結局、
これを
「えっと、そちらは、もしかして……」
ちらりと瓔偲を
「
「はあ……これはまた、急なことで」
皓義は一瞬ぽかんとした様子だったが、一拍おいて、燎琉と瓔偲とを交互に見つつ、そんなふうに間の抜けた返答をした。
それから燎琉に近付くと、
「ちょっと、殿下。なんでいきなり連れて帰ってきてるんですか?」
瓔偲に聴こえぬよう配慮しつつこっそりと告げられたのは、そんな、文句ともいうべき言葉だった。
「仕方ないだろう。叔父上がそうしろと言うんだから。逆らえると思うか?」
燎琉が、こちらもやや低く抑えた声で答えると、ああなるほど、と、それで皓義は納得したようである。
「鵬明殿下の仰せでしたら、仕方がありませんね。ってか、あの人なら、いかにも言い出しそう」
呆れたように天を仰いだ後で、従者は再び瓔偲のほうへと向き直った。
「ちょっと
再度燎琉の耳許に口を近づけて言ったが、今度のそれは、耳打ちの
「お前な……失礼だろうが」
燎琉は眉根を寄せて皓義を
たしかに瓔偲は美貌だ。それは間違いないのだが、先程、相手にぼうっと
が、長い付き合いの皓義は、ひょい、と、肩を竦め、
「別に、きれいだっていうのは、褒め言葉でしょう? それって失礼ですかね?」
「お前は減らず口を……!」
燎琉はますます目を怒らせた。が、その瞬間、
瓔偲は穏やかに微笑したかと思うと、ややあって、くすくす、と、控え目ながらも、涼やかな声を立てて笑い出した。
「あ……申し訳ありません」
燎琉の視線に気づいたのか、そうちいさく詫びつつ、袖で口許を覆い隠すようにする。それでも、その後ろで、彼がまだ口許を笑ませているらしいのがわかった。
それを見るに、皓義の言葉や態度に気を悪くしたようなことだけは、どうもなかったようだ。
「おふたりがとても仲睦まじくていらっしゃるので……微笑ましくて、つい」
笑った理由をそんなふうに明かすと、もうしわけありませんでした、と、瓔偲は再び詫びの言葉を口にした。それから、すっと笑みをおさめてしまう。
その瞬間、燎琉は何故か、惜しいな、と、思っていた。
もっと長いこと相手が笑っているところを見ていたいような気がする。端正に整った顔が
燎琉がひとりそんなことをしている間に、瓔偲はといえば、皓義のほうに向けてごく丁寧に頭を下げていた。
「郭瓔偲と申します。
そのまま
「と、とんでもない! どうぞ頭をお上げになってください」
そう言うと、すぐに、武門の者らしく片膝をついて、瓔偲の前に
「
そこまでを固い口調で
「あとですね」
ここからはがらりと雰囲気を変えて、言葉を継いだ。
「殿下が堅苦しいのを嫌われるので、僕たち使用人はみな、割と殿下に気安く接します。つまり、いま妃殿下が御覧になったみたいに、ですけれど」
皓義の口振りの変化に瓔偲は一瞬面食らったように
「殿下の皆さまへのご信頼と、また、皆さまから殿下へのご信頼が厚いゆえのことと存じます」
だからそれに悪い印象はない、と、そう応じた瓔偲に、皓義も笑みを返した。
「そういうふうに言われると、とても
最後は
「おい、皓義! なぜ俺に対しては適当なんだ!」
燎琉は聞き捨てならない従者の言葉に、くちびるを尖らせ、眉を寄せて不満を表明した。が、
とはいえ、こんなものは、
「ほんとうに……仲が良くていらっしゃるのですね」
そうしみじみと言うと、彼は改めて皓義のほうへ真っ直ぐに顔を向けた。
「できれば気安くしてもらうほうが、わたしとしても気が楽でございます。こちらこそ慣れぬことばかりでご迷惑をおかけするかと存じますが、どうぞ
そう改めて頭を下げるのに、皓義も再度
「殿下へ
最後にそう言って立ち上がった従者はが、ちら、と、燎琉を見た。
「いいひとそうでよかったですね、殿下」
そんなことを耳許に囁きかけてくる。
「すくなくとも、
ごくごく声を潜めて――瓔偲には聴こえぬように配慮して――侍者は言う。目を細めてこちらを見る幼馴染に何かを見透かされたようで、燎琉はなんとなく
「
だから、ち、と、舌打ち交じりにそう答えた。