「とはいえ、この姿は特に能力があるわけではない。力も……この程度の霧を操るくらいしかできないほどに弱体化するんだがな」
「……つまり」
「あぁ。これで、身体能力だけなら貴様と対等という事だ」
……この狐は、本当に。
私は顔に浮かびそうになるそれを、必死に抑えつつ。
息を吐いて誤魔化した。
「はぁ……本当に馬鹿なの?」
「狐の女子は我の事を馬鹿と良く言うが……まぁこういう馬鹿なら丁度良いだろう?特に今は」
「……いいよ、やろう。やろうじゃん」
だが、どうしても抑えられない。
浮かぶ笑みをそのままに、私は糸を邪魔にならない程度に私と白狐の周囲に円状に配置する。まるでこの線から出たら負け、という子供がやるような遊びのような気持ちで。
私は手に『面狐・始』を。白狐は氷で出来た薙刀を出現させ握りしめる。
「お礼は言わないよ」
「女子が負けた時の恨み言だけ聞く用意はしておこう」
「減らず口だけは本当に達者だねぇ……」
一息。
お互いに言葉を切り、武器を構え、目を見て。
笑みを浮かべた後に私は駆ける。
単純な話、薙刀などという長リーチの武器の弱点は懐に入られることだ。
遠心力を乗せた刃にしろ、近づいてきた相手を滅多打ちにするための石突や棒術にしろ、余りにも相手が近過ぎる場合では最大限の力を発揮出来ない。
だからこそ、行く。
黒の女は白の男の間合いへ飛び込むように移動し、すぐに身体を落とす。
それと同時、頭上を風切音が通り過ぎていった。普通に間合いに入ろうとすれば、そのまま胴を真っ二つにされていただろう一撃。
それを避けて尚、安心は出来ない。
目の前では既に身体を回転させ、こちらへと石突を放とうとしている姿があった。
流れるように薙刀を振るう姿に、何処が弱いのかと愚痴りそうになるものの。
私は一歩更に前へと進む。まだ
ちょっとした予感で顔をほんの少しだけ右に逸らす。すると、頬を掠めるように石突が横を通り過ぎていった。
これで二撃。男はこちらへほぼ背中を向けており、対してこちらは後一歩踏み込めれば短剣を突き刺せる距離。
だが、そこで私は思いっきり後ろへと跳躍した。
しかし少しだけ間に合わなかったのか、目の前を白い何かが通過していった後に髪の毛が少しだけ宙に舞う。
「そういえばあるよね。尻尾」
「女子にもあるものだ。狡いなどとは言わせんよ」
「言うわけないじゃん」
身体を回し薙刀を振るうと同時、彼は尻尾も回していた。
白く、毛並みの良い尻尾には青白く半透明の氷の短剣のような物が包まれており、私が避けねば確実に頭に突き刺さっていただろう。
あんまり私自身が尻尾を戦闘中にあまり使わない事もあって、警戒するのを忘れていた。
相手は元より獣であり、今使っている姿の方が使い慣れていないモノ。
幾ら薙刀の使い方が上手かろうが、絶対に人ではないのだから。
再度懐に入る為にチャレンジをしようと足に力を入れた瞬間、それを見越してか男が逆に詰めてくる。
近づき、先程とは違い腕の力を中心に薙ぐように大きく薙刀を振るう。
身体を回していない。しかしそれに対して私はどう避けるべきかを少し迷い……『面狐・始』の腹を盾のようにすることで直撃を防ぎつつ、直撃の瞬間に軽く跳ぶことで薙刀の勢いを利用して横に転がっていく。
何度か地面を転がった後、すぐに身体を起こし体勢を整えた。
男はそんなこちらを遠巻きからじっと見つめ、詰めてくるような事はしなかった。
男の面倒な所が出ている戦闘だ。
こちらが近づかねばクリティカルな攻撃が出来ない代わりに、向こうは自由に自分が攻撃しやすい位置まで近づいて力任せに謀術や刃を振るう事が出来る。
近づいたら近づいたで、先程のように尻尾を使いカウンター気味の攻撃を仕掛けてくるのだから厄介だ。
対して、私は……魔術言語も何も使えない状態。
通常ならば【衝撃伝達】などを用いて局所的に加速し、相手がこちらへと追いつけないのを良いことにそのまま削り切るラッシュ型。
当然ながら、現状は今まで培った我流の短剣の技術を用いるしかないのだが……それにしたってまず近づかねばならないのだからどうしようもない。
本当は糸で終わらせればいいのだろうが……それは少しだけ、ほんの少しだけ違う。
言わば、現状は向こうがこちらへと合わせてくれた形なのだ。
それを反故にするなんて不義理な事は私にはできない。
それに時間制限はあるものの……勝てる可能性がある要素はしっかりと存在している。
先程から感じている違和感のようなモノ。
普段の私だったら確実に先程の尻尾の一撃は避けれてはいなかった。
だが、何か来るような……そんな漠然とした予感がしたのだ。
もしも私が思っている通りのものが原因であれば、私は恐らく男に勝てる……はずだ。多分。
……分の悪い賭けだけど、試す価値はある。
これで負けたら、次はつまらないとか言っていないで糸で勝負を決めるだろうが……でも、今回はこれで行く。
手に握る『面狐・始』を再度握り直し、私はゆっくりと歩き始めた。