Chapter6 - Episode 48


フールフールは油断なく……今まで私に見せていた失笑ものの悪魔の将軍な姿ではなく。

冷静な意志を感じさせる目でこちらの動きを観察しているのが分かった。


悪魔と言っても、素体は牡鹿。

草食動物特有の広範囲の視野をもって、一挙手一投足を観察されている。

しかしながら私はそれに畏れはない。

今までが演技だったとして。これが本気になった証拠だとしても。

こちらはもう1人で戦うわけではないのだから。


「アリアドネさん、反応しないで聴いてください」


前を走り、距離を詰める灰被りの方から声が聞こえてくる。

否、声を直接聞いているわけではない。

頭の中に直接響くような声が、私に向かって発せられている。

恐らくは灰被りの魔術の1つなのだろう。


「フールフールは、単純に堅いです。分体とのことですが、ある程度は本体の耐性がそのままなんでしょう」


目の前で実体化したフールフールは瘴気を纏いつつ、雷をその身へと纏い始める。

その余波だけでこちらに多少のダメージが入っているものの、継続回復のシギルで回復が追いつく程度。

フールフール的にもこの後の行動が本命だと察する事が出来た。


「だから、その耐性ごと・・・・・・私が削ります・・・・・・


私は知っている。彼女が削る、といったら絶対に削る事が出来る。

やると言ったらやれるのが彼女……灰被りなのだから。

彼女の使っている【灰の姫騎士】という魔術の事は私は知らない。

私は【灰の女王】……あの対象を選択するだけで灰へと変化させる攻撃魔術を今回の戦いで使うと思っていた。

しかしながら彼女が今使っているのは違う魔術だ。


だが、この場面で彼女が使うという事は……それはこの場面に一番合っている、という事なのだろう。


「懸念は分かりますが、信じてください。問題ないですから」


牡鹿は足を踏み鳴らす。

その姿には『瘴侵の森狐』が使ってきた雷を伴った突進に近いものを感じてしまう。

威圧感はあれの数倍以上……先ほど【魔力付与】によってダメージをなかった事にした時とは違い、しっかりとした意志で、濃密な魔力で、轟音を伴った雷でこちらを攻撃しようとしてきている。


しかしながら私達はそれが分かっていても進むしかない。

接敵するまで数瞬。

距離としては近接、至近距離と言っても良いだろう。


『威圧を物ともせず我に挑む。仔娘と称した事を謝罪しよう。そして称賛しよう、我が分体と言えど本気を出させた事に』


瘴気が、私の霧を。灰被りの灰を汚染していく。

まるで馬鹿狐に霧を塗りつぶされた時のように、汚染された端から操作を受け付けなくなっていくのを感じ、だがそれ自体はどうでもいいことだと切り捨てる。

私の攻撃に必要な霧の量は基本的には少ない。周囲1メートル程にそれがあれば良いのだから。

寧ろ霧を圧縮させていく。圧縮させ、循環させ、渦を巻くように私の周囲に留まらせていく。


瞬間、灰被りが接敵する。

灰の剣がフールフールの身体に触れる。


『効くかァ!』


言いつつ、牡鹿はやっと動き出す。

自らの堅い外皮に触れ、しかし傷をつけることはなかった。

それを良い事に、前足2本を上へと振り上げ震脚のように振り下ろした。

地にその足が触れると同時、瘴気が、その身に纏った雷が波紋状に周囲へと広がっていく。

少し離れている私にはその被害はない。

だが剣が触れる距離に居る灰被りはそうではない。


しかし彼女はそれを避ける素振りも、防御する素振りも無い。

ただそこにあるがまま、フールフールに灰の剣を振り続けている。

瘴気や電撃が彼女の身体に触れると共に灰へと、彼女の剣に吸収されているからだ。


『ふふ、ハハハハハッ!!何度、何度やったと思っている!こちらの攻撃も効いていないようだが……それでも灰の者も、狐の者も、どちらの攻撃も我には効かぬッ!!』


だが幾ら剣を振ろうと傷は付かない。

傷は・・ついていない。

フールフールの身体が灰にまみれていくだけで、全くもって効果があるようには見えない。

……これは私も行かないと。

瘴気と電撃が次第に収まっていく。

それと同時、私は『脱兎之勢』を構築しフールフールの懐へと飛び込んだ。


「【衝撃伝達】、【血狐】合わせて」

『――了承』


拳を握りしめ、それに合わせるように全身に纏っていた血の鎧が形状を変えていく。

手の周囲からだけ【血狐】は消えていく。巻き込まれるからだ。

勢いのままその堅い外皮に対して腰を入れて拳をぶつけた。

瞬間、私の【衝撃伝達】の効果によって衝撃が発生し、獣人の膂力と共に牡鹿の身体を叩いていく。


血は出ていないものの、拳を叩きつけると共に発生する衝撃波は確かにフールフールの内部を破壊していっているはず……なのだ。

灰被りの剣が全く効いているようには見えないのだから、少ないダメージでも徹っていくであろう私の攻撃をぶつけるしかない。