~エピソード5~ ⑪ 4人の恋の行方。

 ー時は現代に戻る。ー


 俺はリビングで陽葵とソファーに座って陽葵とお茶を飲みながら、あの当時の話をしていた。

 深夜なので恭治も葵も寝てしまっていた。


 あの実行委員会のコンパの話を終えて陽葵がニコッと笑っている。


「あなたは、お酒が飲めるようになってから棚倉さんキラーとも呼ばれたのよね。酔うと、全員に話しかけてお喋りが止まらないから、棚倉さんの出る幕がなくなるのよ。そうすればね、わたしは、あなたに、あ~ん♡ができるのよ…。ふふっ♡。」


『…陽葵よ。かなり話が脱線していないか?』


 俺はリビングのソファーに座って陽葵の頭を撫でながら話を続けた。陽葵は撫でられたままになっている。


「あのコンパは、先輩が俺のことばかりを、一方的に語って終わってしまったから、ヤケクソになったんだよ。先輩が俺のことを話しまくるのは予想したけど、少しマシな話を挟むかと思ったら、とても酷かったので、お仕置きを思いついたわけで…。」


 陽葵は悪戯っぽく笑って俺をみているが、そんな陽葵の顔が可愛くてたまらない。


「あなたが話してくれたコンパのことは、結婚する前に、当時の松裡さんから少し聞かされていたの。でもね、詳しいことが分からなかったから、あなたの話でハッと気づかされたのよ。このコンパの後に、ちょっとした秘密があったのよ。もう過ぎ去ったことだし、わたしから語っても構わないと思って…。」


 俺は眉間に皺を寄せると、怪訝そうな顔をしながら陽葵に率直な気持ちをぶつけた。


「今まで俺が知らなかった話か?。なんとなく嫌な予感しかしないなぁ…。陽葵が聞いた話は女子トークだろうから、ぶっちゃけた話が凄そうで…。」


 俺は陽葵が可愛くなってしまったので、彼女の頬を軽くツンツンとしたが、陽葵はなすがままに話を続けた。

「ふふっ、その通りよ。あなたが鈍くて助かったのよ。そうでなかったら、わたしはあなたと結ばれていなかったわ…。」


 俺は、陽葵が入れてくれたジャスミン茶を飲みながら、長い溜息をついた。


「はぁ…。すでに済んだことだから構わないけどさ、あの実行委員会の仕事をしてたら、そんな感情なんて捨てないとやってられないし、本音で言えば、あの人たちはタイプじゃなかった。それに、多少の下心が見え隠れしているからさ…。やっぱり俺にとって陽葵が一番なんだよ。」


 陽葵の顔が少し赤くなったが、その恥じらいかたが、たまらなく可愛いから、内心は、陽葵に悶えていた。


「もぉ~~、あなたって人は…ふふっ♡。わたしも松裡さんから聞いた話を語ってみるわ…。」


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 ―時は19年間に戻る。ここは、ある駅前のファミレスの店内。―


 彼女達は店に入って、ドリンクバーや軽いデザートなどを頼みながら雑談をしていた。


 泰田さんがハーブティーを飲みながら、心配そうに守さんに声をかけた。

「守さん、この駅からだと家が少し遠いけど大丈夫なの?。」


 守さんは腕時計を見ながら、時間を考えていた。

「ここは大学の駅から離れているから、二次会なんて思わないだろうし、10時半ぐらいまでに帰れば、文句は言われないわよ。ここからなら電車を使うよりバスで帰ったほうが早いし、そうよね…、あと50分ぐらいは大丈夫かしら。」


 泰田さんが、少しばかり意地悪な微笑みを浮かべながら、守さんの話に答える。


「まぁね、少し遅くなったとしても、土曜日はウチの親と一緒だし、アリバイは確実につくれるからねっ。」


 松裡さんが、パンケーキを食べながら泰田さんに話しかけた。

「わたしは、ここから一駅よ。この距離なら歩いて帰れるから安心だわ…。親には二次会があって、あと1時間ぐらいで終わると連絡をしておいたわ。」


「わたしはね、駅から歩いて10分だから気兼ねなく最後までいられるよ。」

  山埼さんは、両腕をあげて背伸びをしながら答えたが、少しばかり慣れないコンパで気疲れしたのが、手に取るように分かる。


 泰田さんが、ここに4人が集まった理由となる本題を切り出した。

「それなら安心よ。そうだっ。三上さんのことよ。ぶっちゃけた話…。」


 彼女はいちど言葉を切って息を整えた。少しの羞恥心があるからだ。


「ふふっ。…わたしも含めて、みんなが気になっていることは、すぐに分かったわ。ここは協定を結んでおこうと思って。だって、いまの友人関係を壊したくないもん。」


 守さんはメロンソーダを飲みながら、悔しそうにみんなに愚痴をこぼした。


「泰田さん、それは賛成よ。わたしはジャンケンに負けて悔しかったわ。みんなが笑い転げるほど彼は面白い話をしてたでしょ?。凄い切れ者の棚倉さんを面白くいじりながら、みんなを笑わせるなんて、普通は無理よ。」


 彼女の言葉に3人が思いっきりうなずく。


 松裡さんは笑いをこらえながら、パンケーキを頬張っている。

 彼女は食いしん坊なのだが、少し気になってる男子が目の前にいたので、本性を見せないようにセーブしていたので、今になってお腹が空いてしまったのだ。


 彼女が気になってる小柄な男性から見れば、『俺なんかの目を気にせずに食いたいものを食べても文句はないし、自分と同じ食事量であろうと一向に構わない。』などと、慈悲の目を向けて彼女に言葉をかけただろう。


「あれはホントに笑ったわよ。今でも思い出しただけで吹き出しそうになるわ…。あっ、そうそう、彼のことを語り出したら時間がなくなるわよ。協定の話よね…、わたしも同意するわ。」


 そんな彼の大らかな感覚を知らない彼女は、言葉を終えるとパンケーキに夢中だ。


 守さんはメロンソーダのアイスを食べながら、具体的な協定を提案する。彼女の場合は、三上のゲームに参加できなかった寂しさもあって、アイスがついていたメロンソーダを頼んでいた。


「松裡さん、そうよね…。三上さんが誰を好きになっても、お互いが恨みっこなし、喧嘩もナシよ。彼から断られても、彼の友人がいて真面目そうな人達だと聞いているし…。」


 山埼さんは、コーヒーを飲みながら、今の心情を吐き出した。


「守さん、その協定は了解だし、これは、またとないチャンスなのよ。あんな性格の良い人なんて滅多にいないわ。だいたい、下らない合コンで会う男子なんて下心満載だわ。わたし達も人のコトは言えないけど、せめて性格のよい人を彼氏に選びたいのは、ここにいる4人の願いだもん。」


「みんなの言うとおり、わたしもOKだわ。」

 泰田さんがハーブティーを飲み干して、その協定に了解すると、思い出したように、言葉を切り出した。


「そうそう、この前に会った三上さんの友人2人が、練習に参加してくれるのよっ!。三上さん、だいぶ良い人よね、仲間まで誘うなんて。思わず嬉しくなっちゃったもん。今から練習が楽しみだわ。」


 泰田さんの話を聞いて守さんが笑顔になった。


「ふふっ☆。わたしも楽しみなのっ。うちのお母さんも、中学の頃にバレーをやっていた男子が来るって言ったら喜んでいたのよ。身長が低いとか関係ない、絶対にセッターに回すから!!。なんて、今から意気込んでいるわ。」


 その言葉に泰田さんも笑顔になる。

「さすが守さんのお母さんだわっ。三上さん、咄嗟の判断力が良さそうだから、セッターに向いてるかもね。」


 松裡さんはパンケーキを食べながら、この話題を変えることを試みた。

 バレーボールを詳しく知らないから、三上が適性かどうかが分からなくて、自分にも分かる話題にしたかったのだ。


「判断力といえばね、みんな去年も実行委員をやったから分かると思うけど、去年の委員長なんて最悪だったわ。今年の新島さんも変わらないけど…、棚倉さんが引っ張ってきた三上さんは大当たりだわ。」


 それに泰田さんがすかさず反応した。彼女は呆れたような顔をしている。


「去年は棚倉さんが委員長になるべきだったのよ。彼は総務委員長だったから相当にカバーしたのよ。副委員長もパッとしなかったし、外部委員なんてお飾りもいいところだったわ。」


「泰田さん、今年は当たり年よね。三上さんが副寮長なのも納得だし、棚倉さんの懐刀みたいな人だって言われたし、お墨付きだから安心したけどね…。,あれだけ凄い人だとは思わなかったわ…。」


 山埼さんが少しだけ吃驚したような表情をして、松裡さんに答えた。

「えっ、副寮長?。私は聞かされてなかったわ。三上さんの話に夢中で、何にも語ってくれないから…」


「山埼さん。三上さんは、シャイだから自分のことを語ろうとしないのよ。そういう飾らないところが謙虚なのよね。それと、彼の部屋を寮の管理人さんに見せてもらったけど、わたしの部屋よりも間違いなく、すごっく綺麗だからシッカリしてるわ。」


 松裡さんから三上の部屋の話を聞いて、守さんが顔を青くした。


「まっ、マジ??。わたし、だらしないから、嫌われたらどうしよっ…。」


 その場で、張本人が聞いていたら『俺はめんどくさがりだから、他人が頻繁に部屋に入らなければ、少しは散らかるよ…』などと、溜息をつきながら言ったかも知れない。


 その話に少し顔を青くした泰田さんが加わった。


「守さん。三上さんの生活能力も高そうだわ。だって、洗濯物や着替えはキチンと畳んであるし、普通の男子とは違うなぁ…、なんて、思っちゃったからさ…。」


「う~ん、何にしても、自分のだらなしない部分を改善していく必要があるわ。だって私たちは、ほとんどがの学生が、学校の先生になるのが目標だし、いつまでも親に甘えていられないからね…。」


 4人はその自覚を持ち始め、自分達の生活を見直す契機となったことは間違いない。三上恭介は4人の女性に対して恋心なんて微塵もなかったが、彼女たちに将来的な部分で改善意識を植え付けたことに成功したのだ。


 よって、彼女たちが結婚した後に、各家庭における生活能力の向上に貢献したことは間違いない。


 ただ、とうの本人が、この現場でこれを聞いていたら『俺が面倒だと思っていることを、必死に真似なくても…』なんて、ぼやいただろう。


 その後、彼女達は、明日の講義のことや、いまテレビで話題になってる俳優や映画などの雑談をして、各々が家に帰っていった…。


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 俺は陽葵の話を聞き終わると、長く深い溜息をついた。


「…はぁ…。その4人の恋の行方なんて、今となっては笑い話だけどさ…。」


 そんなボヤキを、可憐で可愛すぎる妻に吐き出して、俺は少し思考をめぐらせた。


「そうか…。俺が怪我をして入院した時に、牧埜が、当時の泰田さんと松裡さんを連れてきたよな?。これが原因で彼女達の顔が妙に曇っていたのか。」


 陽葵は不敵な笑みを浮かべながら俺の頬を軽く突くと、俺の頭を撫でた。

 俺も陽葵が可愛すぎるので、頭を撫で回している。


「あの時は、泰田さんたちとは初対面だったけど、女の直感で、彼女たちの微妙な感情を読み取ったのよ。でもね、2人は切り替えが早かったの。体育祭が終わった後も、宗崎さんや村上さん、牧埜さんたちも、一緒にバレーボールを続けていたでしょ?。あれが良かったのよ。」


 その言葉を聞いて俺は少し嬉しくなった。


 彼女達はそれぞれが結婚していて、皆が幸せそうにしている様子をSNSで見ているので、その姿を思い出すと、自分でも顔がニヤついているのが分かった。


「そうだろうなぁ、あのメンバーは女子も含めて、基本的には性格が良い人達ばかりだし、あの性格だから切り替えも早かったのだろう。実際に俺は誰からも告白されてないから、それで良かったんだ。」


 陽葵も俺の表情をみて嬉しそうだ。


「ふふふっ♪。そうね、松裡さんや泰田さんも言っていたけど、わたしがあなたの彼女になったお陰で、完全に吹っ切れたし、わたしが泰田さん達の友人になって良かったのよ…って。ホントにみんな、いい人たちに、わたしは恵まれたのよ。これも、あなたのお陰だわ。」


 俺は右手を陽葵の腰に回して少し抱き寄せると、陽葵が俺の肩にもたれかかってきた。

 大好きすぎる俺の妻は、満足そうな笑みを浮かべている。


 俺は、あの時の心情を陽葵に吐露した。


「あの時は、あの4人にその気があるなんて思わなかったけどね。この前、馴れ初めの時のことを新島先輩にDMで書いた通り、俺は真っ直ぐで下心のない陽葵に惚れちゃった訳だからさ。」


 陽葵は俺のその時の心情を聞いて、少し顔を赤らめた。

 その表情がたまらなく可愛い。


「もうっ。わたしもあなたにベタ惚れなのよ。鈍いけど、ひたむきで、みんなのために頑張し、あなたは愚痴は言うけど、諦めずに最後までやるわ。こんなに性格のいい人なんて滅多にいないの。だからこそ4人は、あなたに惚れちゃったのよ…。」


「まぁね、4人が協定を組んだことによって、誰かが俺にこっそり告白なんて抜け駆けが、できないだろうし、俺の答えを一方的に4人が待つ状況になるから、これが下心に繋がったポイントだったかもね。」


 陽葵は悪戯っぽい目をして。俺を少し抱き寄せて、その目をじっと見た。


「ふふっ、あなたの推察通りだわ。わたしと付き合うのが遅かったら、4人が同時に告白なんて考えていたらしいの…。」


 陽葵の言葉を聞いて俺は凄く驚いた。

「あ゛っ???。そっ…、それをやられたら、地獄だった。俺は4人にすぐさま謝って、その場を去ったよ…。」


 俺はそうなった場合の事態を想像して恐くなった。


「やっぱり陽葵で良かった。いや、陽葵じゃなきゃダメだったんだ…。」


 そして静かに首を横に振って自分に言い聞かせるように、俺は陽葵の目をジッと見ていた…。