第40話「してやったり」

「つくづく、という言葉を使うにはあまりにも早すぎると分かっておりますが。あなたは本当に魔族を恐れていないようですね」


「恐れるという言葉もまた違うでしょう。単純に、敵だと思っていないだけですよ」


 フォウル・・・・に連れられてハフストまでの道のりを歩くカッシュは、隣の男へと畏怖の念に近い感情を向けていた。


 聞けばハフストという村は故郷というではないか。

 言葉の節々からどれだけ故郷を大事にしているのかは十分以上に感じ取れられた、なのにも関わらず魔族である自分を連れて行くという。


 連れて行くだけならまだいい。

 シズとの話が上手くいったのなら神父として住まわせてもいいと言っているのだ、しかも各地にいるだろう同胞の面倒も見るとすら。


「敵だと思っていない。人間が言う言葉としては理解できないものですが、無理やり理解するにしても。本当によろしいのですか? 人間に排他されてきたハーフ達を集めても良いということは」


「村の人たちと余計な衝突を生む」


「……それがわかっていて?」


「もっと言うなら魔王の眷属という道を歩む者たちを匿うことも含めて、構わないと思っていますよ」


 フォウルの目に見えるのは自信。

 本当に、どんな存在を連れてきても大丈夫だと確信がある様子で。


「……何故」


「人間と魔族は正しくぶつかる必要があると思っています。それは、人間とハーフであってもそうだ。ぶつからなかったからこそ、今もカッシュさんは魔王が復活すれば人間と争うしかないと考えている」


 魔族は人間の敵とされた。

 敵とされて、拒絶されたから戦うしか無かった。


 この男の力で最終的にどうとでもなるからと言った意味かとも思ったが。


「共栄することは難しくても、共存することはできると俺は思っています。だから本当は、あなたにも魔族の姿のまま村へと案内したかったのですがね」


「それは、申し訳ありません」


「構いませんよ。いずれ俺を、村の人達を信頼できると思ってからでも遅くないですから」


 どうやらそうでもないらしい。


「あくまでも、私個人の考えではあるのですが」


「ええ」


「支持、申し上げたく思います。ですが」


「魔王には逆らえない」


 カッシュは早々に何処まで知っているのかという部分を探ることを諦めている。


 それだけにフォウルの応じ方について驚くことは無かったが。


「もしや」


「どうにかする、とは言いません。ただ、できれば俺は魔王と酒を一緒に飲み合える仲になりたいと思っていましてね」


「――」


「さ、見えてきましたよ。あの村が……って、なんだよあののぼりは。アリサだなまったく。ともあれ、ようこそ、ハフストへ。歓迎しますよ」


 何いってんだコイツと、思わず思考停止してしまいながら、村の入口でアリサに抱きつかれたフォウルを見送ってしまった。




「あなたが、フォウルの言っておった神父様でしょうか」


「カッシュと申します。神の道を歩んではおらず、聖職者たろうと志しているものであるため神父とは呼べないでしょうが」


 まずはと、カッシュは村長の下へと案内された。


 魔族の証である長い耳は見えていない。

 そうだとわかっているのに、こうも人間から真っ直ぐに目を見られる経験のなかったカッシュは居心地の悪さを感じてしまう。


「あぁいや、申し訳ありませぬ。つい不躾な視線を送ってしまいました。我々ハフストの者としては、フォウルが信頼できると言ったあなたを信じております」


「あ、頭を上げて下さい。何も悪いことなどされておりません、少し驚いてしまっただけです」


 どうにも調子が狂う。

 フォウルという存在はもちろん例外中の例外だろうが、田舎に住む人々はやはり排他的であるのが常だというのに、こうも受け入れようとする姿勢を見せられてしまったらと。


「左様でございますか、であればよかったですじゃ。フォウルから事情は聞いております、何でも教会を持たず、恵まれない子供たちへと救いの手を伸ばすために旅を続けておられるとか」


「ええ、世には多くの不幸に直面している子供たちがいます。私が救うなど烏滸がましいことであるとは分かっているのですが」


「立派だと、思っております。偽善と心無いものは後ろ指を指すこともあるでしょうが、ご安心を。ハフストにそのようなものはおりませぬ。裕福な暮らしは保証できませぬが、力と場所を貸すことはできます」


「有り難い、お言葉です」


 村長の家に集まっている大人たちが揃って頷いた。


 前提としてフォウルが信頼しているというのだからというものはあるが、元々のタチであることに疑いは持てない。


 故に。


「本当に、ありがとうございます。もっと早く、この村へと来ることができればよかった」


「……神父様、頭をお上げ下さい。我々に、あなたがどのような不幸を見て来られたのかなんて想像は出来ませぬ。しかし、これからの不幸を無くすための力添えはできます。シズさんとの話し合いがどういう形になるのかはわかりませんが、どうなろうとも、我々は力を貸しましょうぞ」


 カッシュは静かに泣いた。


 同胞を助ける旅の中で、もちろん助けられなかった者だっていた。


 もっと早くフォウルと出会って、この村を知ることが出来ていたならと。


「村長、それでは」


「あぁフォウル、こうして直接話してわかったよ。魔族も人間と変わらないのじゃな」


「な――!?」


 村長の言葉を理解できないまま、反射的に振り向いたその先に。


「そんなわけで、その変装魔法を解いてからシズさんのところへ行きましょうか」


「あ、なた……は……」


 してやったりと、悪戯気な笑顔を浮かべたフォウルがいた。