HPを十分に回復させた後。
私は再度最初の部屋の中で【血狐】を発動させて、血の狐を出現させる。
思い返せば、何故私が先頭に立って進もうと足を踏み出したのか全くもって意味が分からない。
HPを減らしてまで出現させた液体の魔導生成物がいるのだから、先行させて安全を確認すればいいということに何故思い至らなかったのか。
新しいダンジョンを見つけた、面白そうな特性だったから……ということでテンションが上がっていたのだろう。少しだけ恥ずかしい。
「いい?先に進んで、罠っぽいのがあったら破壊出来るか試してみて」
私の言葉に頷き、最初の部屋から通路に続く扉の前へと立つのを見ながら私は『熊手』を片手に『白霧の狐面』によって霧を発生させる。
私1人の場合、現状だとどうしたって『霧の社の手編み鈴』による索敵を使える状況にしておいた方が安全を確保しやすいからこのプロセスは必要なのだ。
装備の効果で霧の中に居れば敵に見つかる確率も下がるため、そちらも狙ってはいるのだが。
……よし、いこう。
ある程度霧を発生させた段階で1つ頷いて扉を開ける。
先程爆弾が爆発した通路は、爆発した後と変わっておらず何か新しい目立つ罠が出現している様子もない。
私はそれに少し安堵しながら、【血狐】をとりあえず爆弾があった辺りまで歩かせてみる。
すると、だ。
【血狐】が通った後に、少しばかり赤黒く光る線のような物が複数残る。
私が歩いていれば、丁度足の付け根辺りに当たる位置に存在するそれは……恐らくは罠の起動用の糸だろう。
……うん、血で見えるようになった。
最初からこうやって進んでいれば……と思うと色々と頭を抱えたくなるが、それでも攻略の第一歩を進むことが出来たと考えるといいだろう。
爆心地まで辿り着いた狐は、その周囲の床をたしたしと前脚で叩く。
どうやら何かが埋まっているのだろう……こちらを確認するように見てくる狐に頷いてGOサインを出してみる。
すると、一度狐の形を崩したかと思えば、そのまま石煉瓦の床にある隙間からその下へと入り込み……ベギッという何かを破壊するような音が複数回響いた。
「……元が液体って、便利だなぁ」
床から戻ってきた【血狐】を見ながら、私もとりあえずあそこまで進もうと気合を入れる。
といっても、道中にはまだ糸が……どんな罠に繋がっているのかも分かっていないものが存在しているのだ。
私が何も考えずに【脱兎】、【衝撃伝達】、【血液強化】の3つを併用しこの通路を駆け抜けられるほどの考え無しだったら良かったのだが、無駄に考えてしまう頭が付いているためどうしたって考え込んでしまう。
「【血狐】、壁に罠ってある?」
考えた結果……考える事を放棄した。
何を言っているのかと思われるかもしれないが、私が自らやるよりも一番確実な方法をとっただけだ。
【血狐】はそのまま右側の壁へと近づいていき……不意に通路の奥、薄暗く見えていない方へと顔を向けた。
何かと思い、私も霧の範囲を広げて『霧の社の手編み鈴』を鳴らしてみれば……1つの矢印が出現していた。このダンジョンの敵性モブの登場、という事だ。
しかし不思議なのは、何故かパラパラと上から砂が落ちてきていることだろうか。
まるで爆発が連続して起こっているような……そんな音も聞こえてきている。
嫌な予感が私の頭に過る。
……いやいやいやそんなわけ……。
流石にこのダンジョンはそこまで性質悪くないだろう。
そう考えつつ、一度【血狐】を最初の部屋まで戻らせ通路の奥を注意深く観察する。
すると、だ。
爆発音が徐々に大きくなっていくにつれ、人型の何かがこちらへと向かって笑顔で走ってきているのが見えてしまった。
「バッカじゃないの!?」
その人型の姿が徐々にきちんと見えるようになっていく。
所々の関節が球体となっており、服のような物は着ていない。
表示名は……ルインズパペット。直訳で遺跡の人形。
その後ろでは壁に矢が、火炎放射が、罠の定番と言うべき転がる岩が、そして爆風がルインズパペットを追いかけるように発動しては他の罠とぶつかり消えていく。
私は【血狐】が最初の部屋に入ったのを確認すると、勢いよく扉を閉める。
流石にアレを相手にするつもりも覚悟もなかった。
扉を背に、私は座り込む。
「……もしかして、アレって『遺跡』の特性の方のモブ……?『蝕み罠』の方の罠に掛かりまくってるのは悪い意味でダンジョンの特性同士が組み合わさった結果ってわけ……?」
私よりも先に居たあのプレイヤー達も似たようなものを見たのだろう。
どうせならそれに関しても教えてくれたら良かったのに……と思わなくもないが、そこまで教えるほど親しい間柄でもない初対面同士だったため、彼らを責めることは出来ない。
部屋の外では今も爆発音や何かが風を切るような音、重い物がぶつかるような音が聞こえてくるものの、やはり最初の部屋は準備用の部屋……一種のセーフティエリアのようになっているのか、こちらにまで被害が及ぶことはなかった。
精神的にはガリガリと何かが削れていってはいたが。