十五分ほどの短い休憩を終えたイツキたち五人は、再び蛤御門をくぐって京都御苑の敷地に入った。
京都御苑内で小鬼との戦闘を続けていた四人の中で、イツキの姿を確認して真っ先に駆け寄ったのはテルヤだった。
「もう大丈夫なんですか?」
テルヤは心配の表情を浮かべながら、イツキに声をかけた。
「はい、問題ありません」
テルヤの表情がパッと切り替わるようにアルカイックスマイルに戻る。
「それは良かった……我々、近接戦闘組は負傷と背中合わせですから……アラタさんたちのスキルがうらやましいですね」
「そうですね……」
イツキは首肯すると、戦闘を続けるアラタに視線を向けた。
アラタは地面に右手を付けていた。「土爪!」という発声とともに、地面から突き出るように発生した鋭い刃状のものが小鬼に向かって凄まじい勢いで迫り、小鬼の身を両断する。
アラタのスキルを見るイツキの胸中は複雑だった。軽いとはいえ傷を負った直後なこともあり、イツキはスキルの不公平さを強く感じてしまった。
「火炎球!」「落雷!」
戦闘に復帰したイェンリンとヒジリのスキルが、派手な炎と一瞬の稲光のエフェクトとともに、小鬼の燃えカスと焦げカスを作る。
これぞ魔法といった印象を与える火属性と雷属性の遠隔攻撃だった。
「水斬!」「鎌鼬!」
ウブとミツがほぼ同時にスキルを発動する。切れ味鋭い水の刃が小鬼を両断し、複数の風の刃は小鬼を斬り刻む。
それぞれのスキルによる攻撃を見つめるイツキの胸中は、さらに複雑なものだった。
どれも心強い仲間の遠距離攻撃だが、初期スキルの段階で自分が振るう太刀の上位互換的な遠距離攻撃が存在すると感じたイツキの声を代弁するように、テルヤが口を開く。
「いやはや、安全な距離を保てるスキルでの攻撃はうらやましいですね。体力さえ続けば遠距離攻撃のスキルに比べてMPの消費が少ない分、私たちの攻撃スキルは連発できるのが利点ですが、
「……ええ、そうですね」
イツキは素直に同意した。
太刀でさえ敵を屠る際の手応えは嫌なものだった。素手ならなおさらだろうと思った。
イツキが直接的に敵を屠る感触を思い出した刹那、テルヤの眼前に小鬼が湧出した。テルヤは無駄のない挙動でアルカイックスマイルすら崩さずに、影貫手で小鬼の左胸を貫いた。
イツキはその様子を、ただ無言で見ているしかなかった。
テルヤの挙動に躊躇のようなものを一切感じなかったイツキは、闇属性が魔法系ではなく物理系であるのは、テルヤという男の素養に合わせたものなのかもしれないと思った。
「やれやれ、嫌な感触です」
テルヤは霧散する小鬼には目もくれず、イツキに向かって眉をしかめてみせた。返り血のエフェクトを気にする素振りもなかった。
「ええ……そうですね」
イツキは端的に答えることしかできなかった。
テルヤという男の言葉はどこまでが本音で、どこからが演技なのか分からない。そう感じたイツキは、テルヤに対する警戒を顔には出さないように努めた。
「さて、戦闘を再開するとしましょうか。レベルは早めに上げた方が良さそうですし」
「はい。そうしましょう」
イツキは会話を切り上げるように同意した。
九人は小鬼への対応にも慣れ、戦闘は徐々に緊張から離れたルーティンとしてのレベル上げの様相を呈してきた。
レベルの上がり具合は五、六とレベルが上がる毎に顕著に遅くなった。
二時間ほど戦闘を続けて、レベルが七に上がった時には頭打ちの感覚を全員が共有していた。
「似たような攻撃を繰り返すだけって、思ったより疲れるね……」
イェンリンがぼやくのを聞いたイツキは、素直に同意を口にした。
「俺も正直に言って疲れました。体力というより精神的に」
小鬼を相手とする戦闘は慣れてしまえば単調なものだったが、生身で殺し合うという特殊な緊張が続く時間は、予想を越えて精神的に
「初日なんやし、きょうはもうこの辺でいいんやない?」
ミツがうんざりした声音で戦闘の切り上げを望むと、テルヤが同調する口調で答えた。
「そうですね。攻略の初日としては上々と言えるかと思います。ホテルに戻るとしましょうか」
反論の声も出ず、九人はイツキとテルヤを先頭にしたフォーメーションを組んで小鬼を屠りながら蛤御門から京都御苑を出ると、烏丸通を挟んですぐ正面にあるホテルへ移動した。
各々が客室へと戻る前のロビーで、アラタが提案した。
「ほな、夕食までは各自の部屋で休むってことで、ええですかね?」
「そうですね。夕食はまた全員で」
イェンリンはうなずきながら補足するように答えた。
イツキは客室に戻ると上着を脱いで左肩の傷を確認した。既に裂傷は治りかけていた。傷の治りが早いと感じたのは気のせいではないと確信した。
「どう? まだ痛む?」
アオが心配そうにイツキに訊くと、イツキは左肩を回しながら答えた。
「いや、もう全然だよ」
「そっか。良かった……」
ほっとした表情をみせるアオに、イツキは浮かんだ考えを伝えることにした。
「今の俺たちの身体はスセリ、っていうかエニアドってゲームの影響を受けてるのは確かみたいだ。寒さを感じないだけじゃなく、治癒力なんかも上がってるっぽい。完全な生身じゃなく、ほぼ生身ってのはそこら辺を加味した言い方だったんじゃないかな」
イツキの推測を肯定するようにうなずいてからアオが答える。
「うん。レベルも関係してる感じかな……戦闘で疲れてるはずなのに、朝より身体は軽い気がするんだよね……」
「ああ、スセリが言ってたレベルに応じてってやつかな。俊敏性に関する能力が上がってるせいかも」
「なんか変な感じだよね」
アオはくすりと笑ってから、すぐに唇を尖らせた。
「それにしてもさあ……わたしのスキルだけ、小鬼を一撃で倒せないのは納得いかないんですけどお……」
アオの不満は当然だと思ったイツキは、自分の考えを伝えることにした。
「敵の動きを鈍らせる音波砲の効果はボス戦なんかで役に立つような気がする……けど、俺も初期スキルの不公平さは感じてる。ただ、ゲームは始まったばかりだし、後々レベルに応じて強かったり重要だったりするスキルを獲得する属性は、最初にハンデがあると思うことにした。まあ、そう思わないとやってられないってのが、正直なところだけど」
イツキの言葉に一応の納得を見せるようにアオがうなずいた。
「だよねえ……うん。わたしもそう思うことにする。となれば……今は、休んどこっと」
アオは軽く勢いをつけてベッドにダイブすると、そのまま横になって目を閉じた。
イツキも上半身裸のままベッドに寝転がった。寒さを感じない身体は便利だと感じながら目を閉じると、すぐさま睡魔に襲われた。
十八時を少し回った頃合いで、イツキとアオが利用する客室のドアがノックされた。
ノックの音で目を覚ましたイツキが出ると、ヒジリが立っていた。
ヒジリは上着を脱いだまま上半身裸のイツキを見るや、嬉々として抱きついた。
「なになに? 僕へのサービス?」
「そんなわけあるか……」
イツキが呆れた声で返すと、開いたままのドアをノックする音がした。ヒジリとほぼ同じタイミングで客室を訪れたイェンリンとミツだった。
「あらあら、まあまあ、人気者やんなあイツキさんってば」
ミツが愉快そうに言うと、イェンリンも笑顔をみせながらイツキに声をかけた。
「そろそろ夕食にしようか」
「あっ、はい……!」
イツキはヒジリに抱きつかれたまま、若干の恥ずかしさをごまかすように即答した。