いつの間にか進が異世界に転移し、光と少女と出会ってから一週間の時間が流れた。
その間に、進と光は何回か一緒に行動をし、連絡用に携帯のメール機能を持ったアプリで繋がって。進からすれば、割といいスタートダッシュだな、と考えるくらいには余裕ができていた。
スマホに関しては
ちなみに、この世界のお金はすべて電子で管理されているようで、よっぽどの____例えば、スマホ自体が修復不可能、データの移し替え不可能となるような___ことがなければ貨幣、紙幣は発行されないようだった。
「《錬成》」
何気なく進はそう言って、右毛に握ったアルミホイルの塊を軽く振るった。
そしてその動作が終了した時、手の中に握られた形ばかりの短刀を見てよし、とほくそ笑む。
(この一週間、死ぬ気で練習した結果、か)
未だに、精密な操作はできないがおおまかに物質を《変形》等々できるようになった進は、口元に笑みを浮かべる。
「さて、と」
そんな進はスマホを手にとって、昨日のうちに来ていた通知を全て既読にする。
なんというか、そうでもしないと落ち着かないのが進なのだ。
(里奈のやつにさんざんメッセージを送られた名残だな……)
思い出して、進は遠い目になった。
(よし、あんな地獄なんて忘れてしまおう)
そして、頭のなかでそんな結論を出すともうそのことについて考えることはなかった。
それよりも、だ。
今日も今日とて《オリジン》の空は快晴なわけだが、それでも進はその中のなにか含んだような違和感を肌で感じとったような気がした。
それは直感以外のなんでもなかったためにその感覚がなんなのか分かりはしなかったが。
「進……?」
そんな感覚をわずかに肌でとらえながら進が街中を少しぶらついていると、誰かが彼の名前を呼んだ。
(まぁ)
誰かといっても、そんな人物には一人しか心当たりがないのだが。
「光、か。つかそんなに毎日学校休んでて大丈夫なの、じつは光って悪い子なの!?」
「バーカ。S級の特別待遇よ。私は非合法に学校を休むような人間じゃないからね!!」
「すげぇなS級の特別待遇……」
まぁ、それもそうかと進は自問自答する。
なんせ、光の持っている称号は全国区単位でのS級第4位なのだから。
それだけで、能力至上主義のこの世界ではオファーが数多くくるだろうし、何よりもS級というそれに君臨し続ける限り将来がほとんど約束されたようなものなのだ。
「でも、その余裕もS級から蹴落とされてしまったらなくなるんじゃ?」
「ん、私は負けないわよ? 少なくとも上にいる三人以外にはそうそう簡単には、ね」
「負けず嫌いなのはこの一週間で嫌というくらいにわかったけどさ……」
ゲームにしろ、スポーツにしろ。
負けるという行為を光は素直に受け入れることを嫌っていた。
否、負けることを受け入れることはできても、それだけで終わりたくないと言ったような。
言い換えれば、真の強い少女だった。
それなのに。
「やけにあっさりと上の三人には負けるっていうんだな」
「あの人たちは別格だからねぇ……。史上最年少で上位三位を掻っ攫っていって、そこからずっと順位をキープしているような人たちばっかりだから」
「一回見てみたいなぁ」
「あ、ちなみに今のままだとNo1と戦っても進は十秒くらいしか立っていられないと思うわよ?」
「十秒!?」
それはまたご冗談を____なんて言おうとした時に、進は一瞬歩みを遅くした。
隣にいた光にさえ気が付かれないくらいほんの一瞬の時間。
チラリと後ろを振り返った進はそのまま前を向くと何事もなかったかのように光の横をついていった。
実際、その時にどうして後ろを確認したのか進にはわからなかった。
ただなんとなくそうした方がいい。そんな漠然とした条件反射だったのかもしれないが、自分が無意識のうちに何かを考えてそうしたのかもしれない。
少なくとも、進自身が何かを感じ取ったというのには変わりがなかった。
その違和感が、顕著に現れたのはそれから十数分後のこと。
「ねぇ、進」
光も何かに勘付いたかのように足を止めた。
「気がついたか?」
「何を当たり前のことを。とっくの昔からつけられていることなんて気がついているわよ」
「え、つけられてんの!?」
「え、逆に気がついてなかったの!?」
お互いがびっくり具合を相殺するような形となったが、それこそ別に不自然な動きではなかっただろう。
気がつけば、二人は人通りの少ない裏路地へと誘い込まれていて、いいやそれは光が意図的にここにくるように仕掛けたのかと進は気がついた。
さすがは、なんてこんな時にだけ持ち上げるのは都合のいいことなのだろうか。
「……素人ね」
光がなんでもなさそうに、その茶髪を揺らしてそう言った。
「素人?」
「そうよ。もしも本当にこの私をつけるのだとすれば動きを周囲と同じ波長に合わせられるようにしなければならないわ。……これは、
「おいおい、裏組織って。怖いな」
「あるいは、裏組織に買われたってことすらも知らない一般人かも」
「麻薬の密売みたいなものじゃねぇか」
「もっとたちが悪いわよ」
衝動的に涌き出てきた今すぐ逃げ出したい気分を、進は半分無理矢理押さえ込む。
そうして改めて周囲を見渡してみるが、その視界内に怪しげな人影が入ってくるわけがない。
(さすがにノコノコと出てきてくれるほどバカではない……か?)
いや、と進は視界をさらに少しだけ上空へと向けた。
「そもそも相手に接触の意思はないのかもな」
そこにはかえって不気味なほど自然に数羽の鳥がたたずんでいるだけだった。
ほう、と進は光のほうへ視界を戻して訪ねる。
「どうする?」
と。
やるか、やらないか。
主語を省いた文章だったが、今までの会話と現状からその意味は容易に想像できたはずだ。
「泳がせるって手もあるにはあるんだけど……」
「安全面で言ったら倒してしまったほうが安心できる、か」
進は「本当に物騒だな」といって、はぁと同時にため息を吐き出す。
(メモリーのやつ……、本当に退屈しない世界に送ってくれやがったなこん畜生!)
心の中の言葉は果たして彼女に届いているのか知る由もなかったが、進はとりあえずそれだけで満足したらしく、再び光の方へと顔を向け直した。
「倒すにしても場所は分かってんの?」
「それはもちろん。空気の微細な動きから位置を特定するくらいなら全く問題ないわ」
「本当、光様さまだな」
ヒュイ、と進は手を小さく振った。
それでまるでマジックのように進の手に出現したのは小回りのきく短剣だった。
どこから材料を補ったのか、という疑問に対してはもっとも簡単な答えが用意されている。
大気中に限りなく散乱している《|万能元素《オーブ》》を使った。
しかし____。
(っ、やっぱり。《|万能元素《オーブ》》を使うだけじゃこれくらいの大きさが限界、か)
その性質を無理矢理捻じ曲げると言った点では、非常に燃費の悪い方法なのだった。
進は、体の中のそれが漏れ出していく感覚を感じながら、少し顔歪める。
「大丈夫?」
光が心配そうな顔をしてそう聞いてくるが、進は大丈夫だとだけ答えた。
「多分、《ウエポン》を無理矢理行使したから」
材料を用意していればまだしも、何もないところから何かを作るというその行為は想像以上に進の体力と《|能力の核《オーブ》》を消費するのだ。
またあるいはそれが、進なりの危険予知だったのか。
ゾクリ、
ゾクリゾクリ、
ゾクリゾクリゾクリ____!!
「な、んっ……!?」
東京西部。
発達した《オリジン》のその一区画。
あたり数メートルの建物が最も容易く倒壊した。
いいや、
そんな大規模なものが起こって、進たちに降り注いだのはせいぜいうざったらしいと思うくらいの細々とした砂だった。
「どうしてこんなところに《土人形》が!?」
光が唖然とした様子で、声を上げる。
その声に釣られて、それを引き起こした原因の方を進は向いて____。
異形。
機械、なんかじゃない。
本物の……。
「そんなのまでありなのかよ……」
体をごつごつとした岩で覆わせた、人型のようでそうではないものがその場所に佇んでいた。
大きさは二メートルほどだろうか。
明らかに人間なんかとは体型が異なっていたので参考にはならないかもしれないが。
そもそも、だ。
進は相手の足元を見て思わず苦笑を漏らした。
「こいつ、地面の岩を喰らってデカくなりやがるのか」
「あんた、この前まで《ウエポン》も使えなかったくせしてやけに落ち着いているわね……」
光に関しては、むしろ進に対して奇怪な目を向けていたが。
それに気がついた進は当然だ、とでもいうかのように苦シャリと笑って言った。
「だって《ゴーレム》なんて。漢のロマンだろ?」
かつて進に対して、幼馴染の里奈はこう言った。
「ダメだこいつ。思考が
と。