第39話 約束と笑顔

ぱちり、と、アイビーが最後にギミックをいじり終えた。

グラスルーツ管理室は、いつものように静かになった。

「お帰りなさい。ベアーグラス」

「ただいま、アイビーさん」

ベアーグラスはしっかりと答えた。

「それで、どうするのかしら」

アイビーはベアーグラスに問いかける。

「エリクシルは、危険なこともするわ。みすみす戻ってくるの?」

ベアーグラスは微笑んだ。

「みすみす戻ってくるんです」

アイビーは微笑みながら、ため息をついた。

「それがあなたの選ぶ道なら」

「約束したんです」

「誰と?」

「アイビーさんも知っているくせに」

「ええ、知ってるわ」

「じゃ、再登録してきますね」

「泉の位置は変わってないわ。相変わらずクロが管理してる」

「部屋は?」

「いじってはいないわ。表札だけプミラにいいのをつけてもらうわ」

「じゃ、連絡お願いします」

「ええ」

アイビーはギミックに向き直った。

タムは呆然と、女同士の会話を聞いていたが、

ベアーグラスがタムのほうをむいた。

「ほら、再登録に行くんだから」

「あ、はい」

タムが退こうとすると、ベアーグラスはタムの手を握った。

「一緒に行こう」

ベアーグラスは微笑んだ。

「それじゃ、再登録したら、部屋に戻ってます」

「仕事があったらグラスルーツで連絡を入れます」

「了解しました。さ、タム、行こう」

タムは引っ張られるようにして、クロのいる登録の泉へ向かった。

二人の歩幅はあまり変わらない。

ベアーグラスはしっかりと歩いている。

影法師だったのが、うそみたいだとすら思えた。

それでも、タムはどこかベアーグラスを儚く思った。

感情の名前はよくわからないが、まずは守りたいと思った。

「っと、ここね」

タムとベアーグラスは、クロのいる泉の扉の前にやってきた。

ベアーグラスがノックする。

「はいはい」

扉が開き、緑のバンダナをしたクロが現れる。

「あ、ベアーグラスじゃんか」

「再登録しにきたの」

「へいへい、じゃ、ベアーグラス壊れた時計を準備してな」

「わかった、じゃ、タム、ちょっと行ってくるわ」

「うん」

タムは答え、扉の前で待った。

扉はベアーグラスを受け入れると、閉まった。

登録はそんなに時間がかかるものではない。

タムはぼんやりと待った。

どうして、ベアーグラスは約束して戻ってきたんだろう。

約束が裏側の世界の祈りだから?

祈りや約束に束縛されて、わざわざ、なんでも屋に来ることもないだろうにと思った。

扉の開く音がした。

「それじゃ、確かに登録した」

「ありがとう」

短い会話をして、扉は閉まった。

「それじゃ、部屋に行こうか」

ベアーグラスは歩き出そうとする。

「あの」

タムが声をかける。

「なんで、戻ってきたんですか?」

「約束だけじゃ理由にならない?」

「えっと…」

「泣きそうな君の記憶だけじゃ、理由にならない?」

「あの…」

「私はもともとここにいて、銃弾砕いていろんなことしてた…」

「ベアーグラスさん…」

「危険なのは、取り戻した記憶からも承知。それでも戻ってきたのは…」

「戻ってきたのは?」

「君の笑顔に会いたかったから」

ベアーグラスは微笑んだ。

「守りたいものがあるっていいことよ」

「僕もあなたを守りたいです」

ベアーグラスは、少し驚いたらしい。

そのあと、柔らかく微笑み、

「ありがとう」

と、タムに告げた。


二人はおおよそ3階にある、部屋のたくさんあるところへ向かった。

上り坂、階段、いろんなことを話しながら。

ごとーんごとーんとギミックのなる音が聞こえる。

「ちょっと見ない間に、ギミック増えたような気がする」

「プミラさんががんばったんでしょう」

「いろいろ便利になってるのかしら」

「多分」

部屋のあるおおよそ3階に来ると、

扉が並んでいた。

タムは前に立って歩くと、

「ここが僕の部屋です。アジアンタム」

「私の部屋の隣じゃない」

ベアーグラスは、隣の部屋の前に来た。

タムの部屋の左隣。

確かに、真新しく、ベアーグラスと書いてある。

「それじゃあ、これからもよろしく」

「こちらこそ」


お互い挨拶をし、部屋に戻っていった。