第26話 警報

「おいあんちゃん! すげぇなぁさっきから! 細いのによぉ!」

「うっ⋯はぁ⋯まだまだ⋯ですよ」

「頑張ってるところわるいけどよ、ずっといる"あの子"はあんちゃんの彼女か?」

「⋯ちがい⋯ます⋯よ!」

「ほぉ~、ずっとあんちゃんの事見てるけどなぁ」


 一瞬視線を向けると、確かに俺の方だけをずっと見ていた。

 そして周りを見ると、男全員が"あの子"に目を取られている。


 そりゃこんな男臭いフィットネスジムに、"あんな格好の女の子"がいるなんて異様だぞ。

 いつもより気合い入れて、見てもらおうとしてるヤツも何人もいる。

 俺はレッグプレスのトレーニングを一旦やめ、"みんなが見ているあの子"へと近寄る。


「なぁ、目立ってるぞ」

「はい、知ってます」


 ツインテールの女子は上目遣いで言ってくる。


「こんなとこに座ってたって暇じゃないか? "あの時間"まで他のところいたっていいんだぞ」

「それもいいんですけど、今はルイさんの傍にいたいと言いますか⋯その⋯」


 急に頬を赤くした彼女を見て、周りがざわつく。

 正直この顔は反則なほど可愛い。

 でもそのせいで、さらに目立ってるんですけど。


 と思っていると、ジムの入り口が開き、ある人物が入って来た。

 次はその人物へと全員の視線が移る。

 「おい、あの子もめちゃくちゃ可愛いぞ」「誰の知り合いなんだ?」と一段騒がしくなる。


「こんなとこにいた! トイレじゃなかったの、ルイ」

「気付くの早すぎだろ⋯」

「そりゃね。位置共有してるでしょ、私たち」

「はは⋯」


 やっぱユキには一瞬でバレるか。

 でも、そんな怒ってなさそうな顔をしてる。

 どちらかというと、心配しているような表情。


「それで、これは一体どういう状況?」


 ツインテ女子と俺を見比べながらユキは言う。


「すみません、私がルイさんに助けてって言ったんです」

「"ルイさん"? ふーん」


 おいおい、一瞬で怒った顔になったんだけど!?

 なんでこうなる!?


「ちょ、ちょっと待って。俺が説明するから、落ち着けってユキ」


 仕方なく俺は、契約や小柴の件について全てをユキに話した。

 後、空いた時間でトレーニングをしたかった事も。


「まぁルイの事だから、そんな感じだろうとは思ったわ。ずっと考えてる顔してたんだもの」

「んだよ、それもバレてんのかよ」

「また勝手に首を突っ込んじゃって⋯それより、昨日は動けなくなるほど疲れてたのよ? 今日はゆっくりしないとダメじゃない」

「いいんだって俺は。ゆっくりするより今は動いていたいんだ」

「(⋯後でもゆっくりできるからって言ってたくせに)」


 ユキが拗ねた顔で何か呟いているが、なんて言ってるかは聞き取れなかった。

 気になっていると、さっき話しかけてきたガタイの良い男がまた来た。


「ちょいとさ、あんちゃん。一旦外で話してきたらどうだ? ほら」


 ガタイの良い男が「周りを見ろ」と言わんばかりに主張する。

 どう見ても邪魔になっていた。

 はぁ⋯なんでこうなんだよ。


 周りに謝りながらジムを出た俺たち。

 ちなみにフィットネスジムは20F丸々全部がそうなってる。


 場を変え、今度は"21FのオフィスルームC"へとやって来た。

 このツインテ女子の"町田ヒナ"とユキが、お互いの自己紹介を軽く行った。


 ヒナとはジム行く途中に色々話し合っていたのもあって、お互い既に知っている仲だ。

 まさかの同い年で、アイドルグループ"ないんほーすっ!"の一人でありつつ、配信者"ひなひー"らしい。


 しかし事態が事態なため、どちらも今は休止中との事だそう。

 俺にはちょうど興味が無い分野だったので、有名らしいが、どれを聞いても全くピンとこなかった。


「だからビックリされなかったんですね」

「アイドル系のヤツ、特に興味無くてな」

「"ユキちゃん"も?」

「"ユキちゃん"? 私?」

「はい、"ユキちゃん"です」

「呼び慣れなさ過ぎて、全く実感が無かったわ⋯」

「そうなんですか? 今度から"ユキちゃん"でもいいですか?」

「いいけど⋯私はなんて呼んだらいい?」

「ヒナでもひなひーでもひなたんでも、何でもいいですよ」

「呼び名多いわね⋯じゃあヒナで」


 こんな感じの会話が数分続いた後、突然オフィスのドアが開き、


「うーっす。何やってんのこんな⋯おぉっ!?」

「?」

「ひ、ひ、ひなひーいるじゃん!! お前ら仲良かったのかよ!?」

「たまたまさっき知り合っただけだ」

「えッ!? マジッ!? すげぇなッ!! 本物だよなッ!?」


 一番うるさいヤツが来てしまった。

 ってか、アイドル興味あったんだなコイツ。


 急に来たシンヤは、ヒナに握手を求めている。

 ヒナは快く握手をすると、


「普段は結構こうなる事が多いんですけど」

「へぇ~、らしいぞ」

「ふ~ん」


 俺の反応に、ユキが以心伝心のように返してくる。

 長年の老夫婦じゃねえんだぞ、俺たち。


「ってかちょうどいいな。シンヤも来たなら、ここで作戦会議しよう」

「んぁ? どうしたんだよ急に」

「これから全部話すから、その握手を一旦終わって座れ」

「え~! もう終わりぃ!?」

「あはは⋯」


 ヒナも苦笑いしてんだろ。

 そんなこんなで、今日の夜に起ころうとしている事について話し合う事にした。


 ヒナは「他にも何人か"4528"に呼ばれていると思います」と言う。

 その"4528の部屋"が小柴の部屋として使われてるそうだ。


 最上階のクソ良い部屋か、相当良い御身分なようで。

 その時間になったら"元締めの飯原さん"もきっと来る、この時の俺はそう読んでいた。


 ♢


 時刻はもうすぐ23時になろうとしている。

 作戦通り、ヒナには一旦囮になって"4528"に行ってもらう。


 正直なところ、ヒナを連れてこのホテルを出てしまってもいいけど、他の人たちを見過ごすのはさすがに後味が悪い。

 こんなふざけた契約は、元から壊しといた方が絶対いい。


 今、俺たち3人は44階の"Special Rest Room"にいる。

 45階にいると、もし小柴たちにバレたら面倒だからだ。

 ヒナと連絡先を交換したが、あえて通話とかもしない、一発勝負でいく。


「⋯ふぅ」


 一つ深呼吸をした。

 たぶんただのいがみ合いでは終わらない。

 なんたって、アイツはELの一人。


「大丈夫よ、きっと上手くいく」

「⋯そうだな」

「ひなひーにちょっかい出すなんて、ぶっ飛ばしてやろうぜ!」

「まぁどこまでやるか分かんな」


『りりりりりりりりりり』


 話す途中、突然警報が鳴った。

 部屋が急に真っ赤になっていく。


「なんなの!?」


『センサーにて緊急アラートが作動しました、1階へ危険なモノの侵入確認。センサーにて緊急アラートが発生しました、1階へ危険なモノの侵入確認。施設内の方は直ちに非常口から退避をお願いします。繰り返します』


 この時、誰も予想出来なかったはずだ。

 アイツのしわざで"死人が出るほどの大事"が、このホテル内で起こるなんて⋯