第22話 椿の花

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 4月4日 (水)


 泣き声は大きくなる一方。あまりにもうるさいものだから耳栓をして仕事に当たった。


 伝票のチェック。入荷と出荷のチェック。頭数の確認。容姿のチェック。掃除、洗濯。


 いつもの通りの仕事をこなしたあとは、廃棄処分をした。今日は二人。少なめだ。


 どうにも臭いが嫌だ。むせ返るような血の臭いに腐ったすえた臭い。手拭いで鼻を抑えてもあんまり意味がない。


 今日は水曜日。あんパンが食べられるのは嬉しい。空は青く澄んでいた。ありがとうございます。外へ出ると春らしい香りがした。この香りが部屋の中にも広がればいいのに。


 飛び込みで入荷があった。丁重に断ろうとしたのに無理矢理押し付けられた。顔を見ると可愛くない。焼印が必要。買い取りの連絡は0件。出荷が進まないから、入荷はやっぱり断らないと。そもそも入荷しなければいけなくなった自分達が悪いのだから。


 天気が良い日は外へ出かけたくなる。新しい洋服でも買おうか。春先だし、衣替えもしなくちゃいけない。


 それにしてもまん丸で柔らかくて可愛い。両手でほっぺを押し潰したらどこまで柔らかいのだろう。


 椿の花が咲いた。遅咲き。縁起が悪いと言われている椿だけど、私は好き。「武士の首がぽっとりと落ちるみたい」というけれど、本物はあんな綺麗なものじゃない。べっとりとついたよだれに噴き出た血も飛び散ってしまう。顔は醜く、化物みたい。椿は綺麗だ。せめて餞に椿でも添えようか。来世はちゃんと生まれてくるようにと。


 でも、あの子らは来世に行けるのだろか。きっと行けはしない。地獄に生まれて地獄に還る。永遠に繰り返す螺旋状の環みたい。


 なんで泣くんだろうなぁ。悲しいのか辛いのか。そうじゃない。たぶんただお腹が空いただけなんだろうなぁ。あんなふにゃふにゃした顔で感情なんてない。お腹が空いたぁ、お腹が空いたぁ、って泣いてるだけなんだろうなぁ。お乳が欲しいのかなぁ。あったかくて良い匂いだもなぁ。指を突っ込んだらちゅぱちゅぱ吸って。お乳と思ってるのかなぁ。


 やっぱり簪がいいかな。長い髪だから結って綺麗に。綺麗なものが見たいな。たくさんたくさん、綺麗なものが見たい。


 そう言えば、音が聞こえなくなった。


 発見しました。耳栓外しても音は聞こえなくなった。耳を澄ませばまだ薄っすらとか細い泣き声が聞こえてくるけど、だんだんだんだん小さくなっていく。だんだんだんだん力がなくなっていく。だんだんだんだん消えていく。


 いいなぁ、これ。綺麗な合唱だ。


 椿の花が落ちるみたいにぽっとりと音が消えた。綺麗。これなら手間もかからないし綺麗だな。


 そしたら、簪、買ってきます。


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