Chapter2 - Episode 23


数日後。


「……よし、試してみよう」


本を何度も何度も読み返し、ゲーム内で自分の解釈や色々と書き出すのに使った羊皮紙が散らかった宿の部屋の中心で、私は1枚の羊皮紙と羽ペンを持っていた。

羽ペンを自身の腕に突き刺し血をインクとして、羊皮紙に文字を……現実には存在しない文字を書いていく。


ミミズが這ったような文字を5文字ほど書いてから、私はその書かれた文字に指を這わせ……自身の身体の中にある液体のようなものを操ろうとする。

【血液強化】で燃えていた何か、それを操り指の先から羊皮紙へと伝わせ、そうして自身の血で書かれた文字へと到達させる。

その5文字全てにそれが到達した瞬間、変化は訪れた。


羊皮紙を中心に霧がバシュゥという音と共に生成され始めたのだ。

それと同時に、羊皮紙に青い炎が灯り燃え尽きていく。手で持っていたのに熱を感じない、ダメージを受けない不思議な炎だった。


「……よっしゃあ!出来たー!!」


しかしながら、私の中ではそんな不思議な炎よりも目の前で起きた現象の方が今は重要だった。

数日間、私が行っていた魔術言語の習得。これはその応用だ。


実を言えば、習得自体は2日ほどである程度までは出来るようになっていた。いたのだが……この魔術言語というものを知れば知るほどに、習得するだけでは意味がない事が分かってしまった。

言語だけでは成立せず、それを『魔術』言語として成り立たせるには、自身の中の魔力を操作……MP操作技術とも言うべき別の技術が必要だった。

その技術を習得するのに更に何日か。


そうして今日、やっとそれが形になったのだ。

まだまだMP操作技術自体は拙いものの、それでも羊皮紙に書いた魔術言語を作動……成立させる事が出来るくらいの技術を身に着けることが出来た。


この魔術言語というものは、ローグライクなどでいうスクロールや消費型のスペルなんかを作成するのと似たような物だ。

言語と言語を組み合わせる事で、目的とした現象を引き起こせるような機械を作り上げ、それを動かす燃料という名のMPを注ぐ。

そうして出来るのが私が今回引き起こした『霧の発生』のような現象という名の製品だ。


「おぉっと、このままじゃ霧が外に出ちゃう」


慌てて『白霧の狐面』で霧を操作し、私の周囲に集めるようにして部屋の外から出ないようにしておく。

煙にも似た霧は、下手に外に出てしまうと危ない事をやっているのではないか?と疑われてしまうからいけない。


「魔術言語……これかなり重要な知識だなぁ。【創魔】で創れる魔術が規定通りの正規品、こっちで起こせる現象は違法な製造ラインから造られた製品って感じ」


知っている者と知らない者とでは明確に差が出る知識、技術だ。

特にPvPなんかでは、相手に習得魔術数を勘違いさせるのに使えるだろうし……その場で新しく書けるのならば、相手に合わせた対応なんかも出来てしまうほどには便利なものだ。


「とりあえずこれ全部片づけるか……応用はその後にしよう」


床に散らばっている羊皮紙なんかを一度片付け、その後私は久しぶりに宿の部屋の外へと出て『惑い霧の森』、その劣化ボスと戦えるエリアへと向かった。



朽ちた神社、こちらを睨み唸る白狐を前にして、私はにっこりと笑う。


「さ、今日も検証相手お願いね?」


その言葉に自我がないはずの白狐が一瞬びくりと身体を震わせたような気がしたものの……そんな反応された所で今更止めるつもりもないため続行した。


まずは実際に魔術言語を戦闘中に扱うほど余裕が出来るかどうか。

これについては成功した。但し改めて新しく書き記すには相手の足止め、もしくは目晦ましが必須ということも分かった。

……まぁ今回は白狐が相手だったし他の相手ならまた別かな……。


使い勝手自体は悪くない。

そもそも自身の習得魔術に縛られず……例えば私だったら攻撃魔術が近接寄りばかりで、遠距離攻撃があまり出来なかったのを、魔術言語を扱うことで疑似的に後衛のように立ち回る事が出来ているのだから当然だ。

但し、1回使用するごとに燃えてしまうため制作コストという点を考えると、これをメインにするのはやめておいた方がいいのだろう。


「……あ、そういえばMPを流せばいいだけなら魔術が発動してるときに触れたらどうなるんだろう」


白狐を倒した後、私は少しばかり気になったことを試すことにした。

白狐との戦闘?今更特別何か言うことはないだろう。困ったら【血狐】か自身が体内に入り込んで腹を中から打ち破るという、非道な戦術を駆使できるのだから。


足元に霧の発生を意味する魔術言語を記した羊皮紙を置いて、【衝撃伝達】を発動させた足で軽く触れてみる。

瞬間、霧が発生し羊皮紙が青い炎に包まれ消えていく。

【衝撃伝達】の方は……発動が解除されている。


「成程、解除される……もしくは魔術言語に必要な分のMPが吸われて、魔術の維持が出来なくなったとかかな。じゃあこっちはどうだろう?【血液強化】」


続いて発動させるは【血液強化】。

身体の中の何かが……MPと、恐らくHPが燃えていく感覚を味わいながら、新しく取り出した検証用の霧発生羊皮紙に触れてみる。

すると、一気にMP消費が加速しつつ魔術言語が作動し霧が発生した。

【血液強化】は……解除されていない。

しかしながら、バフの残り時間が大幅に削られていた。


「オーケィ、所謂消費系……【衝撃伝達】とか【魔力付与】みたいな1回MPを使ったら効果を発揮する系統の魔術だと吸われて解除、【血液強化】や【血狐】みたいに時間や一定値を下回らないと解除されない系は解除はされない代わりに残り時間とか個体値が吸われる、と……馬鹿みたいに強いなぁこれ」