第16話 待遇

 話しかけてきていたのは、あの"ロア"だった。

 俺はすぐに窓を開ける。


「なんでロアがここに!?」

「この辺が危ないので、朝から呼びかけているんです」


 朝からここに!?

 番組から急に消えてどこへ行ったのかと思えば、こんなところにいたのか。


「あれは"輝星竜スターシリウスドラゴン"という、本来"UnRuleのゲーム内でのみ"で出るはずだったモンスターです」

「⋯それが現実世界にいるって?」

「はい、仕組みは私もまだ理解出来ていません。分かっているのは、一定以上近付けば、あの背中から"ハイブリッドメテオ"を撃たれて死ぬ事です」


 "ハイブリッドメテオ"ってのは、さっき落ちてきたアレか?

 ⋯当たっていたらやっぱり


「タクシーを限界まで速度を上げて近付くってのは出来ないか?」

「それは不可能です。あの"ハイブリッドメテオ"というのは、追尾システムが付いており、それで何人もやられています」

「っざけんなよ!! なんだよそれッ!?」


 シンヤが怒鳴り声を上げる。

 俺とユキでなんとか抑えると、ロアは続けた。


「ですが、ある程度距離を保てば、追尾せずに自由落下します。それがこの辺りまでなんです。仮にあの"ハイブリッドメテオ"を何とかしても、まだまだ次の攻撃があると見るべきでしょう」


 ⋯


 入る以前の問題だった。

 段々腹が立ってきた、あのクソ総理に。


 ネルトよりも何倍も厄介な存在。

 ⋯てか、ロアはなんでこんなに詳しいんだ?


 見てただけで、ここまですぐに分かるもんなのか?

 いや、名前なんて特に分からないはず。


「そういやお前、やけに詳しいんだな」


 俺の思っていた事を真っ先にシンヤが問いかけた。


「それは"現在同行している方"が、よく知っておられるからです」

「⋯誰といるんだ?」

「それは言えません。もし言えば"質問攻めを受けるから"、と」


 質問攻め?

 余計に気になるな。

 ここは引き下がってはいけない気がする。


「なぁ、俺たちは本気で総理を止めるためにここに来た。そのためには、一つでも多くの事を知る必要がある。今だけ協力」

「申し訳ありません。覚悟は素晴らしいですが、私はこう答えるしか」


 その時、ロアの背後から誰かが現れた。


 ⋯女性?

 白衣を着た黒髪の女性だった。


「この人は特別だから、質問は受けるわ」

「"ユエ様"よろしいのですか? あれだけ拒否してくださいと言われておりましたが」


 "ユエ様?"

 ん?

 おい、もしかして⋯!


「いいのよ。他の人は拒否しといてね」

「承知しました」

「というわけだから、聞きたい事は全部受けるわ。こっちに一緒に来てくれる?」

「え、ありがとうございます」


 "ユエ様?"は軽い笑みを浮かべると、俺たちをある場所へと案内した。

 そこには見た事も無い形の車と、一人の男性が後部座席でドアを開けたままに、座っていた。


「お、その様子はやっぱり"あの子"だった?」

「えぇ、"この目"ですぐに分かったもの」


 "ユエ様?"は俺の背中を軽くさすった。

 この二人はなんの会話をしてるんだ?


 俺たちはポカンと見つめているしかなかった。

 それにしても、なんで許可されたんだろう。


「さぁ立ち話もなんだし、こっちへいらっしゃい」

「あ、えっと、お邪魔します」


 俺、ユキ、シンヤの順で車内へと入り、後部座席に座っていく。

 この車内がとにかく広い。

 中には大きなテーブルがあり、その周りを囲む形で座れるようになってる。


 さらに、"ロアにそっくりな狼型アンドロイド"が5機もおり、それぞれが奥からデザート、ジュース等を取り出して、テーブルに置いていく。

 さっきのロアは灰色だったのに対し、ここにいるのは"全部が青色"なところが違いだろうか。


 そして、この待遇。

 俺たち別に何もしてないよな?

 何とも言えない状況に気を遣ってくれたのか、待っていた男性が口を開いた。


「好きに食べてくれていいからね。他のがいいなら、こうやって好きに頼んでくれてもいいよ」


 男性は、テーブル上に浮かぶ空中パネルを操作し、ショートケーキを注文してみせた。

 これは"非接触パネル"か?


 本人が見る角度からは、空中に浮かんだ画面が見えるが、他の角度からは見えないようになっている。

 セブンイレブンやローソン等の、コンビニで見た時の近未来感が懐かしい。


 L.S.の複数ホログラムパネルが出る前は、この"非接触ディスプレイ"がトレンドだったんだよな。

 結構な機械が必要とされていて、それで大画面を介す必要があって。


 でも、それが一人一つずつ目の前にあるのは凄いな。

 って、その前にこの人は誰?


「あのー、あなたは」

「あぁごめんね。僕は飯塚アオ、飯塚ユエの夫です。急に誰だってなったよね」


 まさかの夫だった。

 あの人、結婚してたのか。


「いえ⋯それでなんで僕らは特別なんですか?」

「それは」


 アオさんが言おうとした瞬間、ユエさんが割り入り、


「それはあなたが、"イーリス・マザー構想の成功者"だからよ」