「みなさん、あと10分程度で6時ですのでミーティングをきりが良いところで終わりにしてください。」
俺の声に呼応するかのように、委員の殆どがミーティングを終わりにして、資料やコピーをバッグの中にしまいはじめた。一部の委員は雑談を始めている。
タイミングを見計らって、念のために細かい連絡事項を伝える。
「次の委員会は月曜日で、時間も場所も今日と同じです。あと、今日は実行委員会としてのコンパは昨日やったばかりなので行いません。委員内でコンパをやりたい人は構いませんが、昨日、棚倉さんが言った通り、教育学部としての自覚を持ち、未成年に無理矢理の飲酒や強引に飲ませる行為などを控えるよう、お願いします。」
『今日は三鷹先輩のせいで奇妙に精神力が削られたし、ガラにもないことをするのは疲れる。本当はボーッとしていたいが…。』
そんなことを考えていたら、俺のところに牧埜がきた。
「三上くん。女子寮長と三上くんが話している間に、今から1時間半だけ体育館の予約がとれたのでメンバーを全部集めて練習をしたいとのことです。三上さんは大丈夫ですか?。今日の女子寮長の件を考えると忙しそうなので心配です。あと、泰田さんが三上さんの同期の2人に連絡をしていて、2人とも承諾は得ているようです。」
俺はその言葉に困惑した。ジャージや体育館用のシューズは、高校時代に使ったものを念のために寮に持ってきてあるが、今は寮に置いてきている。服装はこんな格好なので、なんとかなるがシューズがないとまずい。
「牧埜。俺は時間的に構わないけど…。シューズがない。」
「三上くん、その心配をすっかり忘れていたよ!!。まずいなぁ。」
牧埜も心配そうにしている。
そこに守さんがやってくる。
「三上さんっ、牧埜くん、その心配をするのは流石だわっ。大きい市民体育館だから、貸しシューズがあるから大丈夫よ。私は家が近いから着替えてお母さんと一緒に来るけどね。でも、泰田さんやみんなはこのままの格好で練習するわ。大丈夫よ、今は暑くなってきたから、それにみんな動きやすそうな服装だし。」
そこに総務委員で細かいミーティングようやく終えた泰田さんもきた。
「今日は腕試しのような練習になるし、その後は結成会を兼ねた食事会だから気を抜いて良いわ。食事会は、あの体育館から近い中央通りにある、凄く安いビュッフェだから三上くんも安心してね。仕送りがなければ守さんのお母さんが奢るとも言っているわ。」
俺はその心遣いに感謝しつつも辞退をした。どのみち、土日の食事が相当に浮いているので、体育祭まではお金も浮くだろう。
「守さん。そのぐらいならありますよ。たぶん、体育祭終了までは大丈夫なはずです。あっ、泰田さん、そこね、うちの女子寮長が評判が良いと言ってましたよ。ピザとかもあるので私みたいな男子が行っても無事だし、1,500円程度で格安だって聞いてますよ。」
俺の言葉に泰田さんが目を開いてニッコリと笑った。
「三上さん、よく知ってるねっ!!。いつも、練習後の食事は決まってそこよ。もう馴染んじゃってね…。」
気づくと、バレーボールのチームのメンバーが俺の周りに勢揃いしている。
「仲村さんも、天田さんも、牧埜や女性陣も全員参加ですか?」
俺は念のために確認した。
「三上さん。無論、今日は全員参加ですよ。私達も頑張りましょう!!」
天田さんが俺の手を握って握手を求めてきたので固い握手をした。
俺は急いで携帯を取り出して松尾さんに電話をかけた。
今日は急遽、バレーボールの練習が入ったことや、村上も同じように練習をするから、俺と共に帰りが門限を過ぎることを連絡した。その件は村上から既に伝わっていたと同時に、既に体育館に向かっているという。
俺の電話が終わると、泰田さんがメンバーに声をかけた。
「みんな。わたし達しかこの講義室にいないから、すぐに出るわよ。わたしが最後に電気を消すからね。誰もやらないと三上さんが最後に残って消すだろうから…。」
何故かそこでみんなが笑う。
「おいおい、なんで皆んなが笑うのか分からないよ、俺がそんなにマメだと思う?」
俺はあえて、いままで実行委員のメンバーに使っていた、よそ行き言葉をやめて言葉を砕いて話した。
松裡さんが俺の言葉にクスッと笑った。
「三上さん、絶対にやりそうだから、そういう細かいところは私達に任せてください☆。」
『これは面倒くさがりな俺の性格を封じることになるのか…』
密かに溜息をつきながら講義室を後にした…。
◇
俺たちがバスに乗って運動公園について、門からすぐの体育館に行くと、その入口に村上と宗崎が立っていた。
村上が俺を見てニヤニヤしながら話しかけてきた。
「おお、三上。少し待ったよ。急に泰田さんから携帯に連絡があったから、寮監さんに門限が過ぎる可能性もあるから話しておいたよ。」
「村上、助かった。俺も念のために松尾さんに連絡を入れておいたから大丈夫だよ。それと、宗崎もありがとうな。」
俺の言葉に宗崎も少しニヤつきながら言葉を返した。
「三上、急な練習だけど、結成会も兼ねているというから、急いできたよ。ちょっと早く来過ぎちゃったけどね。」
俺は2人と初対面の人がいるから紹介しないといけない事に気づくと、みんなに2人を紹介した。
「あ、そうだ、皆さんに紹介します。俺の同期の村上と宗崎です。練習相手としての参加になりますが、よろしくお願いします。」
初対面の守さんや、仲村さん、天田さんが二人と自己紹介を交わす。
その後、体育館でシューズを150円で借りて、中に入ると、既に泰田さんと守さんの親子が待っていた。それぞれの母親は顔が似ているのですぐに分かる。
守さんのお母さんが真っ先に、この中で少し背の低い俺を目を見て、もの凄い笑顔で声をかけた。
「あなたが三上さんかしら?。」
「はい、守さんのお母さんですか?。初めまして三上です。」
守さんのお母さんは笑顔を崩さずに俺をじっと見た。
「今日は腕試しで私とワンツーマンで練習をするわよ。大丈夫よ。私は高校時代は交代要員で補欠気味だったから変な緊張感は持たないでね。もう忘れているだろうから基礎的な事から教えるから大丈夫よ。それと、三上さんはセッターよ。もしかしたら、うちの和奏と2セッターになる可能性もあるわ…。」
俺は吃驚した。
中学では背が低いのでハブられていたし、そんなポジションはやったことがない。
「え???。普通のセッターならともかく、2セッターですか???。私、背が低かったので補欠で守備固めとピンチサーバーだったので前衛には数合わせの補欠の練習以外は前衛に上がってませんよ。アタックもまともにやってないし、ブロックも駄目ですよ?。背が低くて攻撃力がない私に2セッターなんて、大丈夫ですか??。」
確かに2セッターは強いサーブがきて、仲間がミスをして返球がそれても、守さんと俺のどちらかがトスをあげられるから攻撃に転じられる。
でも弱点があって、俺が前衛にいたときに攻撃力がなければ意味がない。あとは前衛と後衛のポジションを把握しておかないと、後衛の時にブロックやアタックをしてしまうと反則になるので要注意だ。
「ふふっ、大丈夫よ。ブロックやアタックも教えるわ。あと、セッターのポジショニングと、もしかしたら和奏よりセッターの適正があるなら、三上さんが普通のセッターでいくわ。2セッターでやったとしても、あなたには後衛からの上がりかたとかローテーションも教えるから安心して。みんな素人だから、体育でやってるバレーの域を出ないから安心してね…。」
その会話を守さんと泰田さんと、去年チームにいた仲村さん以外は不思議そうに聞いている。
宗崎がボソッと独り言を言った。
「三上と守さんのお母さんとの会話、マジに何を言ってるか分からない。やっぱり部活でやってたのは本当なのか…。」
その宗崎の独り言に守さんが答えた。
「宗崎さん。今の会話を聞く限りでは、三上さんは本当にやっていたわ。男子としては背が低いからレシーブとかサーブのほうがメインの守備固めの人ね。それでも本当にこのチームとしては重要だわ。ただ、お母さんは三上さんの可能性に賭けているわ。恐らく…女の勘よ。」
その話に泰田さんが自然と加わる。
「守さんのお母さん、アタックを返すようなレシーブの練習をするとき、ママさんバレーの奥様方相手では手を抜いているけど、三上さんなら、どうなのかしらねぇ。私達も守さんのお母さんの本気は怖くて無理だわ。守さんも、わたしもバレー部じゃないし。ママさんバレーの練習要員だけだからね。」
さらに仲村さんがうなずきながら泰田さんに答える。
「あの守さんお母さんのマジのアタックを受けたことがあるけど、あれは怖くて、どうして良いのか分からなかったよ。…三上さんは無事なのかな?。当日の試合中に部活経験者がアレと同じ程度のアタックをぶち抜いてくるからなぁ…。」
泰田さんのお母さんはその会話を聞いて、娘の肩をポンと叩いた。
「結菜。私達は皆さんを教えながら練習をするよ。喋ってる時間が勿体ないわ。横目で三上さんと守さんのお母さんの練習を見ながらね。わたしも実は気になるのよ。」
そうすると、みんなは泰田さんの親子や守さんが主導になって、経験の無いメンバーを手取り足取り教えだした。
一方で俺は守さんのお母さんとのワンツーマンでの練習が始まる。
最初は軽いトスから始まる。最初は鈍っていたので、とんでもない方向にトスやレシーブが飛んでいってしまったが、そのうち体が覚えていて正確なボールを返せるようになった。
「やっぱりやっていた子は違うわっ。慣れてきたら、ちゃんと正面にボールが返るし。やっぱり三上さんは守備固めだけあってトスもレシーブも上手いわ。」
そういうと、守さんのお母さんは、俺が返したボールを軽く打っていく。
「三上さんっ、レシーブの時は少し脇をしめて!!」
俺は着実にレシーブをしながら、守さんのお母さんの真っ正面に打ちやすいボールを返していく。
それを見ていた泰田さんのお母さんは率直な感想を娘に話す。
「やっぱり三上さんは、中学の時にやってたから上手いわ。まだ、守さんのお母さんは軽く打ってる程度だけど、三上さんも相手が打ちやすいように返しているわ…。」
その様子を見て、他のメンバー全員が練習の手を止めて、結局、俺と守さんのお母さんを見ていた。
「三上さん、段々と強くしていくわよっ!!」
少し姿勢を低くして腋をしっかり固めて強い球に備える。それを守さんのお母さんの打ちやすいように正面に、そして高さも考えながら返す。
「三上さん、その調子よ!!」
同じような強さのボールが数回きて、今度は守さんのお母さんが、距離をとり始めた。
『これは、本気で打ってくる!』
少し様子を見る時間が欲しかったので、今までよりも少し高めにボールで返す。
それを見た守さんのお母さんはニヤリと笑って、思いっきり全身の力を使ってボールを叩いてきた。
バシンッ。
広い体育館にボールを思いっきり叩く音が聞こえた。
俺は歯を食いしばりながら、姿勢をより低くした。守さんのお母さんはアタックの時に少しドライブがかかるから咄嗟の判断で半歩前に出た。
そのボールをなんとか上手く当てて、守さんのお母さんの正面に返す。
威力としては高校のバレーボールの授業で部活経験者が俺にめがけて思いっきりアタックを打ってきた感覚だ。
『女性でこの威力なら、マジに上手かったほうの部類だよな。県や全国の大会に出るような高校の部活の補欠ならマジに凄いぞ…。』
俺が強烈なボールを守さんのお母さんに返した途端、一斉に「おぉ~~~」という声が上がる。でも、それに構ってる余裕がない。
同じぐらい強いボールが、次々と俺の正面に正確に飛んでくる。
『守さんのお母さん、マジに上手いぞ!!。こんな正確にアタックなんて打てないよ。』
一方で、三上を見ていたメンバー達がポカンと口を開けている。
松裡さんが思わず声を出す。
「三上さん…あんな強いボールをなんとも思わずに返せるの…すごい…」
「…あれは守さんのお母さんの本気だよ。あそこまでミスをせずに返せるの凄いですよ…」
仲村さんが守さんの母親のアタックをじかに受けたときのことを思い出しながら驚嘆している。
「三上…なにものだよ。そんなことができるなんて今まで聞いてないぞ。」
村上もポカンと口を開けながら見ているし、村上の言葉に答えた宗崎も同様だった。
「いやぁ、村上。アイツは謙遜しすぎだよ。」
「うわー…。うちのお母さんが本気で相手にしているのを久しぶりに見たわ。お母さんの高校の同級生と一緒に練習した時以来だわ…。」
守さんも感心しながら見ている。
俺は守さんのお母さんの強いアタックを何回か返しているうちに、お母さんがボールを打つのを止めて俺がレシーブをしたボールをキャッチした。
「…三上さん…。私もよい練習相手になったわ。それだけ正確にボールを返せるのは、守備固めで何度もレシーブやトスの練習をやっていた証拠だわ…。」
「守さんのお母さんも凄いですよ、これだけ同じ位置に打てる人なんて今まで経験がありません。」
「三上さん、それはあなたが、正確に私にボールを返してきてくれるからだわ。私は殆ど動いてないわよ。多少の右左のブレはあるが、あれは許容範囲よ。あれで私が打ち損じたら、高校の部活では怒られるわ。昔は今よりもズッと厳しかったしね…。」
ちなみに、この時代はリベロがまだなかったので、三上の特性が活かされることはなかった。もしも、彼が何年か後に産まれていたら、リベロのポジションで活躍できたのは確実だっただろう。
「ふふっ、ふふふっ。これは三上さんのセッターは決まりだわっ☆」
守さんのお母さんは俺とハイタッチをしながら喜びを露わにした。