短剣を振るう。
射程は短いがそれでいい。相手の速度が速すぎるのだから、普通の剣を振るうよりは体が開きすぎないからだ。
金属同士がぶつかる音が聞こえ、それと共に水音が聞こえる。
その瞬間、私は足に力を入れて右へと跳んだ。
それと共に、私が先程まで居た位置の地面が
……あっぶな!
その現象を横目で確認して背筋が凍る。
目の前にいる相手は確実に私を殺しにきているというのがよく分かった。
「いいねぇアリアドネちゃん。前にやった時より対処できるようになってるねぇ」
「……これでも結構手一杯なんですけどね」
「十分十分。ほら、次行くよ」
相手……フィッシュはニタァと笑いながら私へ向かって再度加速した。
敵対したわけではない。これは、以前頼んだ戦闘訓練……近接をメインとした化け物相手に挑む為の訓練なのだから。
―――――
フィッシュの剣を受け、私の身体は大きく弾き飛ばされる。
そこで草むらの上に置かれた時計が鳴った。
訓練の終了だ。
「……ふぅー。何とか5分生き残れましたねぇ」
「結構今回は殺しにいったんだけどなぁ。やっぱ経験値的には十分成長してるねぇ」
フィッシュとの戦闘訓練は以前やった時とは違い、1つ上のステージへと上がっていた。
前回までは耐える為の訓練。既存では無く、新規の魔術、もしくは自身の体術などの技術のみでフィッシュの凶刃を対処しなければならなかった。
その代わりとして、彼女は魔術をほぼ使っていなかったのだが……今回は違う。
流石に身体強化系の魔術は使っていないものの、攻撃、防御系の魔術は解禁しているのだ。
その状態で、彼女に有効打を入れる事を求められている。
前提として、彼女の扱う防御系の魔術はそこでもない。
カウンター性能も特になく、単純に生存能力を伸ばす為に防御力を上げる系統の魔術だからだ。
しかしながら、攻撃はそう単純ではない。
フィッシュの扱う攻撃魔術は、そのどれもが基本的に
「実際ほぼ勘で避けてますよ。どれが来るか分からないですし」
「それが私の強みだからねぇ」
しかしながら、どこを自傷したからと言ってフィッシュが使ってくる魔術が分かるわけではない。
指を1本噛み千切る事で血の人形を生み出したり、先ほどの様に地面を抉ったりと事前に見分ける事が出来ないのだ。
そんな相手と接近戦を行いたいとは普通思わない。というか、普段ならば私は絶対彼女と接近戦など行わないだろう。
「……まぁ、アリアドネちゃんが一気に戦闘センスを磨きたいってのはよく分かるぜ。受けるんだろう?
「そうですね。いつ来るかは分からないですけど、近いうちに」
「私の時は戦闘系だったからなぁ。クロエちゃんはどうか分からないけど……なんだっけ?『力が欲しいか?』とか聞かれたんだっけ?」
「えぇ、状況が状況だったんで断ったんですけどね」
だが今回再び彼女に師事してもらっているのには理由がある。
【嫉妬の蛇】の試練に備える為だ。
試練がどういう形になるかは分からない。だが、あの蛇の口ぶり的に……恐らくは
だからこそ、ある程度事情を察する事が出来るであろうフィッシュと訓練しているのだ。
「でも……流石にそのランクのままじゃあ厳しいと思うぜ?」
「そこら辺については問題なく。多分そろそろ上がると思うんで」
「そう?なら良いけれど……どうする?続きをやるかい?」
「いえ、今日はこの後行くところがあるんでここまでにしましょう」
「オーケィ。じゃあまたね、アリアドネちゃん」
「はーい、ありがとうございましたー」
フィッシュと分かれた後に向かうのは、私のホームである『惑い霧の森』のボスエリアだ。
それも深層の、巫女さんが普段から居る植物に浸食されている神社の方だ。
何故そちらなのかと言えば……特に理由はない。
強いて言うならば、『白霧の森狐』にこれからやる予定の事を見られたくはないというだけなのだ。
その為、色々とあの狐の力を阻害出来るであろう巫女さんに手伝ってもらいながら物事を進めて行こうと思う。
……馬鹿狐の試練もあるしねぇ。
目下の目標は当然【嫉妬の蛇】の試練だ。
しかしながら、それが終わった後には『白霧の森狐』の試練が待っている。
それを考えると……あの狐が知っている私の情報を今以上に増やすのは危険だろう。
といっても、私が『魔霧の狐面』を持っている限りはある程度の情報は筒抜けなのだろうが。
【
私はインベントリ内を確認し、次に等級強化させる魔術用の素材が足りているかを確認する。
色々とあって流れてしまってはいたものの、元々はキザイアやRTBNに手伝ってもらって集めた素材や、追加で私が必要であると考えた素材があるにはあるのだ。
それにイベントの報酬として、ダンジョンギフト券……以前も配られた『以前訪れた事のあるダンジョンに纏わる素材1つを選択し取得することが出来る』券が3枚程配られた為、その場で足りていない素材があれば取得も出来る。
『創造主様、到着致しました』
「ん、ありがとう」
コンダクターに言われ、外の惨状を出来るだけ目に入れないようにしながら。
私は深層のボスエリアへと入っていった。