第四十話

アルージェは完成した短剣を手に持ち、素振りをする。


最低でも一週間は鍛冶に触れられなかった時間が有ったので、少し腕が鈍っていた。

完璧とは言えない出来だったが、久々に鍛冶が出来るという情熱だけは打ち込めたと思う。


完成品を見に店主が近づいてくる。

「見せてもらえないだろうか」


「はい、もちろんですよ!」

アルージェは短剣を店主に渡す。


「こ、これは、あぁ、なんて品だ。こんなものどうしたらいいんだ」

店主は短剣をさまざまな角度から見て嘆く。


やっぱり本職の鍛治師には完璧じゃないってバレるのか。

流石生業にしている人はすごいな。

アルージェはそんな風に考えていた。


「これを売ってくれ!頼む!」

店主が頭を下げる。


「いや、あの、ちょっと待ってください」

アルージェは店主の言葉に慌ててしまう。



「頼む!言い値で買おう!いくら出せば譲ってくれるんだ!」

店主はどうしてもこの短剣が欲しい為、アルージェに縋るように頼み込む。


「店主さん落ち着いてください!」

店主はアルージェから離れようとしない


「初めに言ってたじゃないですか、売り物になるなら譲りますって、だから離れてくださいって!」

アルージェは逃げようとするが、店主にガッチリとホールドされていた。


「本当に譲ってくれるのか!?いくらだ!?いくらで譲ってくれるんだ!?」

もうこうなったらめちゃくちゃだ。

店主はアルージェを離さまいと必死である。


「タダでいいです!タダでいいですから!離してくださいって!」


「タダだって!?そんなわけあるか!これほどの傑作がタダなんてそれはありえない!俺を騙そうってんだな?そうはいかないぞ!」

アルージェにはもう何がどうなっているのか、訳がわからなかった。


「あっ、なら、一つお願いがあるんです。僕今日から冒険者始めたんですけど、武器の修理とかできるところがなくて困ってるんです。ここの工房空いてる時に使わせてもらえないですか?」


「そんなことでいいのか!?当たり前だ!もういっそ、いつでも使ってくれ!」


「いや、それは仕事にならないでしょ。ハハハ」

アルージェから乾いた笑いが出る。


「おぉそうだ、坊主聞きてぇことがあるんだがいいか?」

店主はアルージェから離れて、急に冷静に話し出す。


「なんですか?」

店主の切り替えが速すぎて、アルージェは店主に恐怖を感じたが口に出さずに答える。


「いや、グレンデっていう鍛治師を知らないかと思ったんだが、知ってる訳ないよな??」


「グレンデ?あぁ、良くある名前なんですかね?僕の師匠と同じ名前ですね」


「そうか」

店主はその言葉を聞いて、足の力が抜けそうになったがなんとか持ち堪える。


世間ではグレンデは死んだとされていた。

消息不明になって早十年以上が経過していた。

この十年の間一度も名前が出てこなかったからだ。

いまだにグレンデが作成した武器に熱狂的なファンがおり、オークションに出るとかなり高額で取引されている。


多分この事実を公表すれば、グレンデを探し出そうと躍起になるものも出るだろう。

だが、店主は何も聞かなかったことにしようと決めた。


「あっ、もう外が暗くなり始めてるや。そろそろ帰らないと!ありがとうございました!久々に武器作れて楽しかったです!んじゃ作ったものは置いていきますね!また修理とかの時来ますね!」

アルージェはカウンターの上に作った自身が作った短剣を置いて、ルーネに声をかけて鍛冶屋を後にする。


宿屋への帰り道、背中には乗せてくれているが、ルーネはお腹が空いて非常に不機嫌だった。

「ルーネ!待たせて悪かったってばー!こんなにかかると思わなかったんだよー」


宿屋の近くに着いても、ルーネがこちらを全く見てくれない。

かなり不機嫌なようだ。


「あっ!ルーネ!あれ食べたいって言ってなかった!?今日ならあれ買ってあげるよ!」

生クリームのたっぷり入ったパン。

俗に言うシュークリームである。

今のアルージェにはかなり高級品といえるが、ルーネの機嫌を損ねるのは遠慮したい。

それなら食べたいと言っていたもので、釣るのが一番である。


「ガウ!?」


「食べたいって言ってたでしょ?記念すべき初依頼終えたし、機嫌直してくれたら買ってあげれるけどなー?」

ルーネは目をキラキラと輝かせて、首をブンブンと縦に振る。


「なら、あれ買ってあげるよ!」


嬉しさのあまり、尻尾が高速で回っていた。


「ハハハ!何それ!もう、尻尾振るってレベルじゃないじゃん!」

アルージェはルーネの挙動を見て、楽しそうに笑う。


シュークリームを売っている屋台はもう閉める準備をしていた。

「すいませーん。まだ空いてます?」


「らっしゃい!もうそろそろ閉めようとしてたんだが、ギリギリだぜ。いくつにする?」


「えーと、」

アルージェはルーネの方を見てどれくらい欲しいのかお伺いを立てる。

ルーネからいっぱい!いっぱい!と脳内にテレパシーの様に響く。


なるほど、契約してるとこんな簡単に意思疎通できるのか。

アルージェは関心しながら店主の方へ向き直す。


「あー、ならこれで買えるだけください」

今日の依頼でもらったお金を全て出す。


「おぉ!にいちゃん!ありがとな!もう今日は店閉める予定だったしおまけしとくよ!よ、男前!」


「ありがとうございます!」


「容器はおまけだ!また来てくれよ!!」

店主からはかなりの量のシュークリームが入ったバスケットを渡される。


「ルーネ、ほら帰ろ?」


「バウ!」


宿屋に戻るとカティさんが受付に立っていたので、一人前の食事を部屋に持ってきて欲しいと頼む。


部屋に入った途端にルーネはアルージェからシュークリームの入ったバスケットを奪い取る。


そして、バスケットを器用に前足で開けてガツガツとシュークリームを食べる。



「めちゃくちゃガッツクじゃん。そんなにお腹減ってたんだ?ごめんよー」

アルージェの言葉に反応もしないでガツガツと食べてバスケットは空になっていた。

それでルーネは満足したのか、床をゴロゴロと転がっていた。


アルージェはゴロゴロと転がっているルーネを見ながらカティさんが持ってきてくれたご飯を食べていた。


「機嫌治ってよかったぁ・・・」

ふと、腰に携えているアイテムボックスをチラリと覗く。


「はぁ・・・。明日も頑張って働かないとな・・・。いっそ専属の運び屋もありか・・・?いやきっと懐が寒いのは今だけだ」

今後ルーネがお腹空かして不機嫌にならないようにしようと心に決めたアルージェだった。