第23話:女神さまのご神託。

 オーフェンの遊撃自警団ギルドでローラン王と話をしていると、部屋の片隅に見覚えがありすぎる魔法陣がいきなり展開されたので、俺はすぐさま王に声をかける。


「王よ、この魔法陣は強い神気を帯びているので、アフロディーテ様からのご神託でございましょう。」


 皆は、俺の呼びかけを聞いて、椅子から立って魔法陣のほうを向いてひざまずいているが、魔法陣から強い神気を感じるから、安易には近寄りがたい。


 しばらくしてから、魔法陣から凛とした女性の声が聞こえたが、その声は明らかにアフロディーテ様だ。


「わらわは女神アフロディーテ。さきほどの話は聞かせてもらったぞ。そして、恭介は無理をしすぎだ。おぬしの魔力は神獣に匹敵するが、所詮は人間だから、よく考えるのだぞ。人間が、あの規模で魔力を使えば、簡単に回復などできぬ。身の丈を考えて使うのだ。」


「アフロディーテ様、申し訳ございません。無理をしすぎました。」


「まったく、恭介は世話を焼かせおって…。主神の許可が下りての。今回の魔物襲撃と、その関連だけに留まるが、わらわは、お前たち夫婦を軸として、大きく下界に干渉できるようになった。」


 陽葵がそれを聞いてアフロディーテ様に疑問をぶつける。

「あの…アフロディーテさま、もしかして、必要に迫られた場合は、わたしの体に、降りられるおつもりですか?」


「陽葵よ、それは、魔族が暴走して緊急事態になってからだ。最初のうちは無闇にお主の身体を借りることはない。そうそう…、明日の夕刻までに、つがいのドラゴンを草原に向かわせよう。魔物が魔法陣から転送されて襲撃してくるまで、2匹を休ませておくとよい。」


 俺は、つがいのドラゴンがやってくると聞いて、思わず女神に質問をしてしまう。

「そうすると、その2匹のドラゴンのお相手は、私と陽葵が自ずとする羽目になりますか?」


「あいつらは、そのまま放って置けば無事だ。イチャイチャすぎて手に負えない。魔族どもは、あの魔法陣から瞬間移動してくるから、その移動してきた瞬間に、つがいのドラゴンが炎や魔法を駆使して魔族達を蹴散らすだろう。お主たちは街の門を固く閉じて、城壁の外側で兵をおいて街を死守せよ。」


 俺と陽葵は、それを聞いて思わずクスッと笑って、陽葵は神託が下っている最中だが、思わず声を出してしまう。

「ふふっ、ようやく、あのドラゴンさんは、お婿さんができたのね…。」


 ドラゴンにお婿ができたなんて陽葵が言うものだから、それを聞いた周りは、とても不思議そうに陽葵を見ていたが、説明が厄介だから、そのままスルーをするに。


 それを察したアフロディーテ様も話題を本題に切り替える。


「恭介、それに陽葵よ、ドラゴンに関してはそんなところだ。ところで、民に選ばれし王と王妃よ。ここの民がメリッサと呼ぶ街を死守した後は、あのドラゴンに関する言い伝えを守るのだぞ。」


「女神様、必ずや、このローラン国に未来永劫にわたって、あの伝承を引き継いでいまいります。」


 王はアフロディーテ様の声を聞いて、その畏怖から少し声がうわずっているし、王妃と共に、ひれ伏すのみだった。


「さてと。まずは恭介、お前に少しだけ魔力の器を授けよう。お主なら魔力の暴走もないだろうし、悪事に使うこともない。わらわは、お主に力を授けたときに、お前の器をいじるのを忘れていてな。先ほどは倒れてしまったようだから、すまなかった。」


 俺はいきなり桃色の淡い光に包まれたかと思うと、体内の血が熱くなって、全ての血が入れ替わるような感覚を覚える。


「まったく、世話を焼かせおって。人間が、あのような術を本気で使うなど絶対にあり得ぬ。それを、お主はシレッと上手く使うから、昨日は天上界で吃驚していたわ。」


 それを聞いた師匠は、俺を見て不思議そうな顔をしているが、俺はあえてスルーをした。


「そこの魔術師。恭介の師匠であるのは分かるが、このことを本人に根掘り葉掘り聞くではない。わらわの手助けをしていたまでだが、相当に無理をさせてしまった。お陰で、この夫婦は、魔族の大襲撃がある前に駆けつけたし、ここの民が魔族と戦う準備をする時間を作ることができたからな。」


 師匠は深々と、ひれ伏すと、アフロディーテ様に問いかける。


「女神様。やはり、私の弟子は、人智に及ばぬ神の偉大なお力に触れて、人には及ばぬ力を得ているのでしょうか。弟子は、それを紛いなりとも、使えてしまったのでしょうか?」


「魔術師。恭介が仮に口を滑らせたとしても、人間にその術は扱えぬ。安易に扱えば、下手をすれば体が崩壊して死んでしまうだろう。神獣並みの魔力を持つ弟子であっても、この通りフラフラになっているからな。これは、人間は扱ってはならぬものだ。」


 それを聞いて、ケビン導師長は、神が大地に住まう時代に、幾つかの神話に書かれていた神術を思い浮かべていた。


 瞬時に大地から、あらゆる生物を消し去る神術や、天地創造の神術。それに、宇宙であろうと、民の部屋であろうと、瞬時に移動できる神術。


 そして、神も殺せるような、人間には及ばない強大な神術…。

 どれも、人間には、為し得ぬ術である。


 アフロディーテ様は、師匠へ釘を刺す言葉を終えると、さらに言葉を続けた。

「魔族の襲撃は3日後だ。それまでに恭介や陽葵の体調も良くなっているだろう。」


 3日後の襲撃と聞いて、皆は、かなり動揺して、ざわめいたが、そのざわめきがおさまると、女神は言葉を続けた。


「ここにいる皆に、この国を含めて、周りの国にも呼びかけを行うから、皆も心して聞け。」


 まわりは一斉に静まりかえって、女神の言葉を静かに待つ。


「ここの民がローランと呼ぶ国において、メリッサの地で魔族の大襲撃が終わった後、ここの民がヴァルカンと呼ばれる国に蔓延する、あくどい魔族を一掃せよ!。あやつらは、人が死んだ魂を天に帰さず、彷徨わせた上に、人に刃を向けるさせるなど言語道断だ!。決して許してはならぬ!。」


『こりゃぁ、女神様はプンプンだなぁ。俺たちには神がついているから、相手はとんでもない事をしない限り、ヴァルカンは、マジで崩壊する予感しかしない…。』


 みんなは、女神の怒りに満ちた言葉に威圧されたのか、俺と陽葵以外は、とてもおびえているのが分かる。


 その女神の怒りに気圧された王を見ると、唇が少しだけ震えていたが、やっとの思いで口を開くのが分かった。


「めっ、女神様のお怒りは、私ども人間にとって、畏れおおくございます。人の魂をもて遊んだ魔族達には神罰が必要でしょう。わたくしどもは女神様のご加護を受けて、ヴァルカン帝国の悪事を打ち砕きましょう。」


「うむ、その心意気だぞ。魔族どもの暴走は、わらわやドラゴンがなんとか止めるから、皆はわらわに手助けをしてくれれば良い。決して、あのような欲望を抱いてはならぬ。」


 アフロディーテ様が王にそう言うと、魔法陣がスッと消えて、女神のご神託が終わったのだが、俺と陽葵以外の人々は、しばらく放心状態になっていた。


 後日談だが、このアフロディーテ様のご神託の件は、ローラン国の隣国の王宮でも、大騒ぎになったと聞く。


 強い神性を帯びた魔法陣が突如として王の間にあらわれて、女神から直接的に言葉を聞かされたのだから、王宮にいた王や騎士、魔術師や文官などを含めて、しばらく放心状態になったようだ。


 他の国にいる神の力を授かった聖騎士などは、あの神気はアフロディーテ様で間違いないと確信した上で、ヴァルカン帝国は神の怒りに触れたしまったと、しばらくのあいだ、震えていたという。


 ローランの周辺国は、これを聞いてすぐに動いて、相次いでローラン国に向けて兵を出立させた。


 各国が女神から直接的にお言葉を貰うことなど、前代未聞だから、大騒ぎになるのも無理はない。

 歴史書で見ても、1000年以来、こんな事態は起こっていないのは明らかだ。