『ある種、早めに終わってくれて助かったと言うべきか……うむ、兎も角。まずはおめでとうと言うべきか』
「……何だか言いたい事が他にあるみたいで」
『呵々、これでも嫉妬という言葉を担っているモノである故な。……して、アリアドネよ。我の言いたい事はなんだと思う?』
問いかけられる。
試練が終わり……否。未だクリアしたというログが出ていない為に、恐らくこの問答すらも【嫉妬の蛇】の試練の1つなのだろう。
だから考える。すぐに浮かぶような考えではなく、単純にこの声の主が言いたい事を考える。
と言っても、大体の答え自体は察しているのだが。
嫉妬という言葉は、主に自分よりも優れている相手に対して使われる言葉だ。
優れている事を妬み、そして憎む。そんな感情を意味する言葉だ。
しかしながら、その言葉は人間関係の……それこそ恋愛感情を伴う三角関係において使われる言葉である。
では今回の試練はそんな『嫉妬』という言葉に沿ったものであるかと言えば……そうではないと答えるべきだろう。
『嫉妬』とは違う言葉。しかしながら、似た言葉。近い言葉は何か。それは、
「まぁ、どっちかって言うと
羨望だ。
嫉妬と似たような意味ではあるがその範囲は広く、自分以外の誰かが優れている、または楽しんでいるという事柄に対して怒る事であり、そこに恋愛感情云々は関係がない。
自分以外の他人が幸運ならば引き起こる可能性がある感情なのだから。
『ふむ、どうしてそう思う?』
「単純に、言葉が正しい意味で使われてるなら私とフィッシュさんはそういう関係じゃないしね。それを考えるなら……まぁ似たような意味の羨望の方が当てはまるかなって思っただけだよ。そうなってくると貴女の名前は【嫉妬の蛇】じゃなくて【羨望の蛇】とかになるんじゃない?」
『……』
そう言った瞬間、広場となっていた図書館が床も含め元通りへとなっていく。
逆再生を見ているかのような気分になりながら、周辺を【血狐】に警戒させていると。
私の目の前にいつか見たテーブルと、一冊の本。
そしてその傍には魔術言語で身体を構成している蛇の姿があった。
『呵々、一応名称は【嫉妬の試練】ではあるのだがな。……まぁそこまで分かっているならば良い良い。アリアドネよ』
「はいはい?」
『この本を受け取るといい。これから必要となるはずだ』
魔術言語の蛇は、その頭で隣の古めかしい本を指す。
以前は『The jealousy first tale』と書かれていたその本ではあるが、現在は『The envy first tale』と筆記体で書かれていた。
正直な話、私はこの魔術言語の蛇を信用しているわけではない。
周囲を【血狐】に警戒させているのはそれが理由であるし、今も狐面から薄く霧を垂れ流し続け、私の得意なフィールドを作り上げている。
「一応聞くけどこれは?」
『今回の報酬という奴だ。魔導書だったり禁書だったりと言われたりするものだが、貴殿の力になる』
「へぇ……禁書……」
残念ながらというべきか、私は使っている技術的にカルマ値がよく貯まる。
それこそ今出た禁書などは『禁書棚』に収納することが出来るものであろうし。
「でも前開いた時は蛇さんが出てきただけですよね?」
『おいおい、我が出てくるだけでも中々破格の報酬だろう?』
「いやまぁ、その身体を見れば分かりますけど……うん」
手にとってパラパラと本をめくってみる。
白紙だったそこには、パッと見ただけでは私にも分からないレベルの魔術言語が多く並んでいた。
しかしながら『言語の魔術書』のように名称や解説が載っているわけではない。
単純に魔術言語が延々羅列されているだけなのだ。
それにセーフティのようなものも見当たらない。つまりは、
「コレ普通に危険物ですよね?」
『呵々、そうとも言う』
私は慌てて周囲の魔力の込められた霧をこの本から遠ざける。
下手に魔力に触れさせると何が起こるか分からないからだ。
そんなものをそのままにしておくのも怖いため、私は『禁書棚』を呼び出して納めておいた。
恐らく、この棚の中ならば変な事にはならないだろう。多分。確証は全くないが。
「じゃ、これで試練は終わり?」
『あぁ、終わりだ。とはいえ、『これは序章』。『これからの貴殿に嫉妬あれ、羨望あれ、大罪あれ』……また会う事を期待しているぞ、アリアドネよ』
魔力の込められた言葉と共に、魔術言語の蛇は消えていく。
それと共に周囲の図書館も光の粒子へ変わるように消え、景色は霧の濃い森……『惑い霧の森』へと戻っていった。
【特殊イベント『嫉妬・羨望の試練:序章』を終了します】
【特殊NPCとの縁が繋がりました】