「う~~ん、三上さん。少し手首を丸めるようにドライブをかけてみて。」
俺は守さんと一緒にバックアタックを練習していた際に、打った球がアウトになってしまうので、守さんのお母さんが俺の横につきながらアドバイスを貰っていた。
そのアドバイスを試してみると、最初はダメだったが、何度かやるうちに面白いようにバックアタックが決まりだした。守さんのお母さんが、しばらくそのバックアッタックを横で見守っていると、俺のそばに寄ってきて嬉しそうに声をかけてきた。
「三上さん、もしかしたらスパイクサーブ(ジャンプサーブ)ができるかも知れないわ…。」
そうすると、今度はサーブを打つエリアに行って俺にジャンプサーブのやり方を教え始めた。トスのあげかた、打つタイミング、そして俺の身長を考えるとドライブ回転をかけないとアウトになる危険性があることをアドバイスされた。
そして、何回も試行錯誤しているうちに、ドライブ回転がかかったジャンプサーブが決まりだした。
「三上さんっ!!。それは切り札になるわ。それだけで経験者が多いチームを圧倒できるわ!!。今年こそは一泡吹かせてやるのよ!!。」
そう言うと、守さんのお母さんは自分の娘と泰田さん親子、仲村さん共にコートの向こう側で俺のドライブサーブを受けるためにサーブレシーブの練習を始めた。
俺は何度かドライブサーブを打って、トスのあげかたが悪くて幾つかネットに引っかかるが、ネットに引っかからなければ、アウトにならずにコートに入るようになった。
そこで、勢いをつければネットに引っかかる確率が減ると思って、アウトになるのを躊躇わずに、バックセンターに立っている守さんのお母さんに向かって、力いっぱいドライブをかけてサーブを打ってみた。
すると、守さんのお母さんの目の前に速いスピードで飛んできたボールが急に落ちる。
お母さんは慌てて目の前に飛び込んだが、レシーブが乱れてあらぬ方向にボールが飛んでいった。
「三上さんっ!!!。そのボールを続けて!!。その勢いでそのタイミングよ!。落差がもの凄いわ!!」
それを幾つか続けると、コントロールは難しいが、鋭くて速いドライブ回転がかかったボールがコートに落ちていく。
「三上さん。もう、前衛からアタックを打ってくるのと変わらないわ!!!」
泰田さんが、なかなかレシーブできないボールに悲鳴をあげた。
俺はそこで少し悪戯心が芽生えた。
『ふふっ、ここでフェイント気味に無回転のジャンピングフローターサーブを打ってみるのも手だな。』
中学の頃にピンチサーバーでたまに起用されたのは、不規則に揺れたりする無回転のフローターサーブが武器だったからだ。
何食わぬ顔で、左手で回転を止めたトスをあげると、アウトにならないように少し打つ力を殺して、守さんのお母さんを狙って無回転のジャンピングフローターサーブを悪戯心で打ってみた。
フラフラッと揺れたボールが守さんのお母さんの目の前に飛んで、レシーブが真横に飛んでいった。
「三上さん!!!。なにそれ!!! 聞いてないよぉ~~~!!」
これが守さんのお母さんが不意を突かれたが、これが心に刺さった。
「もともとは、このサーブでピンチサーバーだったのですよ…。普通のフローターサーブですがね…」
今度はジャンピングサーブをやめて、みんなをフローターサーブで狙いはじめる。
まずは泰田さんを狙ってみた。一瞬、揺れたかと思ったら不規則にカーブして落ちた。
「うぎゃぁ~~。なんだか分からないけど揺れて取れないっ!!」
次に仲村さん。今度は揺れながら急に目の前で落ちた。
「…これは…野球で例えるとナックルみたいなボールだなぁ…分からない。」
泰田さんのお母さんを標的にしてサーブを入れた。今度はホップしながら揺れていく。
「うわぁ~~。!!。」
泰田さんのお母さんは乱れたボールを返すのが精一杯だった。
最後に守さんを狙ってみる。ボールの変化としては守さんのお母さんと同じような軌跡を描きながらフラフラッと揺れる。慌てた守さんが、とんでもない方向にレシーブを飛ばした…。
「手元で揺れてとれない!!!。レシーブしてもマトモに当たらないわっ!!」
「三上さん。さっきのスパイクサーブ(ジャンピングサーブ)は、点差が開いた時の切り札だわ。そのフローターでも十分に通用するわ…。」
「最後に、少しだけやらせてください。使えないと思いますが、中学の1年の時にやっていたサーブです。」
俺は女子がやるようなサイドハンドサーブを力いっぱいに振りかぶるように打った。今度はネットギリギリに飛んだボールが少し揺れながら守さん親子の間にストンと落ちた。お互いが顔を見合わせて取れない。
「うわー。このサーブ、ママさんバレーでも使えそうよ!。力がない女性陣に三上さんが教えてあげれば武器になるわ!」
俺は泰田さんのお母さんに言われて、松裡さんにそのサーブを教えた。
最初は山なりのサーブが精一杯だったが、要領が分かると全身の力を使って野球のバットを振るような感覚で打てるようになった。
力の加減が難しいので、ネットに引っかかったり、アウトになったりしたが、次第に少し揺れたサーブが入るようになる。
そうすると松裡さんが笑顔になった。
「三上さん。なんだか楽しくなりました!。サーブで少しだけ貢献できそうです。」
今度は牧埜や宗崎、村上が進み出て俺にサーブの教えを請う。
そこに守さんのお母さんや泰田さんのお母さんも加わる。
守さんのお母さんが牧埜を、宗崎に泰田さんのお母さんがついて、俺は村上についた。
村上は意外とセンスが良かった。既にトスを自分であげて綺麗なサーブの打ち方ができていたので、無回転の当てかたを教えた。
「村上、あの変化する球を打つには、打った瞬間に手首を曲げてはいけない。それとトスをあげるときになるべく回転を加えない、あと、打つときに、できる限り手のひらで当てるんだ。」
俺がそう言うと、村上は最初はネットに引っかかったり、アウトになったり、空振りもあったが、徐々に慣れてきて少しボールが揺れ始めた。
それになれた村上のサーブが泰田さんの目の前に飛んでいく。ボールは少し揺れながらもストンと目の前で落ちて、慌てた泰田さんが倒れ込むがレシーブが間に合わない。
「おおっ、村上。上手いぞ。」
驚いている泰田さんを横目に俺は村上を褒めた。
村上は苦笑いしながら俺に言った。
「三上、お前には及ばないよ。アタックにしても、さっきのサーブにしても、お前は凄すぎる。守さんのお母さんに可愛がられるのも分かるよ。」
俺は村上の言葉を否定しながら、アドバイスを続ける。
「いやいや、俺は部活でハブられても腐らずに、このサーブを練習し続けたからな。本当は手のひらの下の方で打てば変化が激しいのだが、これは難しいから慣れてきたら挑戦してみてくれ。あとは上に擦りつるように打ってしまってボールに回転を与えないように。そうするとサーブが単調な山なりのボールになって、いとも簡単に取られてしまうから。」
そんなアドバイスをしていたら、4人が各々が教えられたサーブを打ち始めた。牧埜と宗崎はドライブ回転のサーブを練習していたようで、まだ少し試行錯誤している。
俺は村上の自主的な練習に任せて、サーブカットの練習に入った。
そうすると、松裡さんが打ったサイドハンドのボールが少し揺れて入ってきた。セッターがいるような位置とはズレた場所にボールが返る。
「うぉっ、自分で教えておいたサーブに苦戦するのは何とも言えねぇ。」
俺の独り言に仲村さんが苦笑いを浮かべながら話しかけられた。
「これが実践的なサーブレシーブの練習になっているところが三上さんの効果だね。三上さんがみんなに無回転を教え始めたから俺も真似してみたいよ。このサーブは取りにくいから、みんなでやれば相手のサーブレシーブを乱せる。」
正面にいる仲村さんの言葉に答える。
「時間も遅いので、明日、3人に教えましょうか?。やってることは、そんなに難しくないです。当て方とトスの投げ方の問題はありますが…。」
そんな話をしていた時だった。
向こう側のコートに守さんのお母さんがいて、ジャンプサーブを打つ体制に入った。しかも相当にニヤついている。
それをみて俺は叫んだ。
「みんな!くるぞ!」
恐らく相当にドライブ回転をかけてくるだろうから、今のポジションよりも少し前に出た。たぶん俺の顔を見てるから確実にバックセンターにいる俺を狙ってくるだろう。
バシンッ。
もの凄い音が体育館に響いて、ドライブ回転のかかった速くて鋭い球が俺をめがけて飛んできた。
咄嗟に前に出て脇を固めて前のめりになってレシーブをすると、高く上がったボールが前衛のセンターの目の前に落ちた。
「危ねぇ…。前に出なかったらボールが取れなかった…。」
俺が独り言を言うと、ネットの向こう側から守さんのお母さんにレシーブを褒められた。
「三上さん!!、ナイスレシーブよ!!。ドライブの回転をよく読めたわ!!」
「お母さんの本気のサーブを三上さんがカットできるのに感心するわ!。あんなの恐くて取れないわ!!。」
守さんが横から話しかけてきた。
「守さん、俺だって内心は恐いですよ。あれがオーバーで飛んでくれば、後ろに咄嗟に下がれずに下手すれば突き指しかねないですし。」
守さんにそう言っていた時だった。
今度はお母さんが不敵な笑みを浮かべて再びサーブの構えに入った。
先ほどと同じ勢いだが、ドライブ回転が斜めにかかったボールが俺に飛んでくる。
「マズい!!」
俺はレシーブを横に弾いた。
『流石にあの回転は読めねぇなぁ…』
そうすると、守さんのお母さんは同じボールを続けてきた。今度は回転を読んでボールをセンターより少しズレた位置で返した。やっぱり勢いがあるから、レシーブのコントロールが難しい。
「ナイスレシーブ!!。もぉ、飲み込みが早いから少しだけ悔しいわ…。」
守さんのお母さんが悔しがった。
俺は、少し疲れたので村上や宗崎と代わろうとして、サーブを打つエリアで守さんのお母さんと話をしようとした時だった。
ぐぅ~~~。
俺のお腹が相当な勢いで鳴って、横にいた守さんのお母さんまで聞こえた。
「はははっ!!!。三上さん、もう限界なのねっ!!!。」
守さんのお母さんが爆笑をすると、そのまま俺を何故か後ろから抱きしめた…。
『え゛?????』
どうすることもできなかった…。
それを見た守さんが、形相を変えて、もの凄い勢いで俺のほうに飛んできた。
そして、守さんのお母さんが爆笑しながら今日の練習に終わりを告げた。
「ははっ!!!。今日の練習は終わりよっ!。もう、お祝いしたい気分だから、このまま飲みに行くわっ!!」
守さんのお母さんのテンションが相当に上がりすぎてて、実の娘が母親の暴走を止めるので精一杯だ。
「お母さん、嬉しいのは分かるけど、嫌がる三上さんを無理矢理に後ろから抱きしめながら言うのは止めて!!。相当に困っているわ!!。」
俺はその状況に困り果てた。
「あのぉ…。お母さん、どうして良いのか分からないので困ります…はい…。」
守さんは必死になって俺と自分の母親を引き剥がした。
「お母さん!!!。やめてっ!!。お父さんが生きてたら笑いながら絶対に止めるわ…。もぉ…!!。」
守さんはかなり頬を膨らまして母親に怒っている。
しかし、守さんのお母さんは娘から注意されてもまだ、喜びを露わにしている。
「この子は、私の息子と同じだわっ!!。もう可愛くて仕方がないのよっ!!。」
「お母さん…嬉しい気持ちは分かりますがね、とにかく落ち着いてください。気持ちは良く分かりましたが、俺には父母もいますから…。大学に入ったのも父の跡を継ぐ為ですから…。」
俺は苦笑いしながら、正面で喜びを爆発させている守さんのお母さんを諭した。