小料理屋での昼食を終えた九人はホテルに戻ると、翌日のゲーム開始まで各々の客室で休むことにした。
イツキとアオ、アラタとウブの二組は同室だった。
アオは客室に戻ると早々に、エニアドのコスチュームであるアオザイを脱ぎ始めた。
「まだ早いけど、もうシャワー浴びちゃうね」
「うん。きょうは早めに休んだ方が良さそうだしね」
イツキは答えながら腰に差した太刀を外し、ソファに腰を下ろした。
テレビをつけようかと一瞬だけ迷ったが、今は情報過多になるのを避けようと決めて目を閉じた。考えないといけないことは山積しているが、今はゲームだけに集中すべきだ。イツキは自分にそう言い聞かせた。
ぱたぱたとアオがバスルームへ向かう足音だけに耳を澄ます。俺が守らなければいけない足音だ。そう思ったイツキは、自分がやるべきことは意外にシンプルなんだと思考を切り替えた。
アオがシャワーを浴びる音だけがかすかに聞こえる客室で、イツキは目を開けて立ち上がった。
「さて、と……」
イツキはコスチュームである詰襟の軍服を脱いで、客室に備え付けのナイトウエアに着替えた。
給湯ポットで湯を沸かしてコーヒーを淹れる。自分を落ち着かせるようにゆっくりと淹れたコーヒーを片手に、イツキは窓から外を眺めた。
無人の烏丸通。静かすぎる京都御苑の緑。イツキがコーヒーカップに口をつけた時、静寂を破る爆発音が聞こえた。離れた位置のもので寺町御門の方角だということは分かった。
イツキは情報端末の時計を確認した。時刻は十五時三十分。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同刻。寺町御門前。
周囲を封鎖する警察車輌に混じって、陸上自衛隊の高機動車や大型トラックが並んで停車していた。
急造のブルーシートだった囲いは、工事現場に見られるような鉄板のフェンスに変わっていた。
「寺町作業班より本部。指向性爆破薬による爆破を完了。効果は認められず。送れ」
「本部了解。その場で待機せよ」
無線のやりとりを間近で聞いていた猪上は、少し離れた位置に立っている後藤のそばに寄ってから口を開いた。
「やはりだめですね。指向性爆破薬でも、びくともしないんですから」
「ああ、これで物理的に破壊するのは不可能だと、上が納得してくれりゃあいいけどな」
「この行為は、スセリを刺激することにならないでしょうか」
「こんな些末なことは気にしないんじゃないか? 想定内だろうさ……さて、出ようか」
後藤と猪上がフェンスの外に出る。
爆発音に驚いた付近の住民が、封鎖線に沿って群がっていた。
「やれやれ……秘匿を
後藤は溜め息まじりに言うと静かに歩き出した。猪上も音を感じさせない足運びで後藤の後に続く。
「事務所に戻りますか?」
「いや、セーフハウスで少し休もう。箱の外で助かったよ」
後藤と猪上はその場の空気に素速く馴染む
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
十六時七分。アラタとウブが宿泊する客室。
シャワーを済ませたウブが、バスローブを羽織ってバスルームから出た。
「ほな、また」
タイミングを合わせるように、アラタが電話を切った。
アラタはエニアドのコスチュームである芥子色の軍服を着たままだった。
バスタオルで瑠璃色の髪を拭きながらウブが訊いた。
「妙理……?」
アラタが首肯してから答える。
「ああ、事務局長や」
「妙理の人たち、慌てたはるやろねえ」
「それが意外とそうでもないわ。異空間に取り込まれたんが会長やったら、それこそ大騒ぎやろうけど」
「……そやねえ」
「ほな、薬の調達に行ってくるわ」
「……
ウブはわずかに目を伏せた。
「気にせんとき。ほんまに
「うん。大丈夫やと思う」
「この状況やと、日中に眠気のこす訳にはいかへんからなあ……朝に残らんタイプやと、やっぱハルシオンか」
「うん。それでええよ」
ウブがこくりとうなずく。
「念のためにデパスも調達しとくか?」
「そやねえ……ほなお願い」
「分かった。ほなな、すぐ戻るわ」
「うん。気いつけて」
客室を出るアラタをウブが見送った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
十八時十九分。イェンリンが宿泊する客室をミツが訪れていた。
既にナイトウエアに着替えている二人は、缶ビールを片手に晩酌していた。
つまみに用意したピスタチオを指で摘まみながら、ミツが口を開いた。
「やっぱり心配なんはハルミさんやんなあ。フォローできればええんやけど……」
カシューナッツをビールで流し込んだイェンリンがうなずく。
「いわゆるナイト役がいればいいんですけど」
「ウブさんにとっての、アラタさんみたいな?」
「そうですね……俺が守る。そう断言してくれる存在」
「テルヤさんは? どないなん?」
「紳士的に見えますが、残念ながら姫を守るようなキャラではないですね」
「そうなんや……イツキさんは、アオさんで手一杯やろし……」
「男性陣は全滅ですね」
ミツはピスタチオを口に放り込んで、わずかに思案する表情を浮かべた。
「まあ、このゲームがどないなもんか、始まってみいひんことには判断つかへんし、展開も読めへんけど……」
「ゲームというからには、難易度は設定されているでしょう。それ次第ですかね」
「多少は強化されとるみたいやけど、生身でモンスターと戦うやなんて
イェンリンはのどを鳴らしてビールを飲んでから答えた。
「そうですね……それにしても、男をあてにする時代ってやつを、一度ぐらいは経験してみたかった気もしますね」
「そやねえ。まあでも、そないな時代を否定して終わらせたんも、私ら女やけどねえ」
顔を見合わせた二人は、揃って苦笑いを浮かべた。