悪魔だ。やっぱり悪魔だ。
何が幸運のクローバーだよ! 全然効果ないっての!
村の中央に位置する小さな商店街。特別に石畳が敷かれたその道にはズラッと、と言えるほどではないけどお店が並んでいる。
酒場に美容室に衣服店、喫茶店に本屋に食品関係──生活に必要なありとあらゆる商品がここに来れば手に入るようになっている。
清掃もまだしていないあちこちに蜘蛛の巣がかかったギルドは、商店街の並びの一番端っこ、酒場の隣に店構えだけはでっかくどーんとある。
私はまず隣の酒場を訪れた。情報収集は、酒場が一番。
両扉を開けると、まだ開店前だからか清掃しているクリスさんがいた。
流れるような金糸のような髪の毛と、都会にいそうな抜群なスタイルが特徴的な酒場のマスター。ってか、いつ見ても足がびっくりするくらいなげぇ~。
「お? サラちゃんじゃん! なに? 飲みに来たの? おじいちゃんの話なら今からでもとことん付き合うよ!」
クリスさんはノリがいい。だからか、酒場はいつもクリスさんと話したいお客さんでいっぱい、だとか。
「そうじゃないの! クリスさん! 手を貸して! 私、今めちゃくちゃピンチなの!!」
……返事は「あ~ごめんね~ウチ、酒場の切り盛りで忙しいからさ! 他当たってよ!」だった。
お客さんに当てはないのか聞いても「う~ん」ととぼけられるし、「ギルドっている?」とまで言われて、しまいには「むしろウチで働かない?」と逆スカウトを受けたくらいにして。
これ、一軒目。
喫茶店、衣服店、本屋──途中からやけになってあれこれ押しかけ回ったけど、どこも答えは「NO」だった。
忙しいのだ。当たり前だ。どれもこれも店に一軒しかないようなお店ばかりなんだから、ギルドなんてできやしない。
「やっぱり! 全然無理じゃん! 望みゼロじゃん! うわ~!!」
情けない声を上げる私を通りすがる猫が興味なさげにチラ見して素通りしていく。
「猫! お前! ギルドに来い!」
抱きかかえようと飛びかかったが、ものの見事にスルーされてしまう。
「にゃー」
「にゃーじゃない! もう! 猫にまで相手にされないでどうしたらいいんだっつの!」
<猫相手はさすがに無理かと。亜人種や友好的なモンスターはウェルカムですが、さすがにただの猫はギルド員にはなれません>
突然、どこからともなく悪魔の声が聞こえてくる。
「うわぁあ! ってどこから聞こえてんの!? まさかこの猫が!」
猫は変わらずにゃーにゃー鳴いているだけだった。
<違います。確かにそういう魔法もあるにはありますが、今は直接サラ様の頭の中に話しかけています。クローバーを通して>
「気持ち悪! ってか、クローバーの髪飾りって、そのためにくれたの!?」
<はい。幸運のお守りと言ったはずですが、意味が通じなかったですかね>
こいつ。軽く私が頭が悪いとディスりやがった。わかるわけないやろ。
「くっそ……ちょっと嬉しかったのに」
<? 何か? 声が小さくてよく聞こえませんでした>
「なんでもない! それでなに? 誰もスカウトできないからバカにしたいの!?」
<……だいぶ、荒れてますね>
「荒れもするわ! こんな、無理難題を押し付けられて! だいたい働いたこともない私が誰かを雇えるわけないじゃん!」
<働いたことがないわりにはアグレッシブでした。転生前の私とは大違いです>
そんな情報、今はどうでもいいのよ。
「それで、何の用があったの? わかってると思うけど、もう全部ダメダメだよ。断り続けられてもう当てがないんだから」
<いえ、それなんですが──>
? なんだ急に声が途切れたぞ。髪飾りを取って耳に近づけてみる。
<きゃー!!!!!>
甲高い女の子の声が発せられた。
「どうしたの!? 非常事態かなに──」
<魔法が使えるんですかぁ? カッコいいですぅ! もっと、ほら! 私に見せてください~!!>
なんだ……これは……。
聞いたことがある、聞いたことがあるぞこの声。いや、つい今しがた聞いたばかりだ。
私はクローバーに向かって思い当たる名前を呼んだ。
「クリスさん、何やってんすか!」
酒場のマスタークリスはイケメンに弱い。とんでもなく、だ。
村には若い男性は少ない。だから、たまに外から来る旅人に若いイケメンがいたら、こうなってしまう。
<あっ、サラちゃん! ウチ、このお兄さんと仲良くやってるから。じゃ! ねぇ~もっと魔法見せてください! 恋の魔法とかないんですか~>
発情期の猫かよ。確かに、チハヤはフェイスだけは完璧だけど。
<サラ様、すみません。この通り緊急事態なため、一時会話を中断します>
ブチって、あっ切りやがった。
私は、手の平の中にあるクローバーの髪飾りをそっと握った。
くそ、こっちが大変な思いをしてるってのに、あいつは、あいつは~~。
握り締めて地面に投げ捨てようとしたが、なぜだか捨てることはできなかった。
「……売ったら、結構な値段になりそうだしな」
そうだ、本気でお金に困ったら売りつけてやろう。性格悪いが顔だけはいいイケメンと、いつでもどこでも会話できますとかって。
そんなことを真剣に考えていたもんだから、私は後ろに人がいるのに話しかけられるまで気がついていなかった。
「あの、大丈夫~? サラちゃん」
振り向けば天使がいた。もう、天使のように見えた。
私の髪を切り、どんな話も微笑みながら聞いてくれる天使。
村の誰からも好かれる美容院のエルサさんだ。
そうだ、忘れていた。押しに弱そうなエルサさんならワンチャンもしかして──。
「エルサさん! なんていいところに! あのあの、一生のお願いです! ウチのとこのギルド員になってくれませんか?」
ウェーブがかった海のような青色の髪をなびかせたエルサさんは、同じ海色の瞳を真ん丸くさせた。
「へ? うん、はい」
勢いよくその手をつかむ。
「よっしゃ! 言いましたからね! うん、はいって! じゃあ、よろしくお願いします!」