正義だ。
力でねじ伏せて仕舞えば、その瞬間その場所の所有権は勝者へと移ってしまう。
つまりそれは、殺しをしてでも成り立ってしまう。
裏路地に赤色が混じる。
そうして横たわるのは、屈強な男。
対してその場に立っているのは特に筋力も強くはなさそうな細身の男だった、がしかしこの世界において筋力というものはウエポン以下としか見做されない。
面倒くさそうにはぁ、と息をついた男は耳の辺りに手を当てて一人つぶやく。
「こちらα18。所定の一の奪取に成功した」
どうやら、遠くと遠くの人間の通話を可能にする、そういうウエポンを持った人間がいるらしい。
つまり、自信をα18と名乗った男はその通話先に肉声のメッセージを送ったわけだ。
文字ではないため、言葉さえ間違えなければ通達ミスは生まれないのだからそれはそれは重宝させられることだろう。
案の定すぐにその返答が返ってきた。
その場の指揮を行っている人間だろうか。
いかつい見た目のα18とは異なり、少し華奢なイメージを残す抑揚の少ない言葉だ。
『了解。他の奴らも所定の位置まで移動中だ、確かお前の持ち場はその建物の屋上、か』
「あぁ、そうだが」
確認するように言われたことにも、α18が答えると通話先の相手は間髪おかずに答える。
まぁ、これはあらかじめ想定していたものなのだろう。
『それならば問題ない。すぐに持ち場に着き、作戦開始の時刻を待て』
α18はそれ以上は特に話すことはないとでもいうかのように、通話先の声には返答しなかった。
そこは市街地区では珍しいビルだった。
高層ビルとまではいえないかもしれないが、このあたりならば屋上からあたり一面を見渡すことが可能なくらいの高さはある。
屋上はもちろん吹き抜けになっていて、風もかなり強かったがそれでも無機質な視線でα18は街を睥睨するのだった。
「ところで、《風神》がこの辺りを集中的に警戒している、という話を聞いていたが……」
独り言のように呟いたその言葉だったが、どうやら通話の中に拾われているようで、返事が返って来る。
『それは事実だな。《風神》は最優先で殺すという任務が無くなった以上はその話は後回しにしていたが……』
「はっ、よく言うな。どうせ上の奴らはあいつの壁を越えるために複数箇所に人間を配置したんだろうがよ」
面白くなさそうにα18はつぶやく。
しかし、その瞳には歓喜のような表情が浮かんでいることに誰も気がつかない。
《ハンター》とはそういう組織なのだ、と誰もが確信しているから。
「でも、戦力を分断しちまって大丈夫なのか? 流星学園攻め落とすんならもっと爆発的な作戦の方が……」
『? あぁ、お前には通達がいってないのか。今回の標的は《流星学園》そのものじゃないぞ?』
「それはどういう……」
『“言野原進“。その少年さえ
心底底冷えする。
人の命をまるでなんとも思っていないような。
害虫駆除に行くノリで。
それが正常な反応だとでもいうかのように。
ヒュゥ、とそれを揶揄うように密やかな風が流れていった。
冷たく、涼しい。
だがこの場においては恐怖を加速させる風だった。
「……見つかった、か」
α18はその風が吹いてきた方向をチラリと眺めて言った。
『《風神》のクソあま……か』
「ということで、一旦通信は切ってくれ。ないと思うが万が一でもこちらの情報があいつにバレるかもしれないからな」
そういうとほぼ同時に通信はぷつりと音を立てて切れた。
考えていることは同じだった、か。
はぁ、とα18はため息をつく。
「これも
それがたとえ、一方的に押し付けていた人為的な運命だったとしても。
ゴォ、と音があった。
その瞬間、男の手には銃が握られていた。
禍々しいまで形が歪んだ、弾丸を発射できるのかもわからないようなハンドガンが。
ぐにゃり、とそれが蠢く。
生きているわけではないが、何か化学反応から逃げ出すような。
実際それがウエポンなのか、全く別の何かなのかということは重要ではない。
そもそも“ハンター“という組織が構成員だけでS級No4と渡り合えているというのが異常なのだ。
かといって、光が弱いわけではない。
そして構成員たちが、光のように強いわけではない。
ただ、光の嫌なところをつくのが上手いだけ。
「とはいえ、正面衝突をすれば押し負けるのが現実……。いいねいいね。ますますあのクソの命が欲しくなっちまったよ。早く負けろ、堕ちろ。こちら側にこい! その時は俺のペットとして一生飼い慣らしてやるからよぉ!!」
狂気に塗れ。
自己を中心として考える人間の、そうして強欲の象徴までとも言える“ハンター“という組織の発言を誰も聞いてはいない。
聞かれそうな危険因子はすでに借り尽くしてしまっている。
……風に乗って少しだけ臭ってくるこの異臭は、人間の血液の鉄臭い臭いなのか。
一般人からすればそれは吐き気がする光景だ。
「うぅん、いい香りだ」
もちろんその一般人から、の前には表社会のと言う言葉を入れ忘れてはいけないが。
裏社会の人間からすれば、血の匂いなんて世界一嗅いだものの一つなのだろうから。
「なぁ星見琴光。貴様は今どんな気持ちでここにきている? どんな表情をしている? どんな面白いものを見せてくれる? あるいは、どれだけ俺と遊んでくれる?」
何をして遊ぼうか、最強の一角。
例えば、命をかけた面白い遊びはどうだい?
運命が動き出す。
巻き込まれるのはS級だけではない。
A級も、B級もそれより下の階級の人間も。
名が世間に知れ渡るほどに有名な人間も、人生落ちこぼれてグレた人間でさえも。
命なんて裏社会では、軽いものだった。
「さぁ、殺し合いを始めよう」