ピノ率いる神殿の騎士に守られ、モソ男爵家でダンジョンに突入する日を待った。
回復魔法を使って欲しいという人がいれば、袈裟を着てヴェールで顔を隠し、誰か分からないようにしてこっそり治療もした。格安で。
回復魔法は女神様が最強にしてくれたとあって、取れた腕でも治るし、ある程度の病にも効果があった。病気治療は、できたりできなかったり。どんな病気を治療できるのか、手探り状態だわ。
皮膚病みたいな、目に見える病には効果てきめん!
そもそも怪我を治すだけの魔法と思われていたので、病気が治せなくても仕方ないと患者は諦めてくれる。モンスタークレーマーがいなくて良かった。
まあ、いてもピノが排除してくれるよね。ピノがとても頼りになる。隣に立っていてくれると安心する。
ある日、侍女のパロマが呆れた顔をして私に知っていますか、と尋ねてきた。
「お嬢様の元婚約者のロドリゴ様と、義妹のモニカ様が結婚されるそうですよ」
「もう? ずいぶん早いわね、準備はできているのかしら」
「さあ……、バンプロナ侯爵様が急がれたとか。あんな
パロマが首をかしげる。
貴族の結婚がこんなに早く行われることはない。
義妹モニカのウェディングドレスはデザインを考えるところからしなければならないし、装飾品を決めたり、招待客を選んで招待状を送る作業もある。
招待客も、あまり急では予定がつかなくて困るだろう。
「まあ、どうでもいいわよね。結婚してしまえば、やっぱり君と、なんて言われないで済むもの。もしかしてロドリゴ様、伯爵家を継げないって気付いてないのかしら? 侯爵様が分からないわけはないわ、何かありそうね」
「まさか、侯爵様が援助されるんじゃ……」
ロドリゴの父である、パンプロナ侯爵の顔を思い浮かべた。
優しい人だけど、商人のように損切りが早かった気がする。
ロドリゴの兄も父も家門を大事にしているから、公衆の面前で婚約破棄するような、あんなアホな真似は恥だと感じているんじゃないかしら。ロドリゴは誰に似たのやら。
それとも家門を背負う責任がないから、気が緩んでるのかな。
結婚の話は、私よりもモソ男爵や、最初に夫人を治療した子爵の方が怒っていた。勝手に婚約を破棄しておいて、すぐに次の相手など節操がないと。しかも義妹。
男爵達が私に好意的だということを差し引いても、私が考えていたより、彼らの印象は悪くなっているようね。学園ではどういう噂になっているか、誰か教えてくれないかなぁ。同年代の子女とは、いやでもこれからも顔を合わせるだろうし。
考えていても仕方がないわ。お茶にでもしようかとパロマにお願いしようとした時。
私に来客だと、メイドが知らせに来てくれた。治癒師ではなく、イライア・パストールに会いたいのだという。
ここにいることは、秘密にしていたはず。これは神殿経由で聞いたのかしら?
応接室を使わせてもらい、ピノにも同席を頼んだ。
姿を現したのは、私と同じ年の黒髪の貴族男性。髪は短く、目付きは鋭い。
王子であるジャンティーレ殿下の側近、攻略対象の公爵令息ソティリオ ・ ザナルディーだ。ゲームをしていた時の、私の推し。
やっぱりやっぱり顔面がよろしい。
「貴女がイライア・パストール伯爵令嬢で間違いないですね」
眼鏡をしていないのが残念だ。ここで中指で直してくれたら。
「はい、間違いございません。ソティリオ ・ ザナルディー公爵令息」
「……俺を知っているのか、話が早い」
「同学年ですし、ザナルディー様はとても目立つ方でいらっしゃいましたから」
ゲームで既に知っていたけど、そうじゃなくても彼を知らない人の方が少数派だと思う。殿下の側近で将来有望な美形、次期公爵で女性に大人気。
しかも婚約者を大事にする誠実さを持ち合わせている。男にはコレが必要だわ。
「君に質問がある。モヘンジョ・ダロウのダンジョンの
「はい、もちろん」
これは、そろそろダンジョンへ入る日も近いな。
私は慎重に頷いた。モヘンジョ・ダロウで笑わないように、気を付けつつ。女神様は私の忍耐を試しておられるのか。
「女神様からの啓示があり、ダンジョンへ潜る者は学園の実技試験の優秀者から選ばれた。アンジェラ・ロヴェーレ嬢、ジャンティーレ ・ヴィットリー殿下、そして私」
予想通りだ。ロドリゴは選定から外れたのね。そりゃそうか、成績は微妙だったものね。ゲーム通りなら、実技は優秀だったのに。
「そして、君。イライア・パストール伯爵令嬢の名も
ビシッと人差し指で私をさす彼は、不満を
侍女のパロマと護衛のアベルが、眉根を寄せる。
「……私も既に女神様から、啓示を頂いております」
「ならば何故、学園の実技試験から逃げたんだ!?」
…………あっ。
どうやら彼はタイミング的に、私が女神様の啓示を受けながらも逃げたのだと勘違いしてしまったようだ。それでイライラしているのね。
私がどう説明しようか考えている間にも、彼はテーブルを拳で叩き、畳みかけるように続けた。
「魔法洗礼を受けて回復魔法の能力を得たそうだが、今更つけた
回復魔法、王都にも出回っているんだ。彼か、その周囲の人が入手したのかな。
販売開始後すぐに完売したと連絡があったので、まだあまり知られていないかと思ってた。印刷技術……というか、印刷魔法にも限界があり、刷るのが追いつかないのだ。
知れ渡ったなあ、しめしめどんどん売れるな、と別のことを考えてしまった。
ゴホン。
ピノが咳払いをして、何も喋らない私の代わりに説明を始める。女神の信徒として、黙っていられなかったのかも。
「ザナルディー公爵令息。何か誤解をされていらっしゃるようですが、イライア様は女神様から回復魔法の完成を託され、研究しておられたのです。しかもその知識を独占せず、公布して人々の役に立てようと尽力されている高潔なお方。
「……まさか、訳者不明のこの完全翻訳版は、君が……っ!??」
「は、はい。神託の間をお借りして、女神様から助言を頂き……」
むずがゆい言い訳のような説明をすると、彼は片手で顔を覆った。
「……失礼した、俺の心得違いだった」
納得して頂けたので、ホッとする。ピノとパロマもふふんと自慢げな表情をしていた。
「家に居辛い事情がありまして、モソ男爵家に身を寄せてダンジョン攻略の日を待っているんです。ここなら、ダンジョンにも遠くありませんから」
「確かにそうだな。しかし、家に居辛いとは……? あ、話しにくい事情ならば結構です、俺は友にもつい尋ねすぎて、尋問かと怒られるので」
事情、同じ学園の人なら知ってそうだけどなあ。
クール系だし、噂話なんかスルーするか。
「……お嬢様は婚約者のロドリゴ・パンプロナ様に、公衆の面前で婚約破棄されたんです。しかも義妹のモニカ様に心変わりして。家にも学園にも、いられるわけがありません」
パロマが、ツンと顔を背けて言い放った。
ロドリゴは好きじゃないし、婚約がなくなってもどうでも良いけど、私からは口にしにくいから助かるわ。
「……それは……失礼した」
あんまり真面目にならないで欲しいなあ、私が
なんだか微妙な空気になり、みんな黙ってしまった。話題を変えないと。
「ところで、ザナルディー様。ダンジョン攻略はもうすぐなんですか?」
「ああ、殿下達も数日のうちに王都を経つ予定でいる。準備をしておいてほしい。それから、君の回復魔法の腕を確認したい」
彼は自分の目で見ないと信用できないタイプだからね。私が本当に回復魔法が使えるか、試したいんだろう。そもそも学園に通っていた頃は、魔法なんて全く使えなかったんだもの。
魔法が使えなかったのは、魔法洗礼を受けさせてくれなかった、父の責任よ。
ただ前世の記憶を取り戻す前だったら水属性辺りを選んだと思うから、これはこれで結果オーライよね。
それにしても、ソティリオ・ザナルディーはツンデレ設定なのにツンが少ない。今回は場面的に仕方ないかも知れないが、デレを安売りしてはいけない!
ゲームでも物足りなかったのよ。もっとツンケン冷たくして、デレへの期待値を高めてほしい。