第72話「意外なつながり」

 目論見通りの予定通りではあるが、裏闘技場への出場は一つのターニングポイントだった。


「んで? どうすんだ? オレ様としちゃあ、下着剥ぎ取りデスマッチのほうが絶対ウけると思うが」


 あのアイヴィー・プリンセスがとなれば裏闘技場の存在を知る客はこぞって集まるだろう。

 なんなら表で行われる純粋な武を競い合う戦いよりも、こういった娯楽性の高い催しのほうが好きな人間だっている。


 下手をすれば初戦に限ってなら、表闘技場よりも多くの人が集まるかもしれない。


「収入的な面もを見てもそうだろうな」


 他人事のようにフォウルは頷いた。

 勝とうが負けようが命の心配はなく、それでいて表で戦うよりも大きな金銭が得られる。


 アリサとの新婚旅行費を稼ぐという目的だけを考えるのなら、すぐに叶うと言ってもいい。


「が、戦いのレベルは落ちるし。俺の訓練にはならないんだよな」


 バルドを待つ間に、フォウという壁は大きくなれば大きくなるほどいい。

 今のままであってもBクラスからAクラスに上がるまでは圧倒劇を続けられるだろう。

 しかしながらAクラスでの戦いは負けるとまでは言わずとも、今までのような戦いの内容にはならない。


「それに、今ついてる女ファンにはそっぽ向かれるだろうな。良くも悪くも、高嶺の花ってイメージがアイヴィー・プリンセスにはある」


 再度フォウルはクリエラの言葉に頷いた。

 それこそ収入面以外にメリットが存在しないのだ。


 フォウとしての自分がどうなろうと構わないと思っているフォウルではあるが、目的への通じ方は考えなければならない。


「ならやっぱり」


「ま、そうだろうな。金にしてもてめぇの修行にしても、魔物相手のほうがよっぽどだ」


 あっさりと下着剝ぎ取りデスマッチじゃなくていいと撤回したクリエラだ。


 裏闘技場に関してクリエラはそう明るくない。

 ただ、バルドから中でも魔物戦モンスターバトルは人気だが、人間側の死亡率が極めて高いものだと聞いたことがあった。


 それ故に、一抹の不安を解消したいと話を振ったのだ。


 だが。


「まぁ、魔族の現れてない今なら問題ないか」


 特に気負った様子も見せないフォウルを見て、不安は杞憂に終わるだろうと思えたから。


「おう。精々アリサのために頑張りやがれ」


「ついでにバルドのためにも、って? クリエラはバルドに厳しいよな」


「ったりめぇだ。あのおっさんが何度偶然を装ってアリサにちょっかい出そうとしてきたのか覚えてんのか?」


「あー……そうだったそうだった。なら、バルドをきっちりボコせるように頑張りますかね」


 安心してフォウルの決断を支持できた。




「ミスティアスの買い取り、ですか?」


「はい。難しい、でしょうか?」


 Bクラスからは生死を問われない戦いになる。

 そのこともあって、多くのBクラス闘士は自前で武器を新調するのが通例だ。

 闘技場運営としてもその動きは歓迎するもので、かかる費用の一部負担を請け負ってすらいる。


「いえ、難しいことはありませんが……新しい武器を用意はされないのですか?」


 闘技場とガルゼスの武器防具商会、あるいは工房は持ちつ持たれず。

 フォウの人気であれば、貸し出しているミスティアスにこだわらずとも、同じかそれ以上のスネークソードを発注できるだろう。


 加えて言うのであれば、そんな人気を誇るフォウの武器を手掛けたとあれば担当した者の名前も通りがよくなる。


 広告塔としても優秀なフォウだけに、可能であれば新調してほしいと遠回しに職員は言った。


「あの武器は刃を潰されているとはいえ業物だと思います。手にも馴染みますし……可能であれば、製作者の方にお会いして、打ち直しを依頼したいのです」


「なるほど……」


 そう言った運営側の背景はあったが、フォウの言っていることにも理解はできる。

 何よりアイヴィー・プリンセスの名前はミスティアスというスネークソードとセットな面もあった。


「わかりました。では、一度上に掛け合ってみます。同時に、製作者の方もお調べ致しますので少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「はい。ありがとうございます」


 一旦席を外して奥へと消えていく職員を見送って。


「気に入ったのか?」


「そうだな。手に馴染むって言ったのも、業物だと言ったのも嘘じゃないよ」


 頭に響いたクリエラの疑問に応えた。


 ミスティアスは闘技場に寄贈されたにしてはあまり使われたことがない武器だった。

 理由としては当然スネークソードであるがために、扱えるものが少なかったことが大きいが、それだけに古くはなっていても状態はかなり良い。


 また、単純に出来栄えが非常に良かったこともある。

 フォウルがスネークソードを一定以上に扱えることは確かだが、達人と呼べるまでの域には至っていないのもまた確か。


 にもかかわらず、こうにまで応えてくれる・・・・・・武器は初めてだった。


「できれば、打ち直し以外にも装備を整えてもらえないかってな」


「あぁ、なるほど……」


 つまり、かなり腕のいい職人が手掛けた可能性が高い。


「贔屓の鍛冶屋にしたいわけだ」


「そういうこと」


 会ってみて、信頼関係を築けたのなら。


 そういう考えのもと、フォウルは動いたのだ。


「お待たせしました。支援金の代わりに、ミスティアスはお渡し致します」


「良いのですか?」


「はい。変わりと言ってはなんなのですが――」


「……?」


 言いにくそうに、あるいは申し訳なさそうに。


「ミスティアスを制作した職人は、既に他界しておりまして」


「……そう、ですか」


「その娘であれば、紹介できずとも居場所をお伝えすることは可能ですが、それでもよろしいでしょうか?」


 内心で肩を落とすフォウルだったが、娘が居たのなら技術が引き継がれているかもしれないと、職員の声に頷いて。


「名を、サクナ・フローレスと言いまして。とある娼館の下働きをしている女性です」


「……はい?」


 聞いた名前に、目を丸くした。