『逃げていては試練は終わらぬぞ!』
「分かってるっつーの」
白狐が叫びつつ、私や機関車に向かって雷電を放つ。だが、それは当たらない。
私達よりも速いそれは、直撃の直前で脇に逸れて外れていく。
特殊な魔術を使っているわけでも、【血狐】や【狐霧憑り】、コンダクターが何かをしているわけでもない。
この試練の場には霧が満ちており、私も『白霧の森狐』もそれを操る能力や技術を持っている。
そしてそれを持っているからこそ、出来ることが存在する。雷の擬似再現だ。
魔術言語を複数、小規模に構築展開する事で局地的に落雷時と似たような環境を作り出す。
そしてそのまま、白狐の雷電がその環境を通ろうとすると……元々狙っていた目標からズレた位置へと着弾する。
恐らく、しっかりとした科学の原理には基づいていない動きなのだろうが、ゲームにそれを求めてもキリがない。
出来ているのだからそれで良いのだ。私は科学者ではないのだから。
……ま、
白狐が言ったように、このまま逃げ回っているだけでは試練は終わらない。
何処かで攻勢に出る必要があるし、その為には白狐に近付かねば決定的な一撃をお見舞いすることは出来ないだろう。
しかし、今はその時ではない。
まだコストが一手……否、二手ほど足りていない。
「【血求めし霧刃】」
『新しい魔術か!』
「詳細は知らないよねぇ?」
『知らぬとも!だが流れてくるもので十分だ!』
私の手に持っている『面狐・始』が霧によって複製され、飛んでゆく。
二十余りのそれら全てに短剣の性質が劣化複製され……【血狐】の波の中へと突っ込み格納されていく。
【血求めし霧刃】の性質によって操作も受け付けないが、これでいい。
傍から見れば魔術の選択を失敗したようにしか見えないそれは、白狐にとってもそう見えたようで、
『焦ったか?』
「どうかな」
嬉しそうに言う白狐に対して、私も笑みを浮かべながら答える。
焦ってなどいない。寧ろ心の内は冷静であり、この後行う事をずっと考え続けていた。
「【血狐】、抑えておいてね」
『――了承』
【血狐】へと語りかけた後、私はその手に持った『面狐・始』を握り直し――
『なっ?!』
――自らの喉を切り裂いた。
―――――
以前、魔術の対価に関する話をした。
対価を支払う事で、それに見合った効果を得る。長い話を要約すればその程度の話だ。
それこそ、行使時に命を……HPを削る【血狐】が強力な魔術であるように。
詠唱する時間を、そしてそれぞれ装備品を1つ基部にする【狐霧憑り】や【霧式単機関車】のように、対価によって魔術の基礎スペックを引き上げる事が可能だ。
そして、私の新しい魔術……私がこの世界に降り立ってから共にあり、そして進化したその魔術はそれらとは比較にならない対価を要求する事で、大きくその性能が引き上げられた。
その魔術の名は――
―――――
「『我は望む』」
詠う。
詠い、そして
「『我が名、我が祖』。『その力を我は望む』」
『これは……させぬ!』
一節歌うごとに、私が使っていた魔術が消えていく。最初に消えたのは最後に使った【血求めし霧刃】だ。
私が使おうとしている魔術の正体を勘付いたのか、白狐が雷電を放出しつつこちらへと迫ってくるものの。
途中で霧の機関車が横から巨大へと突っ込み、勢いを削いでくれる。
「『我が血を、術を、そして魂を対価に』」
次に、霧の機関車が消えた。
コンダクターは最後、車掌室から上半身を出しこちらへと敬礼してくれていた。
霧の槍、雷電、そして転移させたのか木製の杭までもが私へと襲い掛かるものの。
【血狐】が当たらないように波を操作し、私の身体に掠るように避けてくれる。
そして私の身体から血が流れる量が増える度に……私の身体から流れ出る魔力は濃いモノとなる。
『――此処迄。我は主の勝ちを望む』
「『故に、我は祖の名を騙ろう』。『今は偽りである祖の名は――』」
最後に、【血狐】が普段よりも長く喋った後に氷の板を砕きながら消えていく。
一度言葉を切り、息を吸う。
上手く身体の中に酸素が回っているかは分からない。だが、そうすべきだと思ったからするだけの事。
『呀ァ!』
そうしている間にも、いつの間にか……転移によって進行方向に先回りしたのか、目の前に『白霧の森狐』がこちらへと前脚を振り下ろそうとしている状態で待っていた。
「――
私が言うと同時、雷電と霧の甲冑を纏った脚が下ろされる。
直撃すれば自傷分も含めて死亡するであろう一撃。
だが私は動かない。避けもしない。避ける必要がないからだ。
何故なら、
『……何だ、それは』
「【魔力付与】だよ、ちょっと名前が変わっただけのね」
『名前が変わっただけだと?それがか?』
下ろされた脚は、大量の白い糸によって私に届く前に止められていた。