第4話(リチャード殿下)

 俺は国王となるべく生まれ、プレッシャーは物心ついた時から常に感じている。十歳の頃から、書類にサインなどの執務に慣れるため、書類を少しずつ任されている。


(クソッ、書類整理だけでも大変なのに。この人数の婚約者候補たちとデートをしろだと……父上は何を考えている?)  


 婚約者候補が十歳の頃に十二人選ばれた。皆、名のある令嬢ばかり、その候補の令嬢たちと満月の日にデートが始まった。彼女たちは毎月、毎月、綺麗に着飾りお互いを形成し合う。


 俺の誕生会はもっと派手になって、他の者――婚約者ではない者を下にみて目つきが変わり。俺の見ていないところで彼女たちはいがみ合い、罵りあっていると側近のリルに聞いた。


 誕生会のプレゼントも高価なものばかり……だが、1人だけ毎年、名無しで本を送ってくる候補がいた。


 ――まただ、俺の好きなジャンルの本だ。



 デートは歳を追うことに行動範囲は広がり、乗馬、狩り、王都などになっていった。彼女達とのデートは楽しいが、ご機嫌取りはかなり疲れる。俺のつよめの言葉に傷付き、泣いてしまう令嬢もいた。


 まさか『今日は執務で疲れていてな。すまないが、王城のテラスで休んでもいいか?』こんなことで泣くとは……。ほんとうはあまりにも緊張している彼女を、一旦落ち着くまで休ませようとしたのだが。それが優しくないと、冷たいと言う。ならば、俺を嫌いになり婚約者候補を辞退してほしい。


 その令嬢たちの中で一人、猫族――黒猫のミタリアだけは違った。毎回デートに来ても琥珀色の瞳を輝かせて俺に『日向ぼっこか、書庫でデートいたしませんか?』彼女は屈託のない笑顔で俺にそう言った。


 書庫デート? まったくこの令嬢は俺に興味がないのか、はたまた多忙な俺を休ませるためか、令嬢の魂胆は分からないが。しかし、息抜きと好きな読書ができるのは俺にとってもありがたい。


 最初は驚きはしたが――毎年、彼女は同じ要求をした。他はないのかと聞いても彼女は微笑んで『ありませんわ』と、今回も琥珀色の瞳を輝かせて答えた。


 ――少しくらい、俺に興味を持てよミタリア。




 そして、今回も始まったミタリアとの書庫デート。

 俺は久しぶりの読書に夢中で読書していた。たまにミタリアの視線を感じたが、彼女は見ているだけで何もしてこない。1時間くらいだっただろうか離れた席で本を読んでいた、彼女の方角から"コトッ"何かが床に落ちる音が聞こえた。


「ミタリア嬢、何か落ちた音がしたが?」


 その音が気になり話しかけた――え? ミタリアがいたはずの所に丸まって眠る1匹の黒猫がいた。――その下には先ほどミタリアが着ていたドレス……下着が落ちている。


「これは獣化だ。まさか……この黒猫はミタリア嬢なのか?」


 確かめる為に俺が"ミタリア"と呼ぶと。その黒猫は尻尾でフリフリ返事を返したのだ……ミタリア嬢は獣化するのか。


 いままでオオカミ、犬など大型しか見たことがなかったが……猫の獣化ははじめてだ。


 ――俺よりも小さくて可愛い。


 そうか毎年、彼女の胸にあったペンダントは獣化を抑制する魔石のペンダントだったのか。


「ん、んん……」


 ミタリアは猫の姿で明日の上でクネクネして、スヤスヤ気持ちよさそうに寝っている。


「フフ、ここが王城で、王子の俺のそばなのに気にもせず、気持ちよさそうに眠るな」


 いま、人はらいをしているが、ここは書庫。扉の前には警備騎士がいる。デートもあと1、2時間でこのデートが終われ、ば外に居る警備騎士が呼びにくるだろう。


(獣化した、彼女の姿を他の人に見られなくないな)


 俺はそうだと、ぐっすり眠る彼女を自分のジャケットに包み、側に落ちていたミタリアの服などを集めた。それを持ち外の警備騎士に部屋に戻ると告げて、自分の部屋に連れていき、ベッドに寝かして彼女をながめた。


 黒猫族、公爵令嬢ミタリア・アンブレラ、彼女の獣化するとは婚約者候補の資料に書かれていなかった。……毎年の彼女の態度からして、俺の婚約者に選ばれないように"わざと"書かなかったのか。


 ――どこまで、俺に興味がないんだ。


「……ん」

「ミタリア嬢、起きたのか?」


 彼女はまた自分の名前に尻尾を振っただけで、一向に目を覚まさない。


 ――触ってもいいだろうか。……お、モフモフで、柔らかい。


 俺がふれてもミタリアは目を覚ますことなく、無防備に寝息をあげる。……他の令嬢は俺の婚約者に選ばれたくて、これでもかと着飾るのに。ミタリアは毎年、落ちていた着飾らないドレスだった。


 そして、微笑んで。


『リチャード殿下、書庫デートにいたしましょう』


 と言うんだ。


 俺はミタリアに男として見られていない。自慢ではないが見た目はそれなりに整っているはず……それなのにミタリアは俺をみない……段々とイラついてきた。


「ミタリア……勝手に獣化して、無防備に俺の横で眠った君が悪い」


 彼女のもふもふな頬を指で突っつくと、やめてと嫌がり体をよじる。俺に興味がない彼女を振り向かせたい――琥珀色の瞳で見つめられたい。


 ――決めた。


 俺はミタリアをベッド寝かしたまま部屋を離れて、父上の執務室に向かった。そして、父上に彼女ーーミタリア・アンブレラ嬢を婚約者にすると伝えた。父上は書類から顔を上げて『そうか、決めたのだな』その言葉に俺は頷いた。


 必要な書類にさっさと自分の名前を書き、公爵アンブレラ家にその書類と手紙を早馬で送った。他の候補者には手紙を後日送ることにした。


 いま送った書類に必要事項、捺印、名前が記され手元に戻れば、正式にミタリアが俺の婚約者に決まる。手続きに30分くらいかかり、部屋で寝ているミタリアも目を覚ましているだろうと戻ったが……彼女はまだ、ぐっすり寝ていた。


 そうとう俺の布団が気に入ったらしく、くねくねと体をくねらせ、ベッドの感触を楽しみながら寝ている。


「……呑気なものだ」


 父上に『人前では外すな』と言われている魔石付きの腕輪だが。お前は俺の婚約者なのだからいいだろうと外して獣化した。俺はこのなびかない可愛い黒猫を振り向かせたい。


「ミタリア嬢、いい加減に起きろ!」

「はい。いま、起きます」


 俺の声に彼女は可愛い声を上げて、目を覚ました。