第14話:呪われたドラゴンを救うためには?

 陽葵…いや、アフロディーテさまは、慈しみにあふれた目を向けて、右手を握る。

 俺は普段から陽葵と手を握る感覚と全く違っていたから、吃驚したが、ここは平常心を保つことに専念した。


「恭介よ、今からドラゴンの谷までテレポートをする。この術をそなたに授けよう。そして、陽葵には及ばぬが、そなたにも、わらわの一部を降ろせるように受け皿をつくるとしよう。せいぜいお主の剣に、わらわの力を入れる程度だ。」


 アフロディーテさまがそう言った瞬間に、頭の中に見たこともないような術式が流れて強制的に記憶が植え付けられたような感覚を覚える。


 しかし、授けられた力が2つだけではない気がして女神に尋ねた。


「アフロディーテさま、お力を分けて頂いたことに感謝しきれませんが、もう1つ、別のお力が入ったような気がします…。」


「そなたは気付くのが早いぞよ。天上でおぬしの妻と、ときたま通りかかったアポロンが少し話をしておった。治癒の力をお主と妻に授けると言ったから、そうしたまでよ。」


「ありがたき幸せでございます。」


 俺は素直に女神にお礼を言った。


 テレポーテーションは、俺の魔力では相当に力を使うから余力がないと使えないし、唱え方を間違えると岩や壁にハマって命が瞬時に尽きるリスクもあるから安易には使えない…。


 それを考えると人間は神に及ばない。


 治癒魔法は大きな切り傷や打撲、骨折ぐらいまでは治癒できるが、風邪を治したり、不治の病を治すようなものは無理だけど、魔物の襲撃の時には大いに役に立つ。


 女神アフロディーテさまは、俺の考えていた事を見透かしたかのように笑いながら話しかけた。


「お主はテレポーテーションで壁や岩にハマる事を考えているようだが、神の言葉を使えば、その心配は要らぬ。ただ、わらわらに力を貸してくれた程度の力は使うが…。」


「アフロディーテさまは、お見通しでしたか。神の真似など人間は簡単にできないことを身をもって感じておりました。」


 俺は複雑そうな顔をしてアフロディーテさまの話に答えた。

「ははっ、おぬしは素直でよろしい。さてと、そのテレポーテーションをやるぞ。とくと見ておけ。」


 やはり神は偉大だ。

 次の瞬間、無詠唱で魔法陣も言葉も出さずに、一瞬にしてドラゴンの目の前に降り立っている。


 ドラゴンの横には、ネクロマンサーがドラゴンを暴走させるために作ったと思われる、大きくて奇妙な魔法陣の作りかけが描かれているのが遠目からハッキリ見えた。


 そして、ドラゴンの足下に魔剣が刺さっているのが分かったから、俺がドラゴンに近寄って、その魔剣を抜こうとして体を向けた瞬間に、ドラゴンが俺の精神に直接話しかけてくる。 


「人間よ、そして女神アフロディーテさま。禍々しい魔族の魔剣の力により不覚にも我は呪いにかかってしまった。その剣を安易に抜けば、我の魂が魔剣に吸い取られてしまう。アフロディーテさまのお力を使っても我は死んでしまう呪いだ。呪いを解くには我を倒すしかない。」


 それを聞いた俺は頭を抱えていると、陽葵…いや、アフロディーテ様も苦悶の表情を浮かべている。


「神の使いであるドラゴンの子よ、魔力の泉を守る使命を果たさねばなるまい。泉を守る為とはいえ、魔族の罠にかかるほど狡猾であったか。わらわらの力で、お主を倒すわけにもいかぬ。」


「泉を守ろうとするあまりに、瘴気と気配を消した魔剣に気付けなかった我が悔しくてたまらん。アフロディーテさまのお力で魔族は倒れたが、この我の姿は情けなくて…。」


 俺は魔剣を見て、トンチのような妙案が浮かんだのでアフロディーテさまに、思い切って言ってみた。


「アフロディーテさま。この呪いだと、魔剣の呪いを解く時にドラゴンの体に回った呪いが瞬時に襲いかかって即座に死んでしまうのは明らかなので、アフロディーテさまのお力で、呪いの言葉を一句だけ変えることは可能でしょうか?」


 それを聞いたアフロディーテさまは首を傾げたが、俺の考えに気付いたようで、みるみるうちに笑顔になるのが分かる。


「お主はよく考えたの。言霊の中にあるに変えれば良い。そこのドラゴンが人間により横倒しになれば呪いが解かれる。それ以上に言霊の組み替えれば、魔剣が呪いを解いたと判断してドラゴンに呪いが襲いかかるだろう。」


「アフロディーテさまのお力なら、今のドラゴンの呪いも安易に解けるのでしょうが、私の妻の精神や体が持たぬと思いまして…」


「その通りだ。わらわが完全に呪いを解くまで力を使えば、それこそ、この依り代は崩壊してしまう。それぐらいに邪心の強い呪いがかかっておる。だからこそ、あの魔族たちは決して許してはならぬ。」


 俺と女神様の会話を聞いたドラゴンは、再び俺の精神に直接呼びかけられる。


「人間よ、さきの戦いで魔力が尽きているのか?。ならば我の後ろにある小さな泉の水を一口だけ飲め。魔力が瞬時に回復するが決して何口も飲んではならぬ。強大な魔力で体が崩壊するぞ。そして、このことは王や民に口外してならぬ。飲み終われば、女神が依り代にしているお主の妻にも飲ませよ。」


 ドラゴンとの会話が終わると、アフロディーテさまが微笑みながら見た事もない魔法陣と術式をドラゴンの目の前で展開するのが見えた。


「これをもって、この依り代で使える力の最後となるぞ。おぬしの知恵でドラゴンを横倒しにすれば魔剣が自ずと消滅するように言霊を変えよう。ドラゴンの後ろにある小さな泉へ向かえ。これを唱えたら妻を返そう。」


 俺は、女神の言われるままに、大きなドラゴンの目の前を通り過ぎて、その後ろにある泉に向かったのだ。