Episode8 - D1


--【世界屈折空間】


「さて、じゃあどこに行こうかな」


次の日。

私はある程度の準備を整えた上で【世界屈折空間】へと侵入していた。

といっても、準備したのは回復用のポーション数個程度。

バフ系はまだ値段が高くて手が出せず、お友達はセットでついてこない為にまたソロでの挑戦だ。


「前回は【墓荒らしの愛した都市】で、名前通り……名前通り?都市のダンジョンだったから……うん、次は自然が見たいな」


残るダンジョンは3つ。

その中でも、自然を見る事が出来そうなのは【峡谷の追跡者】だろうか?

手に紫煙外装を呼び出しつつ、青の門への目の前へと立った。


「HP、STゲージは両方満タン。回復アイテムも大丈夫。煙草は……うん、箱で持ってきてるね。一応灯りも……蝋燭だけど持っては来てる」


最終確認を行い、数回息を吸って吐いてを繰り返した後。

私は青の門の中へと足を踏み入れた。



--【峡谷の追跡者】1層


【ダンジョンへと侵入しました:プレイヤー数1】

【PvEモードが起動中です】

【どうやらここはセーフティエリアのようだ……】


「よし、侵入成功。……失敗ってあるのかな、怖いな」


適当な事を言いながらも、私はセーフティエリア内に何が存在しているのかを確かめ始める。

今回のセーフティエリアは石造……石が積み上げられて造られている部屋のようで。

灯りは扉近くに設置されている燭台の光しかない。

……今回は別にここで確認する事もないからさっさと出よう。


手にしっかり手斧が握られている事を確認してから、私は扉を開く。

すると、だ。


「うっわ、すっごい」


目の前にあったのは、谷。

私の左右には崖が存在し、遥か上に青空が存在しているのが見えている。

距離が遠すぎる為か、それとも崖の所為か、空からの光はほぼ届かない。


「これは苔、かな……?」


だがしかし、私の周囲には金緑色に光っているモノが存在していた。

そこらに転がっている岩などにこびりついているように見えるソレは、苔だ。

リアルでも存在している、僅かな光を反射する性質を持つ苔。


「ヒカリゴケ、って奴かな。余裕があったら採取していこう」


どうやら蝋燭を取り出さなくても良さそうな状況に一安心しつつ、私は前へと歩き出す。

というか、道が前にしかない為に前にしか進めない。

私が出てきたセーフティエリアの背後はこれまた崖であり、どうやっても進むことが出来ない壁が存在しているのだ。

……どんな敵が出てくるか楽しみではあるね。

既に自然を見るという目的は達成されているが、それはそれ。

私は観光ではなく、攻略、挑戦に来たのだから、先に進むのだ。




峡谷内を歩いて暫く。

私は近くにあった岩の陰に隠れるようにして息を潜めていた。

……これはちょっとキツイか?

ザッザッザッ、という砂の上を歩く音と共に、複数の息を短く吐く音が聞こえている。

私以外のプレイヤーは存在しない現状、確実に敵性モブではあるのだろうが……問題は数だ。

聞こえてくる情報だけで言うならば、少なくとも3体は居るだろう。


……行くか?一旦死ぬのも手ではあるよね。

失うものは少ない。

このSmoker's Gardenというゲームにおいて、デスペナルティというものは軽い。精々が数十分ほどステータスにデバフが掛かる程度だ。

私ならばその数十分を生産作業に当てていれば良いだけの事。

それにどんな敵性モブが出てくるのかを把握出来た方が、今後には良い……はずだ。


息を呑み、手斧をしっかりと握りしめる。

それと共に、私は1本の『硝子の煙草』を取り出し口に咥えてから岩陰から飛び出した。


『ギャゥ!?』

『グルゥゥゥ……!』

『バウッ!ガルゥ……!』


そこに居たのは3匹の灰色の狼。しかしながら、全ての個体が赤紫色のオーラを纏っていた。

それが何を意味するのか、それを考える前に私は動き始める。


3匹の内、私が飛び出した事に驚いている1匹に近づき、手斧をその頭へと振り下ろす。

1回、2回と振り下ろした後、その場から離れる為に大きく背後へと跳んだ。

瞬間、私の居た位置に残る2匹が跳び掛かる。


「危ない危ない。……今ので死なないんだから現実とは違うよねぇ」


私が頭を攻撃した狼も、それ以外の狼もまだまだ元気だ。

相手のHPが見えない分、今の攻撃でどれくらい減ったのかも分からない。


「こりゃそこら辺のスキルは取った方が良さそうかな……っと、起動起きて


軽く手斧を叩く。

それと共に、紫煙の斧が私のすぐ近くへと作り出されつつ。

何やらこちらを警戒しているのか、手を出そうとしてこない狼達に対して軽く手斧を投げた。


「あは、多が個に対して様子見は負けフラグだよ」

『ギャンッ……!』


構築途中でありながら、紫煙の斧も手斧を追うようにして射出される。

2匹は何とか左右に避けていたものの、1匹……私が頭を攻撃していた狼だけはその2つの投擲を直に喰らい……光となって消えていく。

……戦闘中はログが流れないってことかな。まぁ良いや。

姿が消えていくのを視界の隅に捉えつつ、私は左側に避けた方へと距離を詰める。


最悪、敵に攻撃出来る位置に行くまでは無手で良い。

何時でも呼び戻せるのだから。

狼にしては動きの鈍いソレに対し、僅かな違和感を覚えつつ……手が触れられるほどの距離へと近づいた所で、勢いをそのままに蹴りを入れる。


「動物愛護の精神はあるっちゃあるんだけどね。正当防衛って奴も適用されるべきだと、私は思うな」


蹴りの勢いで軽く飛んでいく狼に対し、手斧を呼び戻してから再度投げる。

飛んでいく手斧を最後まで見る事はしない。何故なら、


『ガゥッ!』

「おっと危ない」


背後から最後の1匹が迫って来ていたからだ。

だが音が隠せていない。

砂を踏む音、息を吐く音、時折する唸り声。全てが全て、私に狼の位置を教えてくれる材料となっていた。


飛び掛かってきた狼を屈んで避け。

通り過ぎそうになるその身体の、尻尾を掴む。


「おぉ!?結構力あるな?!」

『グゥ……ギャンッ!ギャンッ!』

「何言ってるか分からないや、ごめんね?」


身体の勢いに持っていかれそうになったものの、何とか耐え。

私はそのまま地面へと狼の身体を叩きつけるようにして降ろす。

それと共に胴体を踏みつける事で拘束してから手斧を呼び戻した。


「さ、これで終わりだ。……おっと、先に停止しておかないと」


紫煙駆動を停止させてから、私は狼の頭へと何回も何回も手斧を振り下ろす。

途中、血が私の顔へと飛んできたが……まぁ気にしなくていいだろう。どうせ光となって消えるのだから。


【マノレコを討伐しました】

【ドロップ:狼の毛皮×3、魔結晶微小×1】


「……ん?なんだコレ」