そのチャンスは予想よりも早くやってきた。
時間と共に増えていく土の弾幕の中から、まるでダメージがないかのように白蛇が砂煙の中から顔を出したのだ。
当然、後衛2人による砲撃は出てきた顔に集中するが……先程まで無抵抗で受けていた時とは少し様子が違った。
白蛇が舌をチロチロと出しながら、視線を前へ……土の砲撃の方へと向けた瞬間。
その顔の前に水で出来た壁のような物が出現し、それに命中した砲撃の勢いを弱め地面へと落としていく。
分かりやすい防御手段。プレイヤーも真似すれば作れそうな……言うなれば、良くファンタジー系の物語に出てくるウォーターウォールやシールドなんかと言われる補助魔術。
それと共に、白蛇の周囲に水の球が複数出現しそれらが約半数ほど私の方へ、それ以外がフィッシュや後衛組の方へと飛んでいく。
先程までの攻撃手段を考えると少しは喰らっても問題なさそうな攻撃ではあるが、似たような攻撃を味方がウェーブ防衛中ずっと行っていたのを見てきたのだ。見た目以上に威力が出るのを知っている。
「よっ、ほっ!【衝撃伝達】!」
飛んできた水球を初めは跳ぶように、次いで【動作行使】によって発動させた【魔力付与】をテニスのラケットのように変化させ撃ち消したりしながら対応していく。
たまにどうやっても身体に当たりそうな軌道のものから避けるため、【衝撃伝達】を発動させ緊急回避を行いながら、私は白蛇へとじりじりと近づいてタイミングを計る。
一気に近づいてはいけない。それをやってしまうと、人1人ほどは簡単に丸呑みに出来そうなほど大きな口で攻撃されたり、最悪の場合タイミングを合わされ毒液を喰らってしまう可能性も考えられるからためだ。
恐らくミストシャークと同じようにピット器官のような能力が備わっているであろう白蛇に、一時しのぎの手段である【霧の羽を】は効かないと考えた方がいい。
白蛇の方も、徐々に距離が近くなる私に気が付いたのか、その身体をずるずるとこちらへと向かって近づけてくる。
一度攻撃を無力化したから油断している、というわけではないだろう。
それならばもっと勢いよく我武者羅に近づいてきて噛みつきの1つや2つはしてくるはずだ。
蛇は狩りに関して言えば、計算高い生き物と言われるほど頭が切れる。
現実で行われた実験ではムカデ相手に、頭や目に攻撃を喰らわないよう頭を上げて近づいたり、自身の毒がムカデの身体に十分に回るまで手を出さずじっと待つことが出来る程度には相手の事を知り、そして自身の行動に反映させられる生き物だ。
そんな生き物を元に設計された敵性モブが、ただただ近づいてくるだけと考えられるだろうか?
考えすぎ、と言われてもいい。考えて考えて尚その予想を下回るのなら、対処がし易いのだから。
考えず、予想外の一撃を喰らうよりずっといいだろう。
お互いにじりじりとその距離を詰めつつ、こちらは新たに生成された水球を、あちらは今もなお射出されている土の砲弾を避け、防いでいく。
何故ここまで私にヘイトが向いているのかは……まぁ、なんとなく理由を察する事くらいは出来る。
『白霧の森狐』から話された内容から、目の前の白蛇も浄化されにこの場にやってきているのだろうことは考えられる。
しかしながらこの場に浄化できる存在……つまりは『白霧の森狐』が代々仕えていた家の者はいない……が。
その家の者に近しい匂いや力を持っている
それは
「……ごめんねぇ。私にそんな力はないんだよ」
バックストーリーと言えど、事情を知ってしまった今。
一直線にこちらへと向かってくる白蛇を見て、思わずそんなことを呟いてしまう。
恐らくは創ろうと思えば魔力を発散させるような魔術を創れるのだろうし、既に創造して掲示板に書き込んでいるプレイヤーもいるのかもしれない。
だが現状の私がそれを行う術はなく、口から出た言葉も言ってしまえば自己満足のためのものだ。
「【衝撃伝達】」
ある程度近づいた距離を、一気に詰めるべく魔術を発動させる。
私の狙いを察してくれたのか、フィッシュは身体強化系の補助魔術を再度発動させて、いつでも私をアシストできるように待機してくれている。
後衛組の2人も、砲撃を一瞬止めて私に流れ弾が飛んでこないようにしてくれた。
それを確認し、少しだけ頬を緩ませながら脚に力を入れ地を蹴り加速する。
一気に距離を詰められるとは思っていなかったのか、白蛇が一瞬面食らったように身体が固まったものの……威嚇するように口を大きく開き、周囲に水球を出現させる。
こちらの勢いを殺し捕らえようとでもしているのか、私の目の前には水の壁が複数出現するものの、脚を使い無理矢理方向転換を行ってそれに当たらぬように近づいていった。
その後は一瞬だった。
ほぼ零距離まで近づいた私は『熊手』を上から振り下ろすことで【魔力付与】を発動させ、同時に形状変化を行い、直剣のように刀身を長くする。
白蛇の方はと言えば水球をこちらへ放ちながら、大きく開いた口から緑色の半透明な液体を出現させて頭に纏うように操った。
十中八九、先程からこちらへと飛ばしてきていた溶解毒だろう。
そのまま私は脚を軸に半身だけ右に回転し、切り払うように『熊手』を振るった。
蛇は少し身体を後ろに下げる事でそれを避けようとしたものの、形状変化によって魔力の膜を無理やり長くしてそれを許さない。
先程までと同じならばそのまま切っても白蛇にダメージを与える事は出来ないだろう。
しかしながら、私の振るったそれは一本の赤い線を白蛇の身体に刻み込むことに成功していた。