第62話「おとこはつらいよ」

「ちっくしょうが……」


 ガルゼスの裏通りでバルドは苛立ちを口にしながら歩く。


「ナァにが、フォウを倒すために生きてみろだヨ! クソッ!」


 バルドはフォウルの言葉を体のいい断り文句として受け取っていた。


 それもそうだ。

 今は勝てない相手だと、認めたくないものを認めた上で、バルドにしては極めて真摯に言ったつもりだった。

 だと言うのに、勝てない相手に勝てという。


 これを断りと思わずなんと思えばいいのか。


「あ゛ー……クソ……!」


 しかしながら同じくして。


 フォウルはバルド自身の見立てを否定した。

 目標を見据えることで勝てるようになると言った。


 どういう意味なのか。


 目標という言葉が妙に頭へ残った。

 残るが故に、さっさと忘れることもできず、ぶすぶすと心を燻ぶらせている。


 バルドに相手を年齢でどうのといった考えはない。

 相手が強ければ楽しめる相手、弱ければただの邪魔者。

 そして自分よりも強ければ……話をするに値し、場合によっては尊敬の念を捧げてもいい相手。


「フォウルは……つええ、超越してるっつぅか。隔絶したもンがある。だから、尊敬……尊敬、だわな? 師匠って呼ばせろなんつったんだし」


 赤子扱いと言っていいだろう、フォウルは割と必死であったが。


 寄せ付けない強さを見せつけられたとバルドは感じている。

 だからこそ、とも言えるが。何よりフォウルの動きからは想像できないほどの積み重ねを感じ取れたのだ。


 あるいは、完全に見切られていたと言ってもいい。

 こと、予想外の動きを繰り出すことに関しては並ぶものがいないだろう自分の動きをだ。


「あいつぁ……ナニが見えてやがる……」


 わからない。

 わからないが、バルドは今初めてわからないことを知りたいと思っている。


 ならば。


「……フォウに勝つため、かァ」


 フォウに勝つために生きて、勝ったとき。


 そこで初めて何かが掴めるのかも知れないと。


「しゃあねェ……って。ハハッ! 身体は正直だナァ」


 動こう。

 そう思って顔を上げれば、闘技場の入り口で。


「ねぇちゃん、フォウの試合の席、空いてるかイ?」


「まことに申し訳ありませんが。アイヴィー・プリンセス、フォウは先の試合でCランク昇進につき、準備期間として二週間試合がありません」


「……ハ?」


 見事に第一歩目で躓いた。




「そ、そのっ! ルクトリアでは、ごめんなさいっ!!」


「いえいえ。こちらこそ、あの時はいきなりで申し訳ありませんでした。改めて、アリサの婚約者、フォウル・ステラリスです。フォウさんからある程度お話は伺っています、今後ともよろしくお願いいたします」


「は、はいっ!」


 準備期間という名の休暇。


 フォウルは丁度いいとハフストに戻ってきていた。

 理由はそこそこに稼いだお金をアリサへと預けるため、そして改めてシズへと挨拶をするためだ。


「はふ~ん……ふぉうるぅ……」


「いやあの、アリサ? せめて挨拶の間くらいは、そのな?」


「いーやー」


「あ、あはは。あたしは気にしませんので、大丈夫ですよ? それに、フォウルさんを待っているアリサさんの様子も知っていますし……」


 旦那様が稼ぎをお嫁さんに渡す。


 そんなやり取りで限界フォウル好き好き乙女は何かを突破した。


 以来、フォウルの右腕を我が物だとがっしり掴んだまま頬を擦り付ける愛玩動物状態になっている。


「何より、孤児院建設に必要なお金を用意されたのはフォウルさんだと聞いています。あの時、聖水作成依頼を断ったあたしにも関わらず、どう感謝申し上げればいいのか……」


「それこそお気になさらずですよ。俺としてはハフストが賑やかになることは歓迎すべきことですし、もうご存じと言っていいでしょう、若者が少なく寂れた村です。子供の声が響くなんて想像もできなかった。感謝や謝罪をと仰るのでしたら、どうか子供たちを健やかに見守り導いて頂ければと思います」


「フォウルさん……」


 フォウルの言葉に頭を下げる他にないシズだ。


 同時に、こんな人からも逃げよう、遠ざけようとしていた自分を恥じた。


「ふぉうるぅ……かっこいいよぅ……」


「はいはい、ありがとうさん」


 新たな友人であるアリサがこうなるのも頷けるというものだ。

 いや、まだフォウルという人物の良いところを少しだけ触れたに過ぎないだろうとは思うが。


 何より。


「ふぉう、さん……?」


「はい?」


「あ、いえ! すみません。その、フォウさんに、似ているなぁって」


「そ、そうですか?」


 性別は違うが、シズの大切な友人と何処か似ていた。


 纏っている雰囲気というか、話し方であったり、考え方であったり。


「お、俺は何度かフォウさんと仕事を一緒にしただけで、親しいわけではないのですが……し、シズさんがそういうのなら、似ているのかも? しれません、ね?」


「うん? フォウル? なんで嘘ついてるの? 浮気?」


「ちがっ!?」


 目を泳がせたフォウルの言葉に嘘の匂いを感じたアリサが我に返った。


「フォウル?」


「あー……いや、その、すまん。何度か仕事中にメシ食ったりはしてな? そこでフォウさんの夢っていうか、展望? みたいなもんを聞いて、感銘を受けたことは、ある」


 これだから幼馴染はと内心でごちるフォウルは、不自然にならないよう注意しながら言葉を選ぶ。


「感銘、ねぇ? フォ――」


「ですよねっ!!」


「おわっ!?」「きゃっ!?」


 アリサの追及を遮ったのは限界フォウオタクであるシズ。


「よくわかっていらっしゃる! 流石アリサさんの旦那様ですね!! やはりフォウさんはすごいんです! 素晴らしいんです! フォウルさんも素敵な方だとは思いますがそんな素敵な人に感銘を与えるなんてやっぱりフォウさんは――」


「あ、あー……あはははは……はぁ」


 助かったような、妙なスイッチを押してしまったというか。


「……後でくわしーく教えてもらうからね?」


「はい……」


 右腕に絡みついたままのアリサの重さが肩にまで登ってきたのか。


 がっくりと肩を落としながら、フォウルは聞き役に徹することにした。