82 決着


 ――すこし、竜の身体に慣れてきた、と思った。

 それに、リオネルの態度がいつもとかわらず、傍にいるせいか、とても精神こころが落ち着いてきた。


 ……でも、リオネルもちょっと『夜影の花』の心蝕の症状があると思う。

 な、なんていうか、私への思いが……狂おしいほど、みたいになってて……嬉しいけど、ちょっと思いが過剰過ぎで……。


 私よりもリオネルのほうが気持ちが大きいってことはないと思うから、きっとそうなんだ、と思う。

 工房に戻れたら、すっごくよく効く薬を作ってあげなきゃ。


 そういえば、リージョとハルシャは無事かな。


 光の騎士たちの様子を上空から眺めて、たまにブレスを吐き白緑のリージョを追加する。


 ドラゴンブレスって強いんだなぁ。


 光の禁忌魔法をを抑えることができるなんて……とぼんやり他人事のように思っていたら、私が生産したリージョ達は閣下に打ち消された。

 魂ない人形たちだけど、リージョとそっくりの悲鳴が聞こえて胸が痛い!!


 りーじょおおおお!!


 と、叫んだらリオネルがクスッと笑ったのが解った。


 そして始まった、リオネルとウィルフレド閣下の打ち合いを見守る。


 竜の動体視力すごいな。

 全部……剣聖の剣筋が全て視える。


 リオネルもすごいけれど、ウィフレド閣下もすごい。さすがだ。


 ただ、ウィルフレド閣下は以前、自分の剣は力押し、みたいなことを仰ってたのを覚えてる。その通りだな、と思った。


 リオネルはアーサーお父様から剣を学んでいたから、すごく基礎に忠実で型がまったく崩れない。

 そして、良い意味で緊張していないのがわかる。

 彼の冷静さが伝わってくる。


「くそ!! なんでだ!! お前は、そんなに力なかっただろう!!」

「そんなこと僕にもわかりません」


 たまに鍔迫り合いになっては、やはりウィルフレド閣下のほうが後方へつき飛ばされる。

 リオネルは、私とツガイになったせいだと思うんだけど、さらに気魄オーラの質や身体能力が上がっているのがわかる。

 それが光属性との威力差を埋めているようだ。


 ツガイになると、私側だけが強い力を得ると思ってたけど、リオネル側に恩恵あったんだね。


 ツガイの儀式が原因かもしれないけど。

 でもこのあたりのことは、グラナートお父様に聞いてもわからないって言いそう。

 ツガイの儀式までする例が、きっとあまりないはず。


 ただ、妖精竜になった私の強い生命力が常に彼に流れ込んでいるのは確実だ。


 先程から、ウィルフレド閣下の剣が身体を掠めても、リオネルは自身の気魄オーラと私の生命力により、みるみる回復していく。


 ウィルフレド閣下は、力でもリオネルに追いつかれ、さらに屈辱が加速しているのではないだろうか。


 滞空し2人を眺めていると、そのうち彼らは、空中に留まる以外の魔術は使わなくなり、気魄オーラと剣による――真剣勝負になった。


「殺す! 殺す! 殺す!!」


 ウィルフレド閣下の言葉に胸が痛む。

 うちに秘めた思いがどんなものであれ、本来、こんな言葉を口にする人ではないって解るから。


 リオネルと違い、傷が残り始めるウィルフレド閣下。もう、彼はボロボロだ。私から体力が供給されるリオネルにそれでも食らいつくのは、やはりすごい。


 《体力奪って気絶させるの?》

 《正解。そのつもりだよ。でもやっぱり強い……優勢だけど、油断したらこっちが殺される。すこし黙るね》


 リオネルも必死だ。

 こんな実力者相手に殺さないで、倒すなんてかなり難易度が高そうだ。


 大丈夫だよ、リオネル。

 リオネルは私が生きてる限り、首が飛んでもきっと死なないよ……、と今言うと、集中力が落ちそうだから黙っておこう。



「おまえ、なぜ傷がそんなに早く回復する!? なにかのギフトを持っているな!? お前は、どこまで、全てを手に入れていくんだ!!」


 ウィルフレド閣下が、叫ぶ。


「――あなたはどう思うと自由ですが、僕が本当に欲しいものはただ1つです!! 僕はそれを守りたい、その為に守りを固めているにすぎない! あなたは自分ができないことばかりを先程から言っているが、あなたは諦めてばかりじゃないですか! 権力に怯えすべてを放り出したのはあなた自身だ!!」


 煽ってる!!


「なんだと!?」


「僕が一番大切なのはマルリースだ! マルリースを守るためなら、自分がどうなろうと、なんだってやる! あなたは結局自分を守るために恋人を捨てたんじゃないですか!!」


 ああ。もう、人間だったら顔を覆って真っ赤になるような事を!!

 嬉しいなあ、もう!!


「違う! オレが受け入れなければ、彼女が王族にひどい目に遭わされるかと……実際、妻が彼女に嫌がらせをしていた!!」


 それを聞いて、リオネルの顔がイラっとしたのが解った。

 あ。ちょっと怒った。


「それは、自分で覚悟を決めなかったんだろ!! 王族にだって彼女を愛している、とはっきり言って、場合によっては連れて逃げればよかったんだ! 尊敬するあなたの口からそんな不甲斐ない発言、僕は聞きたくなかった……!!」


「誰しもがお前みたいに上手くいくと思うな!! お前はすべてが上手くいっているからこそ、そんなことが言えるんだろうがあ!」


 リオネルの風と気魄オーラが増し、リオネルをやっと怒らせたことに喜びを感じた閣下が光と気魄オーラを撒き散らす。


 双方が遠方から双方を殺す気迫で、お互いの懐目掛けて飛び込もうとした時――



 パキッ……!!。


 下方に広がる森から、金色の亀裂が、リオネルとウィルフレド閣下の間に走った。


「うわっ……!?」

「なんだぁ!?」



 ――森から、金色の光と大量の魔力が空を目掛けて縦に沸き起こる。


《マルリース――》


 その声と共に――私よりも遥かに大きな、巨大な金毛の竜が――森の中から昇り現れた。




《グラナートお父様!!》

《えっ!! ま、マルリースのお父上!?》


 さすがに、ウィルフレド閣下とリオネルの動作も止まった。


「金毛の……竜だと!?」


 グラナートお父様の周りは相変わらず空間がパリパリと割れては塞がっていくのを繰り返す。


 「空間が割れてる……!?」


 そうか、リオネルはお父様のこの様子を見るの初めてか。


 お父様は、周囲をすこし見回し様子を伺うと――。


《マルリース。……遅くなってすまないが、君には優秀なナイトがいたので、私は必要なかったようだ》

《そんなことないよ! 来てほしかったよ!! でも、来るの遅いよ!!》

《――すまない》



「でけえ……」

「……っ」


 そして――

 手が止まり、唖然とした剣聖2人だったが――。


 ふと現状に意識を戻したのは、リオネルがわずかに先だった。


「……っ」


 リオネルは、その一瞬の隙を逃さなかった。


「っ……!」


 彼は剣を投げ捨て、ウィルフレド閣下の懐に鋭く飛び込み、手甲に気迫と魔力を全力で込めて――


「――これで、終わりだ!」


 みぞおちに強烈な一撃を叩き込んだ。


「がはっ……!」


 ウィルフレド閣下の鎧はその一撃で粉々に砕け、彼はわずかに血を吐いて――意識と力を失った。


 無防備に落ちていくウィルフレド閣下を、リオネルは、まるで生きてるかのように戻ってきた剣に乗り、すかさず追いかけ急降下し――2人はそのまま森の中へと消えていった。




「(リオネル……ウィルフレド閣下……)」


 ――決着がついた。

 私は、龍の姿で溜息をついた。


《マルリース、心配しなくて良い、二人共無事だ。……そして君が無事でよかった。相変わらず何もできない父ですまない》


 私は少し羽ばたき上昇し、竜になってもなお、私よりもかなり大きなグラナートお父様の鼻先にキスをした。


 《でも、お父様が良いタイミングででてきてくれたおかげで、リオネルたちの決着はつきました》

 《おや……娘に初めてキスしてもらえた。嬉しいものだね、触れ合えるということは……ああそうだ、話は変わるのだが――マルリース。あの意識を失った男だが、『運命の糸』が視える》


 《え? なんですかいきなり》


 《……いや、すまない。あとで話そう》


 ……ん?

 あれ、でもなんか思い当たるな。

 さっきからウィルフレド閣下にまとわりつく糸みたいなものが見えてた。

 ひょっとしてアレのことかな?


 私も妖精として格が上がったから、そういうのが視えるようになったのかな。

 てか、運命の糸ってなんだ。


 しかし、話している間にも、パラパラと空間が壊れていく。


 《ああ、あっというまに限界だ……マルリース、とりあえず、このまま妖精界に来なさい。こっちだ。この真下にゲートがちょうどある》


 あ。

 そうだ……そうだった。

 妖精界へ行く途中だった。


 ……そういえば。


 リオネルの態度が変わらないことと、ハプニングにハプニングが重なってすこし現実逃避できていたけれど……。

 ……本当に人間に戻る術を得られるだろうか……。


 得られなかったら絶望だよ……!


 自分の現状を認識し、心が陰った。


 《待って! 僕も連れて行って!!》


 その時、リオネルの声が脳内に響き、彼がウィルフレド閣下を横抱きにして私達のところまで昇ってきた。

 ついでに彼の頭にはハルシャが乗ってた。


 リージョがいないのは、たぶん、グラナートお父様の媒体になってるんだろう。


 《私達の会話が聞こえるの? リオネル》

 《うん》

 《なるほど。ツガイが成立したから、妖精と交信する恩恵ができたのだな。初めましてリオネル――。そしてその男もここにおいていくわけにはいかないだろう。私が招待しよう。一緒につれてきなさい》


 《は、初めまして》


 リオネルが緊張しながらそう言うのを聞いたあと、グラナートお父様は森に向けて降下した。

 私とリオネルもそれに続き飛ぶと、気がつけば、太陽のない青空の世界を私達は飛んでいた。