フォウルが孤児院で活動し始めてから一週間が経過した。
控え目に言って、傍から見れば激務と言っても差し支えがない状態のフォウルだ。
シスターとして各墓地へと回りアンデッドを浄化し、空いた時間で魔物狩りをフォウルとして行っては孤児院で見習いとしての仕事を行う。
そんな二足どころか三足の草鞋を履いているフォウルを、シズは心底心配していた。
「だだ、大丈夫、ですかぁ? その、今日は少しお休みしても……」
「休みですか? いえ、全然身体は疲れていませんよ?」
きょとんとした顔で、心配してきたシズへと何のことと言ってしまうフォウル。
実際、フォウルとしては何の苦にも思っていない。
勇者パーティとして活動していた時の方が遥かに大変だったし、大変なんて言葉が温く聞こえてしまうような修羅場、死地を何度も潜り抜けた経験がある。
あえて言うのならば慣れない女の身体で過ごすことが多くて、気疲れしているかもしれない、程度の疲労は感じているが、それもおおよそ問題のない範疇で。
「でで、でもですね? 孤児院でみんなと遊んで、ご飯も作って、お部屋の掃除だなんだまでした後に、その、アンデッド浄化、なんて」
「やりがいがありますよね。自分でも気づかなかったのですけれど、わたしはどうやら子供が好きなようで、いつも元気を貰っています」
真実フォウルは現状に満足している。
いや、満たされていると言ってもいい。
魔族の大軍から街を守り抜いた後に貰う感謝の言葉よりも、子供たちと遊んだ時に浮かべられる笑顔の方が何倍も心地よかったし、美味しい美味しいと夢中になって自分の作った料理を頬張る姿に癒された。
そう、フォウルは自分で言ったように現状へとやりがいを強く感じていて。
元より疲労は感じていないが、心がずっと軽いまま。
子供たちの足りていなかった栄養状態が改善され、ぷくぷくと太り、血色がよくなっていく顔を見るたびに、もっともっとやらなければとやる気が漲ってくるのだ。
アリサとの未来を幸せなものにするためにとはもちろん最優先事項ではあるが、その過程でこんな気分になれるのなら、もっともっとと。
「む、むむむー……」
とはいえシズから見て、オーバーワーク甚だしいのは確か。
むしろ多くの人間、フォウルの同郷の者から見ても休めと言われる仕事量であることにも間違いない。
「おっと、ではそろそろみんなの食事を準備――」
「……めです」
「はい?」
一週間、一週間だ。
フォウルがこの孤児院に来て、たかが一週間で多くのことが改善された。
改善されたことの多くは、シズが何とかしなければと思いながらもできなかったこと。
「だめですっ!」
「わわっ?」
どれだけ難しいことだったのかを、シズは理解している。
フォウルが行ったことに感謝すればするほど、自分がどれだけダメなのかと思い悩んでしまうほどに。
「きょっ、今日はお休みの日です! 孤児院のお仕事は私がやりますから! アンデッド処理も駄目ですよ!? ぜったい! ぜーったい行っちゃだめですからねっ!」
「あ、あー……はい、わかり、ました?」
「はいっ! じゃあ今日はゆっくり休んでください! はたらいちゃだめですからね!」
そう言い放って、ぷりぷりと背を向けて歩いていくシズを見送りながら。
「え、えぇ……?」
フォウルはわけがわからないよと首を傾げた。
端的に言えばフォウルの感性がズレているという話なのだ。
わかりやすいところで言えば、ルクトリアのことを田舎と思ってしまうこともそうだ。
特に本人の預かり知れぬところで、フォウのことを聖女の降臨だとか女神の顕現だなんて噂が流れ始めていることは放っていい案件ではないのにも関わらず、そんな人がいるんだなんて自分のことを指している噂だと思っていない。
真似事とはいえ、未来の聖女が行ったことをやったのだ。
聖女呼ばわりされてもおかしくないどころか、言い始めた人間は極めて真っ当な感想を抱いたと言えるだろう。
しかもそれが飛び切りの美少女と来たものだ、当然のごとく脈々と広がっているそんな噂にフォウルはもっと気を払うべきである。
「う、うーん」
だが、そんなフォウルとて周りの人間とややズレている部分があるとは自覚している。
だからこそ何かをやって怪訝な目を向けられる覚悟はしていた。
未来を知っているからこそ、訪れるかもしれない最悪を回避するために何をやっているんだと責められても仕方ないとは考えている。
「別に、悪いことはしてない、よな?」
しかしながらにこの鈍感賢者は、二度目の人生でも鈍感だった。
悪意に対しては敏感になった、より深い洞察を行えるようになった。
何せ裏切りで殺されたのだ、何より優先して敏感にならざるを得ない。
新たに身に着けたそんな能力の代償に、人からの善意や好意に対して鈍くなってしまったと言える。
人の汚いところへと敏感になった分、綺麗な部分へと無自覚ながら憧れに近い感情を抱くようになってしまったのだ。やりがいと称した感情の生まれる場所はそんな気持ちからだった。
「まぁ、いい機会か」
考えていても結論は出ない。
ならば、出来ることをしようと、兼ねてより調査のタイミングを伺っていた教会へとフォウルは歩を進めた。