この間私の嫁ぎ先候補に出ていた人たちではない、知らない名前だ。
雇う、という言葉も気になった。
どういう待遇なのだろう。
魔力が必要だという事は、魔力切れが起こるまで何度も魔導具に魔力を入れさせられるのだろう。
もし契約されてしまえば、セオドアが迎えに来てくれても介入できないかもしれない……。
私がどうするべきか考えていると、義母と義妹がわざと私に聞こえるようにこそこそと話す。
「まあ、ガランドといえばあの辺境の地の……!」
「あの地であれば、魔導具に魔力を入れるだけの人が必要なのは頷けますわ……。でも、ガランド公爵様だなんて……お姉さまがかわいそうだわ」
意味ありげに義母と義妹が私に目を向けている。
まるで嘲笑するように発せられる言葉に、私は思わず二人に聞いてしまう。
「ガランド公爵様は……有名なのですか?」
ガランドとは北の方にある領地で、とても寒く魔物が多いと地理で習った。
しかし、王族の直轄地で、治めている領主はいなかったはずだ。
「お前がお相手を知らないのでは失礼に当たるか……。ガランド公爵は、今回の登城でガランド領を賜わりその名となった。もともとは戦場に行っていて、爵位はあるものの領地は持っていなかった。ガランド領はもともとガランド公爵がずっと戦場として向かっていたところでもあるので、まあ順当ではあるが」
嫌そうに父が説明してくれると、義母は馬鹿にしたように笑った。
「あなたは知らないのね。ガランドは極寒の地で、魔物にあふれているのよ。民衆も貴族も魔物と戦っているためにとても野蛮だという話よ」
「このフィルセント帝国では人とは認められていない獣人も多く住むというのよ。とても怖くて住めそうには思えないけれど……お姉さまにはお似合いかもしれないわね。獣人をメイドにしているぐらいだもの」
「本当だわ。連れて行けばちょうどいいわね。獣はおいていかないでほしいわ」
私の専属メイドであるクーレルは確かに獣人だ。
彼女は家で私に割けるメイドが居ないと言われてあてがわれた子だった。
獣人というだけで、とても優しく仕事もできるので、意味もなく貶めないで欲しい。
私は彼女が大好きだった。
ガランド公爵だって、獣人を迎え入れて寒い場所で国の為に戦っていたのなら素晴らしい人だろうに、こんな風に言われるなんて。
「ガランド公爵は、かの地に追いやられる素行の悪さらしいわ。社交界には登場しないけれど、醜聞だけは嫌というほど流れているのよ。表立っていう人はいないけれど」
「ええ、私も聞いたことがあるわ。ずっと戦場に行っているために会ったことのある人なんていないけれど、実は凄く酷い顔だから、社交界には出られないって」
「野蛮だし、平民の女性と遊んでいるんですって……恐ろしいわ。とてもじゃないけれど、カノリアには関わってほしくないわ」
「お母さま。お姉さまは獣人が可愛く見えるくらいですもの。案外気にいるかもしれなくてよ」
くすくすと二人が笑いあう。
いい噂がある人ではないようだ。私を雇いたいという話だから、大げさに言っているだけかもしれないけれど。
「伯爵家の次男だったらしいし、公爵だなんてそれこそ不相応よね」
「野蛮な方には地位と名誉を与えるからずっとガランドから出て欲しくないという表れではないかしら」
楽し気な二人に言い返したくもあるが、結局何も口にすることは出来なかった。
何故か父と兄は二人にまったく同意せずに、厳しい顔をしている。
父はともかく兄までもが不機嫌なのが不思議だ。
兄はいつもであれば、私が不幸であればあるほど喜ぶというのに。
「父上、この話今からでもお断りすることはできないのですか?」
「それは……難しい。今圧力をかけられたら、この家は」
「ですが、王太子殿下は……」
「それでも領を賜ってしまったではないか……」
二人が何やらひそひそと話し始めた時、執事が入ってきた。
「旦那様、お客様がお見えです」
「もう来たか……入っていただいてくれ」
父が不快そうに言い、兄は神経質そうにこめかみに手を当てた。
執事が扉を開けると、見知った顔がにこやかに入ってきた。
思わず声が出そうになり、慌てて手で口を押える。
「今日はお招きありがとうライガルド侯爵」
セオドアだ。