第64話「環境整備と布石と」

 さて、フォウルがハフストに戻ってきたのはアリサに稼ぎを渡すためだけではない。


「魔法? えっ!? フォウル魔法が使えるようになったの!?」


「あぁ。魔物討伐依頼で一緒になった人に言われてな、ちょっと教えてもらったんだ」


 言いながらフォウルは指先に炎を生んだ。


「凄いっ! フォウルほんとに凄いね! そんな才能、あったんだねぇ!」


 単純な炎であったり、水であったりを発生させるのは初級魔法と呼ばれ分類されるものだ。


 そこから形状を作る、例えば槍の形に変えたりであったりをすれば中級。

 更に形状作ったものに別の効果、追尾するであったり四散するであったりといったものを付与することができれば上級といったように認識されている。


 この分類方法は今の時代においての話だ。

 戦争が始まってしばらくしてから、魔法は実戦において磨かれさらに大規模な魔法が生まれたり、デミオークを討伐したときに使った媒体を介しての魔法。

 あるいはフォウルがバルドとの戦いで見せた魔力自体の物質化といったものが研究され、初級だなんだといった分類は風化の道を辿ることになる。


「そこまで喜ばれるとは思わなかった」


「なんで!? だって魔法だよ!? うわー……なんだろ、こういうのを惚れ直しちゃったっていうのかな! かっこいい!」


「お、おう、ありがとうな」


 自分のことのように、とはまた少し違うが。

 フォウルがそこまで喜んでいないからか、アリサはフォウルが考えていたよりも大きく、あるいは大げさに喜んだ。


 もちろん天然だ。

 勇者アリサのように変な拗れ方をしていない、婚約者アリサは純粋にフォウルが凄い人間となればその分嬉しかった。


 そんな人が自分の夫なのだという、見栄に近い喜びがないとは言わないが。

 何よりもそんな人を妻として支えられることを嬉しく感じている、同時にもっと良き妻を目指そうという発奮も。


「まぁそういうわけで、だ。新居を建てるための材木をこっちで準備しようと思ってな」


「え? でも、これだけお金あったら時間はかかるかもしれないけど……あ、もう、やだなー、そんなに私と早く二人で暮らしたいのー?」


「それもある」


「はうっ」


 ニマニマとからかうアリサへ鋭すぎるカウンターが放たれ当然ながらノックアウトを奪った。


 更には。


「新婚旅行のお金も貯めたいしな。ちょっとでも節約じゃあないけど、こうしたほうが旅行もいいもんにできるだろう?」


「はいふぉうるそれははんそくですわたしをどうしたいのかなええともうむねがきゅんきゅんしてしんじゃいそうです」


 見事なマウントからの追撃が決まった。

 まさしく反則である。アリサへ我慢しないフォウルはある意味対アリサ最終兵器とも言えるだろう。


「それで、その。あたしに夫婦漫才を見せに?」


「あ、いや。そういうわけではなくてですね」


 お花畑に飛んで行ったアリサとフォウルへ向けられるのはじっとりとしたシズの視線だった。


 本当になんで呼ばれたのか、帰っていいですかと言えたならどれほど良かったか。


「フォウさんより頼まれごとがありまして」


「フォウさんからっ!?」


 相も変わらずシズへフォウの名前は効果絶大で。

 中身はどっちも自分であるフォウルは、急に前のめりになったシズから一歩退きながらも小さく頷いて。


「機会があればシズさんへ魔法を教えてあげてほしいと」


「フォウさんから魔法を教えてと……? うぅ、ふぉうさぁん……」


 魔法に対して恐怖を覚えなくなったのは間違いなくフォウの功績だった。

 しかし、当初の予定ではシズが魔法を扱えるように・・・・・・なるというものが目的であったことに違いはない。


「俺としても、この村に魔法が使える人が増えるというのは歓迎なんです。何せ、俺はまだ出稼ぎで忙しいですし、俺がいない間に村が魔物に襲われるかもしれない不安を少しでも無くしたいのです」


「利害の一致、というわけですか」


「その通りです」


 改めて。

 フォウルがハフストに帰ってきたのはシズへ魔法を教えることが目的だった。


 理由は口にした通り、自分がいない間に村を守ってくれる人を作るため。


 今でもそうだが、アリサと新婚旅行で世界を周ることになれば簡単には帰ってこられない。

 テレポートを使えばそれこそすぐではあるが、流石にこの魔法があれば一生食っていけるなんて代物を簡単に使うわけにはいかないわけで。


 時期を見て使えることをアリサへ伝えることは視野に入ってはいるが、少なくとも当分先であることに変わりはない。


 ならばやはり、自分たちがいない間に村を守ることができる人間とは必要なのだ。


「もちろん強制はしませんが、どうでしょうか?」


「……」


 思案顔になるシズではあるが、断られることはないだろうという確信がフォウルにはある。


 村が襲われることつまり、子どもたちに危険が及ぶということだ。

 フォウの名前を出さずとも恐らく快諾していただろうし、今考えていることと言えば。


「えぇと、その。あたしは、魔女なのですけども……」


 その部分だろう。


「はい、伺っていますよ」


「大丈夫、でしょうか?」


「これもフォウさんからなのですが、初級魔法程度であれば発散? 俺にはよくわからないのですが、シズさんにとって体調を整える術になるだろうと聞いています」


「あ……」


 ぱぁっとシズの顔が明るくなる。


 自分のことを気にかけてくれていることが嬉しいと、そのまま表情が物語っていた。


「なら、是非お願いします!」


「はい、とりあえず基本だけお教えします。直に俺もまた出ますし、いない間自主的に練習できるようになることを目標に、頑張りましょう」


「はいっ!」