「さて、ミタリア嬢の部屋に行こう」

「……分かりました。本当に何にもない部屋ですわよ」

　応接間の外に待っていたナターシャに。外用のお布団の回収と、後で部屋に紅茶と茶菓子をお願いして。私はリチャード殿下を屋敷のニ階にある私の部屋へと案内した――中は白と水色のインテリアで統一された部屋で、ベッドはダブルでふかふかお布団だ。

　彼は部屋の中を見渡すと、すぐに本棚を覗き始めた。

　今年の誕生日に贈った本は古書で、なかなか書店では扱っていない本。リチャード殿下が求めるのは歴史書、古事記などが置かれた王城の書庫にもない恋愛の本だから、他の古い本も読みたくなったのだろう。

　彼は本棚から、一つの本を取り出して私に聞いた。

「ミタリア嬢、この本はどんな本？」

「その本は、庶民の男性に恋をした王女の話です。どんな内容の話かと言うと……」

「ダメだ！」

　リチャード殿下に言うなと言わんばかりに、手で口元を押さえられた。

「この本は借りていくから、ネタバレはやめてくれ。次はこの本を教えて」

「ふが、ふふ（分かりました）」

　リチャード殿下は私の本棚から、タイトルが気に入った本を選んだ。しかし、次に手にした本は私が見られたくない本だった。

「ミタリア嬢、このタイトルって俺にくれた本と同じだ」

「あ、それはダメです……リチャード様は見ないでください」

　その本を返して、とリチャード殿下にいきなり詰め寄った。

「おい、ミタリア嬢手を離せって」

「その本は見ちゃダメ！　……わっ、えっ、リチャード様……あ、きゃっ」

「うわっ、グッ」

　彼に本を返してと、周りを見ずに揉み合いをして、リチャード殿下を自分のベッドに押し倒してしまった。その絶妙なタイミングで部屋の扉が開き、ナターシャがお茶を乗せたカートを押して、ニコニコ笑顔で部屋に入ってくる。

「失礼致します。ミタリアお嬢様、お茶をお持ちいたしました。まあ……これは、すみません」

（……ナターシャ、ノック忘れてる。なんて、わざとらしい登場の仕方なの？　絶対、ナターシャには聞こえていたはず。ん？　ナターシャの後ろに両親もいるわ）

　お母様は微笑み、お父様は渋い顔……ナターシャは私達を横目にニコニコと、お茶の準備をテーブルに始めた。

「すみません。お茶を出しましたら、直ぐに帰りますので」

　テーブルにお茶をセットし終わると。

「お楽しみのところ、失礼しました」

　パタンと音を立てて扉がしまった。――部屋に残された、押し倒した私と押し倒されたリチャード殿下。

「すみません。リチャード様、大丈夫ですか？」

　覗き込むと殿下は『重い！』と言うどころか。

「これくらい平気だ……ミタリア嬢、悪かったな。俺に見せたくない本だったのだろう？」

　謝るリチャード殿下に、私は首を振り。

「違うんです！　リチャード殿下、その本をよく見てください……紙がふやけて、ボロボロでしょう？」

　私は殿下の上から、コロンと横に転がった。

（その本が好き過ぎて、毎回、同じ話で泣いてしまうから……中の紙がふやけてボロボロ）

　――それを、見られたくなかった。

「ん、紙がふやけているな、……この場面で、ミタリア嬢が泣いたのか？」

「はい……もう、泣きすぎですよね。でも、その話が好きで、何度も読み返ししてしまうんです」

「俺も一緒だ、好きな本にはそうなる。この本に涙ぐんだと前に言ったろ……ミタリア嬢にいい本を貰ったよ。俺も、あれから繰り返し読んでいるよ」

「ほんとですか？　私も寝る前に読んでいます」

　フフと笑い、優しい瞳にみられ、リチャード殿下の手が伸びて、頬を撫でられる。――ムズ、お腹がムズムズしてきて、その場所が熱くなってきた。

「なぁミタリア嬢に、一つ聞いてもいい？」

「はい、なんですか？」

「今、お腹がムズムズして、熱い？」

「えっ？」

「どうして、それを知っているのですか？」と、聞こうとしたとき、扉の向こうで"コトッ"と音が聞こえて、ナターシャと両親の話し声が聞こえた。扉の向こうで、聞き耳を立てているようだ。

「度々……すみません」

「いいや、お茶にするか」

「はい、お茶にしましょう」

　私たちはテーブルに用意された、お茶を飲むことにした。